北海道新聞の記事

北海道新聞2007年3月17日付け朝刊4面から。

 数値目標設定を指示 首相 医療分野コスト減で

 安部晋三首相は十六日の経済財政諮問会議で、医療・介護分野の「高コスト構造是正計画」の策定にあたり、コスト削減額など数値目標を設定するよう指示した。柳沢伯夫厚生労働相は幅広い項目での目標設定に難色を示したが、結局、内閣府厚労省が協議して目標設定することになった。

 高コスト構造是正計画は、二〇一一年度までの社会保障費の伸びを予想より一兆一千億円減らすとした政府目標の実現に向けた具体策。今夏までに政府が策定する「骨太の方針」に盛り込む。

 安部首相は会議で「医療分野の高コスト構造是正は非常に大事。数値目標や項目を使ったプログラムを作ってほしい」と指示。柳沢厚労相は「実行する立場で目標設定は設定しづらい」と述べたため、内閣府が可能な範囲で数値目標を設定することに落ち着いた。

 このほか柳沢厚労相は同じ病気に一定額の診療報酬を支払う「包括払い」の導入や、健康保険証のICカード化などコスト削減に向けた具体策を提示。民間議員は、地方の公立病院が医師確保の目的で国立や民間病院より高く設定している人件費の削減を提案した。

まずこの記事に取り上げられている要点は、

  1. 医療・介護分野は高コスト構造である。
  2. 高コスト構造是正計画は、二〇一一年度までの社会保障費の伸びを予想より一兆一千億円減らす。
  3. 内閣府が可能な範囲で数値目標を設定する。
  4. 柳沢厚労相は同じ病気に一定額の診療報酬を支払う「包括払い」の導入や、健康保険証のICカード化などコスト削減に向けた具体策を提示。
  5. 間議員は、地方の公立病院が医師確保の目的で国立や民間病院より高く設定している人件費の削減を提案。
要点を読んでもらえればわかると思うのですが、経済在世諮問会議は医療・介護分野は問答無用で高コスト構造とまず定義しています。残念ながら議事録はありませんし、第5回会議の会議結果に公表されている資料を読んでも、既に大前提として医療・介護は高コスト構造であるとなっており、どういう根拠を持ってのものかは不明です。こういう時にはこの手の連中が大好きな国際比較が出てきそうなものですが、先週延々と噛み付いた医師の需給に関する検討会報告書と同様に、まず指標にすべきと考えられるOECD諸国との比較は完全に棚の上です。

根拠不明の高コスト構造の定義の上で「社会保障費の伸びを予想より一兆一千億円減らす」が次に出てきます。もちろんここは医療・介護分野が高コスト構造と定義しなければ出しようがありませんから、高コスト構造とした上のお約束みたいな目標です。医療関係者以外には毎度毎度お題目のように聞かされている高コスト構造ですからさして違和感はないかもしれませんが、慢性的な予算不足、人手不足に喘ぎ、相次ぐ逃散で危機的状況に陥っている多くの病院にとって「死ね」としか聞こえないような気がします。

内閣府が可能な範囲で数値目標を設定する」は好意的にみれば厚生労働省の抵抗の産物に見えなくもありませんが、厚生労働省が数値目標に抵抗した結果、数値目標が内閣府が設定するとは最悪の丸投げに私は見えます。内閣府といっても別に安倍総理以下が直接考えるわけではなく、前首相時代からヌエのような化物的影響力と利権漁りに熱心な経済諮問会議を始めとする、わけのわからない経団連と首脳連中及びその御用学者に委ねられるという事です。私には柳沢大臣がシナリオの上で投げ出したように見えて仕方がありません。

包括払いも強固に進められている政策ですが、医師が危機感を強めている政策です。包括払いの前提は同じ病気なら同じ検査、同じ治療、同じ日数で必ず治るはずだの虚構の前提で成り立っています。病気治療がそんな生易しい代物でない事は医師が一番良く知っています。工場の製品製造ならあてはまる事でしょうが、医療はそうではありません。工場なら不良品は捨てれば良いのでしょうが、医療で扱っているのはすべて大事な人の命です。包括医療が進めば不良債権化しそうな病人の選別が間違い無く進みますし、現実にも静かに確実に広がりつつあります。

「健康保険証のICカード化などコスト削減」。これは柳沢大臣が大好きな分野らしく、大部を割いて複雑な図表で説明しています。他にもレセプトオンライン化(これはもう政策決定済)や電子カルテの普及なんかが、コスト削減の切り札のように躍っています。こう言う事がコスト削減につながるかですが、そう考えている医師は少数派です。とりあえずIC保険証ひとつでも、カードリーダー、それに対するソフト、電子カルテであればそれに連動するプログラムへの変更。試算するのも眩暈がしますが、当たり前のように医療機関の持ち出しで、持ち出した分でウハウハ笑うのは経済諮問会議の財界側議員です。

「地方の公立病院が医師確保の目的で国立や民間病院より高く設定している人件費の削減を提案」この言葉に土曜日は激怒したのですが、出典はこのあたりのようです。

1点補足すると、民間議員から、数値目標を財政効果に置きかえたらどれぐらいの効果があるのかについて、幾つか試算した例が説明されました。例えば、以下の試算が示されました。

