後手、後手に回る

7/9付読売新聞より、

はしか対策、中1と高3に2回目予防接種へ

 若者を中心としたはしかの流行を受け、厚生労働省は9日、来年度から5年間の時限措置として、中学1年生と高校3年生を対象に、2回目の予防接種を実施する方針を明らかにした。

 予防接種を1回しか受けていない世代の免疫を高めるための措置で、はしかの流行の抑制策などを検討する「予防接種に関する検討会」(座長=加藤達夫・国立成育医療センター総長)で原案が示された。はしかの全数報告制度の導入や、学校での集団接種などについても今後検討する。

 はしかの予防接種は、昨年3月まで生後12か月から7歳半までに1回接種することが勧奨されていた。先進国の多くではワクチンの2回接種が行われていることから、日本でも同年4月、生後12か月から24か月と、小学校入学直前の2回接種が導入された。しかし、現在の小学2年生以上では、1回の接種の機会しかなかった。

 ワクチン接種率の上昇に伴い、はしかの流行が減り、病原体にさらされる機会が少なくなった。そのため、1回接種しただけでは、免疫が強化されずに次第に弱くなり、今年のような流行が引き起こされた。

 大学生以上の人についても、免疫の弱い人に2度目の接種を勧めて、患者が出ても流行までに至らない状態になる95%以上の免疫保有率を目指す。

 日本も所属する世界保健機関(WHO)西太平洋地域は2012年までに、根絶に近い状態になることを目標としている。

今年の麻疹流行を教訓としての対策のようです。従来は麻疹対策として1回だけ予防接種していたのを、昨年に1歳時と、小学校入学前の2回に変更し、さらに来年度から2回接種から漏れている小学校2年以上の児童生徒も2回接種になるように時限措置を行う方針との事です。

麻疹の予防は1回接種だけでは十分でないと相当前から関係者は訴えていました。データが資料によりバラツキがあるのですが、麻疹ワクチンの抗体陽転率は90%程度とされています。つまり10人に1人が予防接種をしたのに麻疹になると言う事です。これを2回接種にすれば99%以上の抗体陽転率を期待できるだけではなく、より長期に抗体を保持する事も期待できるとされます。

ところが日本では麻疹の予防接種率自体が低く、やや古いですが平成10年度の接種率が76.7%です。小児科医の間では2回接種を強く関係機関に訴えながら、せめて接種率を高める方向でしか動けなかった実情があります。それでも昨年から2回接種が導入されたのは関係者の長年の努力の賜物かと考えています。

また麻疹は先進諸国の間では、予防接種の徹底により根絶に近い状態であるのに、日本では今年の流行を除いても少数ながら確実に存在し、他国からは麻疹輸出国のありがたくないレッテルを貼られています。日本が予防接種を行う予算も無いほどの貧乏国なら仕方が無いでしょうが、世界有数の経済大国であるのにこれを放置してきたのは誠に恥しい状態です。麻疹がいかに重症な病気かの説明は今日は省略しますが、国内発生を漫然と見過ごし患者を苦しめ、他国に迷惑をかけても知らんぷりだった事は書いておいても良いでしょう。

それでも2回接種を積極的に導入し国内からの麻疹根絶の方針を打ち出したことは素直に評価します。もっとも今年の流行を受けても全く動かなかったら、無能のレッテルを何枚貼り付けても足りないぐらいとも言えますけどね。

しかし毎度毎度の事ですけども、厚生労働省には予防と言うか、火の手が小さいうちに先手を打つと言う発想が無いのでしょうか。今年の麻疹流行は不意討ちでも何でもありません。少なくとも私の学生のときからこの麻疹流行危惧は言われていました。そりゃ、1回接種では不十分な上に接種率も十分でなければ、火がつけば燃え上がるのは誰でもわかるからです。

小児科医を始めとする関係者はこの事を看過していたわけではなく、事あるごとに改善を進言しています。ところが実際に麻疹が大流行して社会問題になるまで放置していたのです。本当に放置と言えると思います。今年の流行を受けて来年度から出来るのであれば、5年前でも、10年前でも、15年前でもできたはずです。予算は必要ですが、国家財政が傾くほどの出費ではありませんし、麻疹予防の出費は十分国益に適うものかと考えます。

「後手に回る」という言葉があります。国語辞書的には「他に先を越されること。また、相手に先に攻められて受け身の立場になること」。「後手に回る」だけでもネガティブな言葉ですが、これはさらにこう言われる事があります。

    後手、後手に回る
今年の流行で麻疹に苦しまれた方は、避けられない災害に見舞われたのではなく、避けえた災害に厚生労働省の怠慢によって見舞われたと言っても良いでしょう。厚生労働省にとって幸いなのか、計算通りなのかは不明ですが、予防接種について知識の乏しい一般人は厚生労働省が重大なミスを冒したことについて気がつきません。むしろ今年の麻疹流行を受けての素早い対応と受け取っている方も少なくないと思います。しかし実際は「後手、後手に回る」の極致の上で、ようやくズルズルと動いたに過ぎません。ここはキッチリ指摘しておきたいと思います。

それと日本脳炎の予防接種も中断されてもう3年になります。メーカー筋の情報では今春再開を内々には予定していたそうですが、検定の段階で落選し、現状は来春再開に向かって「努力中だ」の事だそうです。もちろん検定を通らなかったのは製品に問題があったわけですが、九州では豚の抗体陽転率が高まり、患者発生が危惧されているとも聞きます。

まさか日本脳炎も実際に患者が発生し、社会問題化してから、ドタバタと予防接種の緊急再開を行なうつもりでしょうか。それぐらいの「後手」は、厚生労働省的には大した問題と感じていないかもしれませんが、一線にいるものとしてやるせないものを感じます。まさかと思いますが、麻疹の予防接種費用を浮かすために、5年間の時限措置の間は日本脳炎予防接種の再開を遅らせる気なんてまさかないでしょうね。

そんな算盤勘定の音が聞こえてきそうで背筋が寒くなっています。杞憂でありますように。