麻しん排除計画

8/1付毎日新聞より、

はしか:中1と高3も定期予防接種の対象に 計画案

 厚生労働省の「予防接種に関する検討会」は1日、5年間限定で中学1年時と高校3年時を、はしか(麻しん)の定期予防接種の対象とすることなどを盛り込んだ「麻しん排除計画」案をまとめた。12年までに国内でのはしかの流行をなくすことが目標。同省は案に従った計画を決定し、来年からの実施を目指す。

 計画案によると、定期予防接種の拡大対象になるのは、来年度に小学3年〜高校3年となる児童・生徒。1回しか接種を受けていないか、はしかにかかったことがない児童・生徒は、中学1年か高校3年になった年に、予防接種法に基づいて市町村の負担などで予防接種を受けられる。同年代の高校に通っていない人も対象で、市町村が個別に通知する。

 このほか、過去に予防接種を受けたかどうかを確認できるよう、国立感染症研究所が接種履歴を保存するシステムの開発を実施。流行を正確に把握するため、麻しんと風しんに関しては、全医師に患者の報告を義務付ける。同省は計画の実施状況評価などのために「麻しん対策委員会(仮称)」を設置するほか、都道府県にも「地方麻しん対策会議」設置を促すという。【大場あい】

厚生労働省HPに「麻しん排除計画」案が探しても見つからないので、この記事から解説します。

まず麻疹は有効な治療法が無い病気であり、その上で重篤な経過を取り、致死性の経過を取る事がある間質性肺炎脳炎・脳症を引き起こす事のある重い病気です。発症したら有効な治療法が無いのであれば、予防が対策として重要となり、幸いな事に麻疹ワクチンはこの世に存在し普及しています。

麻疹ワクチンの効果は既に実証されており、少数の国を除いて先進諸国では既に国内では封じ込められた病気となっています。現在、この少数の国の中に日本は入っており、お蔭で「麻疹輸出国」のありがたくないレッテルまで頂いています。つまり麻疹排除計画は、直接には国民を麻疹の脅威から救うと言う目に見える目的と、間接には国際的に麻疹輸出国の汚名を取り除く目的もあると考えてよいかと思います。日本から輸出された麻疹で他国に迷惑をかけるのを防ぐのも大事ですからね。

麻疹ワクチンで重要な事は2回接種する事です。1回の接種では90〜95%の予防効果しかないとされ、2回接種する事で限りなく100%に有効率を高めるとともに、長期の有効期間を期待できることになります。麻疹を封じ込めた国々は2回接種を早くから行い、確実な成果を挙げています。

そういう観点から見ると今回の麻疹排除計画では、

  1. 来年度に小学3年〜高校3年となる児童・生徒に、中学1年か高校3年になった年に2回目の予防接種を行う
  2. 国立感染症研究所が接種履歴を保存する
  3. 麻しんと風しんに関しては、全医師に患者の報告を義務付ける
  4. 「麻しん対策委員会(仮称)」を設置するほか、都道府県にも「地方麻しん対策会議」設置
少しだけ解説を加えると、1.の対策は5年限定です。なぜ5年かと言えば、この対象未満の子供は予防接種法の改正により、既に2回接種が行なわれているからです。ですからその上の年齢の子供に5年間接種を行えば、来年18歳になる者より下の年齢の子供は2回接種を受けられる事になります。ちょっと煩雑な表現ですが、5年後には23歳以下の者は2回接種を受けている事になります。正確を期して言えば、小学生以上23歳以下の人間は2回接種をしている事になります。

また2回接種に使われるワクチンは麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)のため、風疹も2回接種された事になり、麻疹だけではなく風疹も同時に排除できる事になります。2回接種の話を聞いたときに、麻疹単独ワクチンを2回目に接種するんじゃ無いかと危惧していましたが、そんな事はなかったのは英断と考えています。

2回接種を制度上できるように整えるようですが、制度と同様に大事なのは接種率の向上です。いくら制度を整えても接種率が向上しなければ絵に書いた餅になります。国立感染症研究所・感染症情報センター(IDSC)の病原微生物検出情報(IASR)の2002年度麻疹血清疫学調査ならびにワクチン接種率調査によると

予防接種歴は麻疹を対象疾病とする10県中9県で調査されていた。接種歴不明1,048名を除いた1,293名の麻疹ワクチン(MMRワクチンを含む)接種率は86.2%であり、2001年の80.7%、2000年の75.2%、1997年の69.9%に比してそれぞれ約5%、約10%、約15%上昇していた。年齢別にみると、0歳 4.2%、1歳84.2%、2〜3歳94.5%、4〜6歳92.8%となり、10〜14歳の97.9%が最大であった。昨年の1歳46.7%、2〜3歳80.6%、4〜6歳91.9%と比較すると大幅に上昇していた。

麻疹ワクチンが麻疹排除の効果を発揮するのは接種率95%以上とされています。このIASR情報を読めば一見達成されているようにも思われますが、

    接種歴不明1,048名を除いた1,293名
ここが問題であり、接種歴が判明するような親なら接種率が高いのはある意味当然で、調査対象の半分近くが接種歴不明となっています。そのため実数としての接種率は75%前後であるとの報告が数多く見られます。