  • 公立病院の人件費等費用構造の見直しによる赤字の縮小については、仮に公立病院の人件費の医業収入に対する割合(54.5%)を普通の医療法人並み(52.1%)に引き下げたら、1,400億円のコスト削減効果がある。

  • 後発医薬品の価格を先発品の半分と仮定して、後発品の数量ベースのシェアを現在の16%〜17%ぐらいからドイツ並みの40%に引き上げたら、医療費抑制効果が8,800億円になる。

この件については記者会見で質疑があったようで、

(問)ちなみに、この1,400億と8,800億というのは、これは5年間の数字なんでしょうか。それとも単年度の数字なんでしょうか。

(答)これは仰ってなかったですね。総枠でしょうね、これは。例としてお出しになった。ですから、最後に私の方から、その数値目標あるいは達成期限については、これからまた内閣府厚生労働省、事務方の間でも詰めながら、プログラムをつくっていきたい。それで御協力していただきたいということで、柳澤大臣にお願いいたしました。

この記者会見質疑でわかるように、経済諮問会議での議論では「1,400億とか8,800億」の試算が提出され、それが単年度なのか5年間の事なのかについて誰も問いたださず、確認もしない上でプレス発表され、質問されても苦笑程度で終わる事はよくわかりました。嫌味はともかく1400億円分の件がどうやら北海道新聞の人件費削減の根拠のような気がします。

ところでですが、もういちど問題部分の経済諮問会議の民間議員の提案を再掲します。

    公立病院の人件費等費用構造の見直しによる赤字の縮小については、仮に公立病院の人件費の医業収入に対する割合(54.5%)を普通の医療法人並み(52.1%)に引き下げたら、1,400億円のコスト削減効果がある。
これの基になっているお話は、社会保障改革についてかと考えます。協同提案した民間議員は

伊藤隆敏東京大学大学院経済学研究科教授(兼)公共政策大学院教授
丹羽宇一郎伊藤忠商事株式会社取締役会長
御手洗冨士夫キヤノン株式会社代表取締役会長
八代尚宏国際基督教大学教養学部教授

伊藤隆敏氏については残念ながらよく知りませんが、丹羽宇一郎氏は

    「大手企業の大部分がそうだが、若い人でも、残業代は要らないから仕事をもっと早くスキルを身につけてやりたい、土日でも残業代は要らないから出社したいという人がたくさんいる。」
発言で有名な方です。

八代尚宏氏は

この発言で一躍有名人になられた方です。御手洗冨士夫氏については有名すぎてここでエピソードを紹介する必要もないでしょう。そういう札付きの面々のご提案です。全文を紹介したいのですが、かえって散漫になりますので問題部分に絞って提案を引用します。

公立病院の高コスト構造是正

  • 人件費等費用構造の見直し
  • 民間委託等経営形態の見直し

公式発表の文面上では、札付きの面々でさえ

    地方の公立病院が医師確保の目的で国立や民間病院より高く設定している人件費の削減
とは一言も書いてありません。他の公表資料でも私の読む限りありませんでした。地方公立病院の人件費の高騰は医師ならよくご存知の通り、医師の給与の高騰のためではありません。コメディカルや事務員などの異常なほどの高給である事は周知の事です。とくに事務ではしばしば定年間近の職員を病院に異動させ、病院会計で退職金を払うと言う手法もよく取られています。民間病院ではこういうコストに対する感覚は厳密で、病院のほぼ全収入を稼ぎ出す医師には公立病院に比べ厚遇し、事務などのコストは極力抑えるのが常識です。

北海道新聞は北海道の地方紙でしょう。たしかに北海道では医師確保の条件が厳しく、他の地域より医師招聘に高額を要している事情があると聞きます。たぶんこの新聞社的な感覚では、「人件費=医師の給与」なんでしょうが、そうとは経済諮問会議では提案されていないと考えるのが妥当です。私にはこの記事内容はこの新聞社の曲解による解釈がつけられたと考えます。

それにしても北海道新聞は削減提案を掲載してどうして欲しいと言うのでしょうか。北海道の医療事情は周知の通りですが、どの病院も医師不足を通り越して、一病院の存続だけではなく、広範な地域の医療の存続さえ危ぶまれています。そんな状態で医師厚遇是正キャンペインでも展開すれば、つま先どころか小指の先で支えているような病院は瞬く間に消滅します。それがこの新聞社の望みとしか考えられません。

まあ聞くところによればこの新聞社は「医師の僻地勤務義務化」に異常なぐらい熱心だそうですから、頭の中は今すぐにでも僻地勤務義務化が実現すると考えているのかもしれません。義務化の暁には医師は高給と叩きまくる算段が出来上がっているので、そんな思考過程の上でこの記事が出てきたと考えた方が無理がないかもしれません。

もっともそれに加担したい日医の一部幹部もいるようですから、医師への砲撃は十字砲火どころか、後ろからもバンバン撃たれている状態の一つの表れかもしれませんね。