医療閑話・北研ワクチン問題をもう一度

追加情報が入ったのと、その内容が余りに興味深かったのでレポートします。


おさらい

平成27年10月30日に厚生労働省へ情報提供した「自主回収の対象ワクチンに関する見解」の【別紙-1】の更新版より再掲、

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MRワクチンのうち麻疹の力価低下が有効期限内に発生したのが問題の根本です。この事態に対して第一三共(北研の販社)は昨年の10/30付で、

社内定期安定性モニタリングの結果、麻しんウイルスの力価が有効期間内に承認規格を下回る可能性があることが判明したことから、下記製造番号の当該製品の自主回収を行うことを決定しましたのでお知らせいたします。

ワクチンの品質が悪いのなら自主回収は順当な対応なのですが問題視されたのは対応までの期間と聞きます。ちょっと表にして見ます。

ロット番号
HF053A HF054A HF055A
2014 3 製造 製造 *
4 * * 製造
5 * * *
6 * * *
7 * * *
8 * * *
9 * * *
10 * * *
11 * * *
12 * * *
2015 1 * * 力価低下判明
2 * * *
3 * * *
4 * * *
5 力価低下判明 力価低下判明 *
6 * * *
7 * * *
8 * * *
9 有効期限終了 有効期限終了 *
10 * * 10.7有効期限終了
10/30自主回収発表
11 * * *
12 * * *
2016 1 * * *
2 力価低下に対する対応の正式発表
力価試験と言うのは1ヶ月毎に行なわれると聞きました。でもって2014.4.8製造のHF055Aは8ヶ月目の2015年1月の時点で力価低下が確認されています。でもって自主回収に動いたのは2015.10.31日となっています。これもよくよく見れば回収対象の3ロットの有効期限が終了してからのものであるのも確認できます。他のロットは期限切れからの期間に差はあるものの、
  1. 最大7ヶ月間、力価が低下したワクチンであるのを知りながら何の対策も行なわなかった
  2. 自主回収と麗々しく発表していますが、発表時点で既に対象ロットはすべて有効期限を過ぎていた

この対応を「問題だ!」とした感染症部会の委員の気持ちはわかります。そりゃ、感染症部会や厚労省への対応は大変だったでしょうが、接種者への配慮の跡が大変感じ難いものになっています。厚労省の対応として確認できるのは平成27年10月30日付健健発1030第2号で、詳細はリンク先を確認していただくとして、とりあえず冒頭部が興味深かったです。

本日、第一三共株式会社から『はしか風疹混合生ワクチン「北里第一三共」及びはしか生ワクチン「北里第一三共」自主回収のお願い(別紙)』がプレスリリースされ、当該ワクチン製品の力価が有効期間内に承認規格を下回る可能性があるため自主回収される見込みです。

健健発1030第2号に明記されているように、自主回収のプレスリリースは厚労省とも十分な打ち合わせの上のものであった事は、通達とプレスリリースが同日に出されている事だけでもわかります。しつこいですが、自主回収と言っても有効期限を既に過ぎたワクチンの自主回収であるのは上記した通りです。この辺は「いつ」北研が厚労省に報告したのか、報告を受けた厚労省がどれほどの期間でこの通達を出すまでに至ったのか存じませんが、ごく素直に「遅い」と感じます。とくに一番早く力価低下をおこしたHF055Aは製造から8ヶ月目に既に低下しています。力価が時間の経過と共に低下するのは考えるまでもありませんから、より有効期限の末に近いものほど力価不足は常識的に懸念されるところです。


北研の対策

平成27年10月30日付健健発1030第2号には

なお、回収となったワクチンを定期接種として実施された者に対して、再接種を勧奨する必要はないが、医学的な評価及び検討の上で再接種が適当と判断された者については、当該ワクチンによる既接種は適切な定期接種が実施されなかったものとして、保護者に対して必要な説明をした上で、定期接種として実施することは、差し支えない。

実に主語が判り難いと言うか、あえてボカしてあるというかなんですが、まずもって

    医学的な評価及び検討
これを一体誰がどこでやるんだです。私がやってもエエのかって事になりますが、相手は公費接種ですから「医学的な評価及び検討」はそれこそ厚労省のお仕事だろうというところです。他人事のように書いてあるのにまず苦笑しました。ただその前の
    なお、回収となったワクチンを定期接種として実施された者に対して、再接種を勧奨する必要はない
この部分を勝ち取ったのは北研にすれば大きかったようで、私がMRから耳にした時には
    「承認規格を下回ってはいますが、ワクチンの効果としては問題ない」
こう強調されたと記憶しています。私の記憶では証拠として弱いので2016年2月付「自主回収における麻しん抗体検査および追加の接種に関するお知らせ」より、

10月30日付け厚生労働省通知において、「回収対象となったワクチンを定期接種として実施された者に対して、再接種を勧奨する必要はない」とされております

北研のスタンスは厚労省通知に基づいて再接種を勧奨する必要は無いが、自主的に対応を行うってスタイルにしていると解釈できそうです。でもってなんですが、

この通知内容をご勘案いただきました上で、【HF053A,HF054A,HF055A】のMRワクチン3ロットを「麻しんウイルス力価の承認規格値が満たしていたと確認できない期間」に接種され、医学的な評価の結果麻しん抗体検査の実施が必要と判断された方には、麻しん抗体検査をご検討くださいますようお願い申し上げます。なお、検査にかかる費用は、弊社で負担させていただきます。

ここまで読めば通達の主語がはっきりしてきます。「医学的な評価及び検討」は医師の判断に丸投げされたされたって事です。どう丸投げされたかを配布された図で確認すると、

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少々読みにくいかもしれませんが、手順2では「対象の方の確認」となっていますが、これを確認するのは医療機関です。えらいアッサリ書いてありますが、これをやるだけでも莫大な作業量が発生します。でもってもっと問題なのは手順3の「抗体検査のご希望の確認」です。念を押すように何度も聞きなおしましたから現段階では間違い無く「そう説明せよ」と命じられているとして良いかと思います。

    一般向けの広報は行わない
つまり医療機関が接種者から対象者を探し出し、保護者に連絡を取り、抗体検査(つまり採血)の了解を医療機関がすべて無料で行なうってことです。電話代は誰が負担するのかと確認しましたが、これもまた医療機関負担だと明言されていました。ここまで来れば、検査の結果の再接種基準も
    麻しんEIA抗体価 4.0以上
まあ最低限も良いところでビックリさせられました。すべて厚労省との打ち合わせの上で決まった事と呪文のように唱えられながらお帰りになりました。付け加えるならば、医療機関が接種者を確認し、保護者に連絡するかしないかは医療機関の自主判断とかも申し添えておられました。つまり、力価の低下したワクチンを接種し、本来得られるはずの抗体価が得られていないのに再接種の機会を逃したなら、それは北研や厚労省の責任ではなく医療機関の責任と丸投げしたと私は解釈しています。



結構憤慨したので、医療系の話題を書いているのですが、猛烈な嫌味を言えば、北研は葵の御印籠のように「10月30日付け厚生労働省通知」を持ち出し、「この通知内容をご勘案いただきました上」としていますが、それなら北研は検査費用はともかくとして、再接種費用は負担する必要はゼロかと存じます。だって葵の御印籠の通知には、

    定期接種として実施することは、差し支えない
こうしてある訳です。もっとも予防接種については市町村依存の部分が大きく、おそらく神戸市では「差し支える」として却下されたぐらいでしょうか。神戸市以外の市町村に同じ内容のパンフレットが配布されたかどうかは存じませんので、御存知の方がおられれば宜しく情報お願いします。