主役は誰だ

ssd様から情報を頂いた記事です。もちろんssd様もエントリーにあげられて解説されています。必要にして十分な解説がなされているのですが、蛇足を行ないたいと思います。12/3付Asahi.comより、

暴行され受診、帰宅し9日後死亡 警視庁、病院から聴取
2007年12月03日10時53分

 建設現場で作業員男性をけって死なせたとして、警視庁は3日、建築会社長の男を傷害致死の疑いで逮捕した。男性は直後に東京都墨田区の都立墨東病院で受診したがそのまま帰宅し、その後容体が急変し、9日後に死亡している。同庁は担当医師らから事情を聴くなどして、病院側の対応についても調べている。

 捜査1課などの調べでは、男は千葉県市川市南大野1丁目の鎌倉孝之容疑者(28)。10月22日午後4時ごろ、中央区勝どき6丁目の工事現場で、作業員佐藤実さん(59)=江東区大島8丁目=の頭をヘルメットの上から安全靴でけりあげ、死亡させた疑い。容疑を認めているという。

 調べや墨東病院によると、佐藤さんはその夜、自ら通院。「頭を靴でたたかれ、痛い」と訴え、CTスキャンやエックス線検査を受けた。数日後、皮膚の病気で別の病院に入院した後、容体が急変。29日朝に墨東病院に搬送され、脳の血腫を取り除く手術を受けたが、31日未明死亡した。

 同病院によると、22日の来院時、救急診療科の男性医師2人が診察。医師らは「血腫はなく特段の問題はない」と判断し、頭部を打った際の注意を記した紙を渡して帰宅させたという。同病院は「結果的に亡くなったことは残念。警察の調査を待ちたい」と話している。

事件の発端は

    頭をヘルメットの上から安全靴でけりあげ
立派な暴行です。安全靴と言うのは重量物が足に落ちても怪我が防げるように丈夫に作られた靴です。簡単に言うと極めて頑丈な靴と考えれば良いかと思います。そんなもので蹴られたらヘルメットの上からでも「安全」ではありません。ただし相当重い靴のはずなので、どういうシチュエーションで頭を「けりあげ」られたかは興味があります。犯人とされる28歳の男性は空手でもできたのでしょうか。

とにかく人を蹴るには安全でない安全靴で蹴られた被害者は、墨東病院を受診したようです。そこで行なわれたのは、

  1. 救急診療科の男性医師2人が診察
  2. CTスキャンやエックス線検査を受けた
  3. 頭部を打った際の注意を記した紙を渡して帰宅
もちろんですがCTや診察所見ではその時に異常を認めなかったのは言うまでも無い事です。ここで記事にある時間関係を整理すると、

Date 事柄
10/22 16:00 頭部を蹴られる
10/22 夜 墨東病院救急受診
数日後 皮膚疾患で他院受診、その場で急変入院
10/29 墨東病院搬送転院、血腫除去術施行
10/31 死亡


読んでおわかりの様に墨東病院救急受診から数日間は普通に生活していたようです。こういう事は頭部の血腫ではしばしばあるのでそれは良いとして、問題は数日後が何日ぐらいかと言う所です。10/29に搬送転院後手術になったのは当日の可能性が高いと考えます。おそくとも翌日の10/30です。ここで他院に受診して容体が急変したのは10/29ではないと考えます。10/22に頭を蹴られて10/29に容体が急変したのなら、1週間後になり、これは通常「数日後」とは表現しません。10/28なら6日後ですから、これが数日後にあたるかは個人的に疑問です。

何を言いたいかですが、容体が急変して他院に入院し、墨東病院に搬送されるまで2〜3日は入院していた可能性が高いと考えます。ごく素直にその間に他院は何をしていたんだろうという事です。結果は頭蓋内血腫による死亡ですから、それに対する検査治療はどうなっていたかという事です。経過観察でみれそうな状況であったのか、治療検査が見当違いの方向に流れて手間取ったのか、この点についての情報はゼロです。

墨東病院が関わったのは初診の救急受診と、搬送転院後の手術です。初診時の対応は必要にして十分かと考えます。これは死亡した患者の受診後の経過を見ても裏付けられます。搬送入院後の手術の内容についてはわかりませんが、これもごく普通に血腫除去術を行い、力及ばず死亡したと解釈しても悪く無いかと考えます。つまり墨東病院は受け持ち部分でベストを尽くしただけでとくに問題ある行動は無いと考えられます。

しかし記事に執拗に取り上げられているのは墨東病院だけです。この事件で本当に医療側にミスがあったかは疑問ですが、あえてミスがあった可能性があるとしたら、この記事であっさり「別の病院」としている病院にある様な気がします。ほぼ確実にですが、この記事では別の病院について取材を行なっていません。また記者は墨東病院で「別の病院」での状況を確認していません。だからいつ容体が急変し「別の病院」でどういう検査治療を受けたかの記載が極めて曖昧です。

ここで記事のタイトル注目してみたいのですが、

    暴行され受診、帰宅し9日後死亡 警視庁、病院から聴取
ここで書かれている「病院」は墨東病院であるのは明瞭です。確かに受診していますし、受診から帰宅し、7日後に墨東病院に搬送入院を行ない、9日後に死亡していますし、警視庁は病院から事情聴取を行なっています。しかし記事からでさえ、墨東病院は患者に対し十分な治療を行なっています。初診時も、次の入院時もです。言ったら悪いですが、墨東病院はこの事件では脇役ですらなく、単なる背景のセットみたいなものです。

主役は誰かになりますが、これもいうまでも無く患者の頭を安全靴で「けりあげ」た千葉県市川市南大野1丁目の鎌倉孝之容疑者(28)その人です。それが「けりあげ」た主役より、単なる背景の墨東病院の治療経過の説明に主を置くとは奇々怪々です。朝日は安全靴で頭を蹴られて死亡する事がそんなに信じられない出来事と考えているのでしょうか。まさかと思いますが「安全靴」だから「頭を蹴られても安全のはず」という思い込みがあり、主役でなく背景を異常に熱心に書いたと勘ぐられるような内容です。

最後にssd様のコメントを紹介しておきます。

これなんかもレベル低下が著しい例ではないかと

この指摘に素直にうなずいてしまいます。