麻疹アウトブレイクとワクチン本数考

麻疹定期接種率

厚労省HPの麻しん風しん予防接種の実施状況から2008年度から2014年度までの実績を掘り起こしてみました。

年度 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014
1期 接種対象者 1099696 1091349 1091098 1080996 1076242 1051564 1047926
MR 1036271 1020829 1043815 1030193 1049423 1004521 1010193
麻疹単独 511 290 213 158 137 107 117
接種率 94.3 93.6 95.7 95.3 97.5 95.5 96.4
2期 接種対象者 1155479 1211024 1105035 1076327 1096271 1102300 1093665
MR 1060813 1034364 1023749 998884 1026618 1024753 1020036
麻疹単独 465 247 192 140 102 79 105
接種率 91.8 92.3 92.2 92.8 93.7 93.0 93.3
3期 接種対象者 1192612 1194878 1200301 1207874 1190773 * *
MR 1014323 1026416 1047049 1064415 1056986 * *
麻疹単独 1018 476 307 312 251 * *
接種率 85.1 85.9 87.3 88.1 88.8 * *
4期 接種対象者 1224084 1213204 1214161 1201664 1235125 * *
MR 943368 932262 956362 977482 1026855 * *
麻疹単独 3225 1629 1144 958 752 * *
接種率 77.3 77.0 78.9 81.4 83.2 * *
麻疹なり風疹がアウトブレイクすると「日本の定期接種率が50%ぐらいしかなく・・・」式の論を立てる人がおられますが、1期で96%、2期で93%ぐらいの接種率があることが確認できます。
ワクチン数
麻疹ワクチンはMRであれ単独であれ「1本 = 1人」ですから計算しやすいのですが、調べ出すのが厄介なのが製造本数です。これは幸いなことに一般社団法人日本ワクチン産業協会「2015ワクチンの基礎」に2014年度までのデータが掲載されていましたので計算が可能になります。麻疹ワクチンの使用用途は、
  1. 定期接種に使用
  2. 自費接種に使用
こうなりますから、
年度 MR(万本) 麻疹単独(万本) 自費合計

(万本)
製造本数 定期接種分 自費使用分 製造本数 定期接種分 自費使用分
2008 469.5 405.8 63.7 31.1 0.5 30.6 94.3
2009 441.5 401.4 40.1 47.5 0.3 47.2 87.3
2010 434.5 407.1 27.4 15.2 0.2 15 42.4
2011 475.3 407.1 68.2 18.6 0.2 18.4 86.6
2012 386.3 416.0 -29.7 12.5 0.1 12.4 -17.3
2013 389.7 202.9 186.8 25.3 0.2 25.1 211.9
2014 227.5 203.0 24.5 15.6 0.2 15.4 39.9
2013年度の自費接種分が突出していますが、これは2012年度から始まった風疹のアウトブレイクの影響で接種者が増え増産した影響です。風疹アウトブレイクの影響で注目したいのは増産数だけではなく、2012年度の自費接種分がマイナス17.3万本になっている点です。もちろん無から有が生じる訳でなく、前年度製造分を使った訳ですが、逆に考えれば17.3万本は例年なら消費期限切れで廃棄されていた分とも考えられます。ここで2012年度と2013年度をハズレ年と考えて平均を取ると45万本になり、このうち15〜20万本ぐらいが接種されずに廃棄されていたとしたら、
  • 通常年の自費接種分は50万本弱
  • そのうち実際に接種されるのは30万本前後
  • 廃棄分が15〜20万本
今回のような麻疹アウトブレイクが起こり、接種希望者が全国で通常年より10万人ぐらい増えるとワクチンは払底します。もう少しいうと、麻疹ワクチンも年度初めに全量がドカンと出来上がる訳でなく、年に3回ぐらいに分けて出荷されています。年間トータルでは20万人ぐらいのキャパシティがあっても、瞬間最大風速で3〜4万人でも接種希望者が増えると容易に枯渇します。

それと流通は1万本需要があるところに1万本供給しただけでは円滑に安定供給できません。需要より多い供給が必要で、それを考えるとたとえば関西全体で突発的に1万人の需要が増えただけでパンクしてしまう事も容易にありうるってところでしょうか。


