僻地義務化と日医の迷走

僻地義務化の震源地が平成18年度地域医療対策委員会中間報告書です。3/17のエントリーにできるだけまとめていますし、できるなら中間報告書本体を読まれることをお勧めします。

簡単に中間報告書の内容をまとめると

  1. 1970年からの医師需給対策の経緯
  2. 医師偏在による特定地域、診療科の医師不足の存在
  3. それに対する厚生労働省の医師確保対策
  4. 厚生労働省の対策に協力する形の日医の対策
  5. 日医の対策を是認した上での地域医療対策委員会の提言
問題となった僻地義務化のお話は地域医療対策委員会の7つの提言の中にあります。これを挙げておくと、
  1. 研修医の地域偏在
  2. 各大学の地域定着の推進
  3. ドクターバンクの効果的な運営
  4. 診療科の偏在対策
  5. 病院のオープン化対策
  6. 地域住民・患者との相互理解
  7. 医師不足地域対策
7つの提言にはそれぞれ解説がついているのですが、僻地義務化は最後の医師不足地域対策にあります。

医学部卒業後の新医師臨床研修制度の研修終了後の一定期間内に、へき地や医師不足地域での勤務の義務化を考慮する。

この解説の長さは他の6つの提言の解説に較べ格段に短いものとなっており、次に短いものの半分以下の分量です。またこの提言の後にかなりの分量の「まとめ」があるのですが、そこも含めて僻地義務化はこの中間報告書では一切言及されていません。全体を読んでみるとわかるのですが、ついでに書き加えられた印象が非常に強い一節です。ちなみに他の6つの提言のうち、「研修医の地域偏在」はある程度僻地義務化と関連するような提言で、やや過激な色彩がありますが、他の提言の内容は正直なところありきたりの内容以上のものではありません。

この僻地義務化についてまず座位様から情報が寄せられました。

今朝、日医のとある有力理事に直接問い合わせたところ、研修終了後の僻地勤務義務化の話は、全く執行部レベルでも、検討事項にさえ上がってきていないとのことで、否定的でした。地域医療対策委員会の委員長ですら日医の理事でも何でもありません。アイデア好きの常任理事が先行的にまとめさせただけで、義務化の文言が執行部の意向になるとしたら、内紛が起きるだろうと思います(以上は、不確定情報で、personal communicationにすぎませんが)。ですから、知り合いの理事の方に全国から、問いただすといった行動で、現場からプレッシャーをかけては如何でしょうか?

座位様は当ブログの有力コメンターであり、少しだけばらすとWikiJBMにも参加されている関係で、信用を置いて構わないコメンターであります。ですからこの情報は信用してよいと考えます。つまり僻地義務化の話は日医の執行レベルでも話題になっていないものと考えてよいかと思います。

続いて酔生夢死様から日医のシロクマ通信の情報です。恥ずかしながら私は日医のMLには入っていませんので、引用させて頂きます。

V(^(I)^)V 日医白クマ通信 V(^(I)^)V
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
┏━━━━━━┓
◎定例記者会見◎
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◆平成18年度地域医療対策委員会中間報告書について

 内田健夫常任理事は、3月14日の定例記者会見で、地域医療対策委員会(委
員長・久野梧郎愛媛県医師会長)が、唐澤祥人会長からの諮問「地域医療提供
体制の今後と医師会の役割」に対して、中間答申「医師確保に関する喫緊の対
応」を取りまとめたことを発表し、その概要を説明した。(中略)

 特に、医師不足地域対策については、「医学部卒業後の新医師臨床研修制度
の研修終了後の一定期間内に、へき地や医師不足地域での勤務の義務化を考慮
する」と、踏み込んだ内容の医師確保対策が盛り込まれている。

 内田常任理事は、「へき地や医師不足地域での勤務の義務化を考慮する」と
いう文言は、あくまでも委員会として提言したもので、日医が義務化に賛成の
立場を取るものではないと強調する一方で、今後の方向性を決定するプロセス
のなかでは、ひとつの議論になるとの見解を示した。

 なお、医師確保の問題については、今後も同委員会で継続して議論される予
定。

これだけ読むと僻地義務化についてテンコモリ中間報告書に書かれているように思えますが、20ページに及ぶ中間報告書のうちでタイトルも含めてわずか3行の記述です。盛り込まれているのは嘘ではありませんが、素直に読むと重点項目と理解するのが難しい書き方です。ところがこの記者会見ではまるで最重点項目になっているような発言に変わっています。

話を整理します。

  • 僻地義務化は日医執行部レベルでも話題になっていなかった。
  • 地域医療対策委員会でも、中間報告書の内容を読む限り、僻地義務化の問題を検討した形跡が薄い。
  • 中間報告書が出されると僻地義務化が目玉のように記者会見を行なった。
僻地義務化を真剣に検討した形跡の無さは7つの提言のうち「研修医の地域偏在」に対する解説較べたらよくわかります。

 新たな臨床研修制度の発足は、各地における医師供給体制を根底から変える引き金となった。新卒の医師は、大学以外に臨床研修の場を求める傾向が強くなっており、一部の大学を除いて大学病院においては若手医師が減少し、地域の医師供給要請に応じることが困難な状態になっている。 その結果、地方の中小都市の病院では「医師不足」が深刻化し、病院機能を縮小せざるを得ない状況も出て来ている。この傾向は、都道府県庁所在地以外の二次医療圏において、より顕著となっている。

