手順前後

手順前後とは将棋などに使われる用語で、ある局面でどちらも必要な指し手であるが、指す順番を前後したために形勢を損ねる事を指します。行なった事は間違いなかったが、行なう順序が不適切な時に汎用されると考えます。

7/18付の毎日新聞からです

参院選:安倍首相が遊説再開 福岡で「復興に全力」

 安倍晋三首相は18日午前、福岡市を訪れ、新潟県中越沖地震で中断していた参院選遊説を2日ぶりに再開した。同市の街頭演説で首相は台風4号の被害に触れ「安心できる街づくり、防災、地震対策、復旧復興に全力で取り組む」と表明。さらに「この選挙は改革を続行するのか、逆行するかを決める選挙戦だ」と政権の実績を訴えた。

この記事から地震発生後の首相の動向がわかります。

  • 16日:現地視察 
  • 17日:東京で緊急対策会議
  • 18日:福岡で選挙遊説
見てお分かりの通り、首相が選挙応援を中断して地震対策に専念したのは実質2日です。もちろん2日でも十分な対策の指示は可能ですし、それは行なわれたであろうと考えています。また首相が迅速に現地視察を行なった事も評価しています。あれだけの大災害ですから、国政の最高責任者が直接視察に来てもらうというのは、被災者や救援に尽力している関係者にとって「忘れられていない」と感じさせた効果は計り知れないと思います。

ただ多忙な首相ですから現地視察カードはそう何回も切れないと思います。とくに今は参議院選挙の真っ最中ですから、1回のチャンスです。その1回を地震当日に行なったはどうであったろうと考えます。視察当時からパフォーマンス批判はありましたし、地震当日に視察を強行した中にパフォーマンスの意味合いはゼロではないと思います。主がパフォーマンスでなくとも、パフォーマンスも効果として計算に入れていないとは首相ですら言えないでしょう。

地震当日に現地視察を行なったデメリットとしてまず考えられるのは首相の安全です。あれだけの大地震の直後の現地の情報が十分に把握できていない段階での視察は非常に危険です。後になって判明していますが、原子力発電所のトラブルもあり、最悪首相の生命に関わる事態もありえますし、なんらかのトラブルにより連絡が取れなくなってしまう事態も無いとは言えません。

首相は国政の最高責任者ですから、首相が機能不全に陥るような事態は国家の安全に波及します。野党の党首クラスがトラブルに巻き込まれるのとは質も意味も異なります。その点を考えるとあえて地震当日に視察を強行するのは危険度が高すぎると言う判断が有っても良いかと思います。

また地震当日は現地も大混乱です。救出や援助に回る市町村職員にしても、地震が起こればまず自分の身、次に家族、親類縁者、近隣の住民の安全の確認から始まります。大混乱の中で出勤し殺到する被災者対策にてんてこ舞いの状況に追い込まれます。とうぜん出て来れない職員も少なからずいるはずです。そうなれば目前の作業に忙殺され、全体に目を通す余裕はほとんど無いかと考えます。

そういう時に首相が来られても満足な状況報告が出来るわけでもなく、むしろただでも足りない人手を首相の警護や案内に割かなければならないのは辛い状況かと推測します。そういう状況で「何が必要か」と尋ねられても満足な回答を行なえるはずがありません。つまり首相が視察を行なっても十分な現地情報が必ずしも入手できない可能性が高いことになります。

さらに地震当日に現地視察を行い、翌日に緊急対策会議を開き、翌々日に選挙遊説再開の日程は、実質として十分であるかもしれませんが、被災者にすれば「もっと親身に考えてくれ」の感想が起こっても不思議ありませんし「やっぱりパフォーマンスだったんだ」の声が上がる事も危惧されます。

ではどうしたらより良かったのでしょうか。やはり地震当日は東京に急遽帰還し緊急対策会議を開き、情報収集にまず専念すべきであったかと考えます。情報を収集する一方で関係閣僚の現地視察をまず命じるべきでなかったかと考えます。関係閣僚も視察には危険を伴いますが、申し訳ありませんが不測の事態が閣僚に発生しても国政は揺らぎません。野党党首の現地入りより一歩遅れますが、首相の安全の確保のためにはその程度の配慮は最低限行なっても良いかと思います。

関係閣僚の視察報告、さらに日を追って入ってくる現地情報を二日も集めればそれなりのものになります。その上での首相現地視察が個人的にはより効果的であったかと考えます。地震3日目ともなれば被害状況もある程度はっきりします。現地の対策本部も当面の混乱を乗り切るために必要な援助物資などの要求も出来るようになっているかと考えます。

地震被害は発生直後にまず量産され、その後災害の興奮が幾らか鎮まる数日後に疲労からの次の被害が静かに広がってきます。そういう時期にこそ首相が現地視察を行なうのがもっとも有効だと考えます。首相は現地の対策本部から十分な被害情報の報告を受けられます。被害情報を踏まえた上での救援物資の手配の要求も聞けます。そこで首相は大見得を切って「必要な物資は大至急調達します」と断言して約束が出来ます。

この約束は首相が行なうことに意義があります。なんと言っても首相が約束してくれる以上の保証は無いからです。さらに地震以来不眠不休状態で疲労の色が濃くなっている被災者や救助関係者を激励するのも、首相が直接行なうことに非常に意義があると考えます。こういう行為もパフォーマンスの非難が出ないとは言えませんが、国家の非常事態に適切な時期に陣頭指揮に出るのは為政者として当然の事ですから、安易な批判は十分封じ込めるかと思います。

私のプランでは地震対策に専念する日数が3〜4日になります。現在参議院選挙の真っ最中で、それだけの期間選挙から党の看板である首相が出てこないデメリットは当然計算しなくてはなりません。しかし現在首相は選挙で大苦戦中です。地震対策は吉か凶か難しいところですが、首相のイメージアップには「選挙よりも今は地震対策が重要である」の姿勢を鮮明に見せた方が得策であったように思います。下手な選挙遊説よりも、国民のために地震対策に専念している姿を見せる方が効果的との考え方も出来る様な気がします。

首相が選択した地震対策は当日視察、翌日会議、翌々日選挙遊説の選択でしたが、これが果たして正しい手順であったのか、それとも手順前後であったのかはこれからの経過を見守りたいと思います。