もう一つこれもIASRからなのですが、2006年度第2期麻疹・風疹ワクチン接種に関する全国調査があります。これは2回接種を導入した事による2回目の接種率がどれほどかの調査報告書です。

1,467の市町村(特別区)から返信(回収率:79.6%)があった。そのうち、接種率に関する有効回答数は1,455 (78.9%)で、2006年10月1日現在の第2期対象者における麻疹を含むワクチンの接種率[(第2期MRワクチン接種者数+第2期麻疹単抗原ワクチン接種者数)/2007年度小学校入学予定人口] は29.4%、同様に風疹を含むワクチンの接種率[(第2期MRワクチン接種者数+第2期風疹単抗原ワクチン接種者数)/2007年度小学校入学予定人口]は29.9%であった。

素直に読んでも30%弱しか接種率がない事になります。初年度ですし、制度導入に当たりかなりの混乱があり、広報もお世辞にも十分とは言えない分を差し引いても接種率は低いと考えます。少なくとも麻疹排除のためには低いと考えざるを得ません。現在の麻疹ワクチン接種率のままでは、計画の達成が危ぶまれるために『国立感染症研究所が接種履歴を保存する』と『「麻しん対策委員会(仮称)」を設置するほか、都道府県にも「地方麻しん対策会議」設置』が計画されている考えます。

ですから制度としての2回接種の整備、接種率向上のための機関の設置がセットになっているので、麻しん排除計画はプランとしては申し分ないかと思います。

プランとしては申し分ないのですが、麻しんを排除する鍵はやはり接種率の向上です。厚生労働省の計画が読みたかったのは、麻しん対策委員会および地方麻しん対策会議がどれほどの権限を持っているかを知りたかったのです。ここまで力を入れているので、調査としてこれまでより精度の高い接種率の報告はすると考えます。正確な接種率を把握したら、次に行なうのは接種率を高める努力です。接種率を高めるために何が出来るのでしょうか。

現在のMRワクチンの接種スケジュールは

    1期:1歳の間に行なう
    2期:小学校入学前の1年間(年長児)に行なう
2回とも1年限定になっており、ウッカリ忘れると接種期限が外れたとして公費接種で無くなり、自費となります。接種費用は自費ですので医療機関によって異なりますが、5000円から10000円の間ぐらいが多いと考えます。原価が手許に無いのでわかりませんが、おおよそそんなものだと思います。

ワクチン接種を受けさせなかった親は何種類かに分類されますが、

    Group A:接種したかったのに忘れていた
    Group B:どっちでも良かったが忘れていた
    Group C:ワクチンを子供にさせない
Group Aは忘れている事を指摘すれば自費でも接種します。Group Bは強く説得すれば接種してくれる親はある程度いますが、金額がネックになってしないものは少なからずいます。Group Cは確信犯なので何を言っても無駄です。

こういう現状の中で接種率を向上させようと思えば、接種履歴を国が管理すると言うのですから、1年間の接種期間のある時期に接種を促す広報活動が必要かと考えます。具体的には1月頃にまだ接種が行われていない家族に個別に通知を出すような活動です。そうすれば少なくともGroup Aの方の接種率は確実に高まりますし、Group Bの方にもある程度有効かと思います。

問題はそれでも接種を忘れている方です。広報活動により、麻しん排除に必要な接種率95%以上が確保できれば申し分が無いのですが、そこに達しない場合も十分に考えられるからです。そういう時に接種促進機関がどんな活動が出来るかです。

この問題は5年間の中1・高3の接種率にもつながる問題です。中1・高3の接種をどういう形態で行うかの具体案はまだ入手していません。これが学校での集団接種の形態を取るのなら接種率は確保されると考えますが、医療機関での個別接種の形態ならば接種率が上がらない可能性が考えられます。

理由は幾つかありますが、中1・高3は忙しいがあります。授業時間も長く、放課後も部活がありますし、もちろん中学生なら塾の問題もあります。また中1なら子供の頃からのかかりつけとして小児科での予防接種はまだ足が運びやすいですが、高3となると小児科でも喜んで接種しますが、自然な考えとして内科での接種を考えるかと思います。小児科は予防接種を日常の業務で普通に行っていますが、内科はインフルエンザはともかく、MRとなると積極的なところは珍しいと思います。内科への問合せ時点で渋られたら接種率の低下につながります。

グダグダと書いていますが、定められた接種期間を過ぎても接種を行っていないものに対策をどうするかに私は関心があります。単純には接種期間の延長もありますが、これだけでは接種率の向上は期待しにくいものがあります。積極的に接種しない人は期間が延びても、延びただけで同じ問題が起こるからです。

個人的にはアメリカ式ぐらいの強制力が必要かと思うのですが、責任問題が大きいので難しいんでしょうか。具体策が出てくるのを待ちます。