 また、新たな臨床研修制度は、地方から都会へ研修医を集中させる結果となったとの意見もある。その一つの要因は、卒業生の数に対して30%増しとなっている研修病院のポストの数にあるといわれている。そこで卒業生の数と研修病院のポスト数を同じとし、さらに二次医療圏毎に人口や医師の過疎程度等を加味して地域枠を設定し配分すれば、研修医の地域偏在は解消されるものと思われる。その際には、研修プログラム、指導医等の研修病院の指定要件を厳格に設定する必要がある。

この提言の是非は置いておくとして、解説内容はある一定量の議論の上に書かれている事はわかります。具体的な資料を基に研修医ポストの再配分の案が基礎にあり、その上での提言と素直に解釈できます。それに較べると同等ないしはより詳細な議論が必要とされる僻地義務化案の解説の素っ気無さは際立っています。

そうなると考えられる事は、地域医療対策委員会の中間報告書作成に対し誰かが強力な介入を行なったと考えるのが妥当です。それも中間報告書の提出段階になって急遽盛り込むような強い横車であったと考えられます。地域医療対策委員会に圧力をかけられるのは、やはり直接の監督者とも言える日医執行部ですが、座位様の情報にありますように執行部クラスでも検討課題になっていないことから、日医の意思として出されていないとまず判断しても差し支えないと考えます。

そうなると執行部全体の意思ではなく一部の有力理事の働きかけと考えるしかありません。一部と言っても記者会見からすると会長の意向を汲んでいないと話になりません。そうなると日医会長とその側近理事が地域医療対策委員会に圧力をかけたと考える他はありません。

当然「なぜ」が浮かんできます。通常なら執行部の検討の結果を意向として地域医療対策委員会に伝え、そのうえで盛り込ませるのが通常のルートです。それをしなかったと言うか、出来なかったのは、執行部の討論にかけると反対意見が強すぎると判断したに違いありません。そのため執行部の検討をスルーして、いきなり地域医療対策委員会の中間報告書に浮上させる迂回ルートを選んだと考えるのが妥当でしょう。中間報告書を出させ、そこに盛り込んであるから日医の意思となっているとの既成事実化です。

ただしそこまでやると今度は執行部の議論で異論が噴出するのは避けられません。そのリスクを押してまで、横車を押した理由が焦点となります。日医の首脳部は一枚岩ではありません。そんなには詳しくないのですが、ごく簡単には2派に別れています。一派は現会長の政府すりより路線です。もう一派は前会長の是々非々路線です。前会長の是々非々路線の結果、大幅な診療報酬削減があり、それを痛烈に批判して現会長のすりより路線が勝利したのですが、勝ったからには成果を見せる必要があります。

日医の次の焦点は言うまでも無くH.20診療報酬改訂です。この改訂でまたしても大幅な削減が企画されているのは周知の事実です。それを認めてしまえば現会長のすりより路線の意味がなくなりますし、当然反主流派の痛烈な批判が巻き起こるのは必定です。そこで政府とのバーター密約説が浮上してきます。僻地義務化と引き換えに診療報酬改訂でなんらかの見返りを約束したと言うものです。

その説は有力ですが、少し冷静に現状分析すればどうかと考えます。バーターをするためには強力な担保が必要です。日医が僻地義務化を差し出しても診療報酬改訂の果実を政府が守る必要が無いのは明らかです。政府が密約を反故にしてもなんら有効な対抗策を日医はとる事が出来ないのです。もっと言えば日医が反対しようが、賛成しようが、僻地義務化なり、診療報酬削減は政府の思いのままに行なえるのが現在の日医の実力です。

そうなるとバーター密約の内容はもっと程度の低いものである可能性が出てきます。現政権の至上命題は政権発足のときから夏の参議院選挙であることは明白です。これがあるばっかりに現首相が総裁選出馬を躊躇したぐらいの大命題です。参議院選挙の形成は微妙えす。ちょっとした風向きで勝敗の帰趨は変わります。そんな風の要因の一つに医療問題が絡んでくる予兆を感じているかと考えます。先に日医の意向を無視しても僻地義務化は強行できるとしましたが、参議院選挙に向けて日医と言えどもあからさまに敵に回したくない意向が働いても不思議ありません。

そうなれば日医から僻地義務化を口にしてくれるのがもっとも都合の良い状態になります。そうすれば日医を敵に回さず、医師不足対策の僻地義務化を安心して公約に掲げる事が出来ます。では強力な横車を押した会長及び側近への報酬ですが、表向きは診療報酬改訂かもしれませんが、本当の狙いは会長及び理事退任後の天下り先の保障ではないでしょうか。それぐらいの約束なら政府は喜んでOKします。

また執行部で異論噴出して会長への求心力が衰えて日医の影響力がさらに衰えれば、これもまた政府にとっては申し分の無い事態です。ラクラクと診療報酬の大幅削減を断行できる素地がまた一つ出来上がる事になります。

今日は柄にも無く陰謀論みたいになりましたが、どこを向いても明るい話は少ないですね。