メーカー事情

現在麻疹ワクチンを製造しているのは微研・武田・北研の3社ですが、このうち北研は2014年に製造したMRワクチンのうち3つのロットで有効期限内に麻疹の規定力価を下回る問題を起こしています。この対策ために現在もMRワクチンを出荷できていません。そのため残りの2社で北研の不足分をカバー生産しています。そのために去年から基本的に品薄状態になり、問屋からの出荷制限が延々とかかっています。これに熊本地震の影響が加わります。化血研は熊本県内に工場を有しており、地震の影響を強く受けています。化血研はMRワクチンは作っていませんが他のワクチンについては、同業他社がカバー生産しています。このために日脳ワクチンもかなりの品薄状態になっています。軽くまとめますと、

    北研のMR分+化血研のワクチン分のカバー生産で他社の設備に余力が乏しい
ここにインフルエンザ・ワクチンの生産が加わります。化血研はなんとか出荷するとしていますが、生産時のプランでは化血研抜きで需要を賄おうであったと聞きます。それでも今年のインフルエンザ・ワクチンは例年より少なめになっているようですが、インフルエンザ・ワクチン増産のためにもワクチン・メーカーは目一杯工場を稼働させているとして良いかと思います。つまりってほどではありませんが、
    現在は麻疹ワクチンを増産する余力に非常に乏しい状態
2013年度の風疹アウトブレイクの時は前年度から風疹流行の兆候はあり、さらに2012年度までMR3期・4期を生産していましたから、この分を2013年度も継続生産させてなんとか150万本ぐらいの供給上積みが出来たと私は見ています。しかし今年の麻疹アウトブレイクに関しては、ワクチン生産事情がただでも逼迫している上で起こったので「お手上げ」ってところです。


ワクチンは枯渇しています

当院でも9月早々に、

    次の納入分で今月の分は終了します。
地域差はあるようですが、かなり広範囲の地域で突然という感じでMRは供給されない状態になっているようです。そうなるのはワクチン事情を考えると「またか」ぐらいなんですが、NHK news webより、

関西空港を中心にはしかの感染が広がり、ワクチンの接種を希望する人が増えていることから、厚生労働省は、就学前の乳幼児を対象にした定期接種のワクチンが不足するおそれがあるとして、全国の自治体や医療機関などに、定期接種に必要な量のワクチンを事前に確保するよう通知しました。

厚生労働省などによりますと、8月以降、関西空港の従業員や空港の利用者などおよそ40人に、はしかの感染が確認されました。このため、大阪府内の20代から30代を中心に、ワクチン接種を希望する人が増えているということです。

厚生労働省は、今後も感染が拡大して、ワクチン接種を希望する人がさらに増えると、就学前の乳幼児を対象に2度行っている定期接種のワクチンが不足するおそれがあるとして、全国の自治体や医療機関などに定期接種に必要な量のワクチンを事前に確保するよう通知しました。

厚生労働省は、感染拡大を防ぐには、免疫のない乳幼児への定期接種を計画どおりに進めることが重要だとして、今後、自治体のワクチンの接種状況に応じて、メーカー側と供給量を調整していくことにしています。

いくら予防接種事業が市町村依存だからといってワクチン確保をする主体が「自治体や医療機関」はなかろうってところです。ワクチンの流通は、

医療機関は問屋からワクチンが入ってこないのなら販社、いやメーカーに乗り込んで直談判しろとでもいうのでしょうか。自治体は自分の地域を通るワクチン輸送車を襲撃してでも自分の自治体分のワクチンを確保せよと言っておられるのでしょうか。当院でも手持ちのワクチン本数に対する予約は既に終了しています。後は10月にあるとされる次回の納入まで、いくらお願いされても無い袖は振れません。そう、厚労省が最も懸念する定期接種への影響が「不足する怖れ」ではなく現実に出ています。厚労省の感染対策の長年のツケに対してどうこう言うと長くなりすぎるのですが、現在のMR不足のツケまで
    通知を出しているのにワクチン確保が出来なかった自治体や医療機関に責任がある
厚労省とは「そういうところである」のは良く知っているとはいえ、堪忍してくれの世界だと思っています。