あるシミュレーション

先週初めに医師ブログで話題になった記事ですが、

救急搬送:11病院で受け入れ断り95歳死亡 東京・清瀬

毎日新聞 2008年1月23日 2時30分
http://mainichi.jp/select/science/news/20080123k0000m040159000c.html

 東京都清瀬市で今月8日夜、自宅で具合が悪くなった無職の女性(95)を清瀬消防署が救急搬送中、近隣の11病院から「満床で対応できない」などと受け入れを断られ、通報から約2時間半後に死亡していたことが22日、分かった。

 東京消防庁などによると、8日午後9時半ごろ、女性が「胸が痛い」と訴え、同居の長男(50)が119番通報。約3分後に救急隊が駆けつけ、東京消防庁本部と協力しながら搬送先を探したが「処置困難」「患者でいっぱい」などと断られ続けた。約30分後、12番目の清瀬市内の病院が女性を受け入れて応急処置したが、午後11時55分ごろ、徐脈性不整脈で死亡した。女性は心臓に持病があったという。

 受け入れを断った病院の中には、生命に危険のある患者を処置する3次救急医療施設も含まれていた。公立昭和病院(東京都小平市)もその一つ。総務課によると、病院では夜間と休日、循環器集中治療室(CCU)など7科で医師が1人ずつ当直している。女性の受け入れ要請時、CCUで心不全の女性の処置中だった。「順番を待てば命にかかわる」と判断し、他の病院への搬送を求めたという。

 同課は当直体制をとる医局の医師不足などを挙げ「受け入れたくても受け入れられない状況がある」と説明する。

 長男は「まさか自分の身に降りかかるとは思っていなかった。関西などで問題になっているのに連携体制は全く改善されていない」と話している。【酒井祥宏】

例によって例の如く、マスコミの「たらい回し」批判とそれに対する反論が渦巻いていますが、医療系ブログの反論が是であるとだけしておきます。

ここでちょっとシミュレーションをしてみたいと思います。事件の背景だけをツマミ食いしてのあくまでも仮定のものです。亡くなられた95歳の女性が発病までどういう状態であったかの情報が皆無ですから、ここでは安定はしていたが、ある程度の持病持ちとしてみます。さらにですがこれも仮定ですが、在宅医療を受けていたとします。

そういう状態で急変が起こったとします。在宅医療を受けているのであれば、まず在宅医に電話する可能性があります。電話を受けた在宅医の判断として、

  1. 患家にかけつける
  2. すぐさま119番通報を指示
どちらもありえますが、在宅医ですから患家に駆けつけた上で診察し、必要があれば病院を手配する手順が可能性が高いと考えます。119番通報の指示だけ出して、何もしないでは問題が生じそうな気がするからです。そうなると午後9時30分に電話を受けたわけですから、着替えて、支度をして、患家に駆けつけるまで、電話応対時間も含めて20〜30分は必要じゃないかと考えます。救急隊のように3分で駆けつけるのは不可能です。

そうなると在宅医の患家到着は午後10時前後となり、そこから診察を行うことになります。診察した上で、病院治療が必要と判断したとします。この判断も批判はあるかもしれませんが、患者がターミナル状態でなく、家族の終末時の合意が十分でない場合には「寿命ですから、あきらめてください」では済まないと考えます。

このシミュレーションはこの事件を背景にしていますから、

長男は「まさか自分の身に降りかかるとは思っていなかった。関西などで問題になっているのに連携体制は全く改善されていない」と話している。

こういう理解の家族を相手にしていると想定しています。

そこから救急車を呼び、スムーズに搬送されたとしても、事件の経過を読めばわかるように時間的に手遅れになります。それでも、こういう段取りなら事件性、すなわちマスコミに報道されたり、訴訟に巻き込まれる危険性は無いかということです。刑事はさすがにないと思いますが、民事はゼロとは言えません。

つまり、駆けつけるのでなく、電話口で病院を手配し、救急搬送されたら救命の可能性があったとしての賠償責任です。しかし実際のところ、そんな事が出来るかどうかは疑問です。電話口で手配となると、在宅医は病院に対し「電話で家族が悪そうと言っているので、入院お願いします」となります。これは在宅医も言い難い理由ですし、病院側も「アホか」と思われそうな要請になります。

ただ医療慣行として「言い難い」とか、在宅医が病院に「バカにされる」は訴訟の場ではきわめて容易に退けられます。なんと言っても結果が極めて重視されるのが訴訟ですから、「即座に搬送決断されていれば、救命の可能性は十分にあった」ぐらいの判断が出てきても、今さら驚いたりしません。そこまで危険性を考慮すると、在宅医は電話を受けた時点で地雷原に足を突っ込んでいる事になります。

それと急変事に電話が在宅医にすぐにつながれば良いですが、他の在宅患者の電話応対中で出れない事もありえます。もっと言えば、他の在宅患者の臨時の往診中で身動きが取れないことも無いとは言えません。この事件では30分後の搬送処置が「遅すぎる」とされていますから、在宅医が患者の急変時に即座に対応できなかったこと自体が問題視される可能性も生じます。

そうそう事故調もこの先の可能性としてあります。これが医療関連死の定義に該当するかどうかは微妙ですが、「誤った判断」の範疇に入る可能性は無いとは言えません。それに定義云々を越えて、遺族の希望があればそれだけで動き出す可能性があるところです。さらに言えば急変による死亡は異状死に分類される可能性も無いとは言えません。異状死として警察沙汰になれば、送検まで自動的に処理されます。

もちろんこのシミュレーション通りにすべてがなるわけではなく、そうならないケースが大部分と思います。しかし一定確率で確実に存在するとは考えられます。また昨今の風潮からして、そういう可能性は増えこそすれ、減るとは思いにくいところです。とくに弁護士がこれからダブつく事が予想される大都市部では、危険性の増す速度が速いとも考えられます。

本当に人が死ぬって大変な事だと思います。