続産科集約化の算数

予算委員会厚生労働大臣答弁のテープ起こしをやろうかと思っていたら、すでに中間管理職さんのところで相当進んでおり、そちらはお任せする事にして、こちらは昨日の算数の続きをやろうかと思います。

世間がようやく認識してくれている医療危機は「産科が危ない」です。この問題に対しての対策として唱えられているのが集約化です。現場の感覚として、ここまで産科が減少すれば集約化した分だけ妊婦が殺到して押し潰されるの声が多いですが、机上の計算でも集約化したらどうなるかを考えておくのは悪くないと思います。昨日の私の大雑把な計算に皆様が詳しいfollowを入れてくれたので、それも適宜参照しながら再計算してみたいと思います。

計算の前提はできるだけ労働基準法を守る事です。人の生命を預かる業務ですから、十分な休息がある良質な労働環境の確立は絶対に必要です。間違っても鉄人、超人集団が前提の環境で考えてはいけません。普通のモチベーションの医師が働ける環境で考えなければなりません。

まず昨日コメント頂いたrijin様モデルを見直します。私の昨日の計算の前提は3交代でどのシフトにも3人づつ産科医を配置するものでしたが、まず二つの考慮点の追加を指摘していただきました。

  1. 日勤帯が3人では外来対応が不可能である。
  2. 夜勤の制限を64〜72時間にするべきである。
この二つのエッセンスを組み入れて人数計算をして見ます。

計算の前提も単純化して1ヶ月を4週間として計算します。必要とされる夜間労働時間は準夜が8×28×3=672(時間)、深夜も同じです。夜勤時間は準夜と深夜の合計ですから1440時間になり、168シフトになります。産科医一人当たりの夜勤時間制限を64時間とすると一人8シフトが上限となります。そうなると夜勤に必要な人数は21人となります。産科医の1ヶ月の労働時間の上限は40×4=160(時間)であり、夜勤に64時間従事しますから、日勤帯の労働時間は160−68=92(時間)となり、11.5シフトは日勤帯で働く事が出来ます。

21人いますから11.5×21=241.5(シフト)あるのですが、分娩チームは日勤帯でも3人ですから、3×28=84(シフト)はまず消えます。そうなると241.5-94=147.5(シフト)となります。外来は土日休診とすると月40シフト、となると日勤帯の外来チームに約3.7人確保できる事になります。やった素晴らしい!外来が3診も可能となります。

ところで21人の産科医が無理なく働ける1年の分娩数って幾らでしょうか、この辺は産科医じゃないと感覚的にわからないのですが、150件とすると3150件となります。もちろん分娩内容によって変わるでしょうが、21人の産科医で年間3000件程度の分娩なら過酷とは言えないかと思います。

現在の日本の分娩は病院と開業医が半々ぐらいです。開業医の比率は今後下がるでしょうから、7割を集約化施設で分娩するとすればおおよそ5000件程度の分娩人口をカバーできる事になります。5000件の分娩はこれもおおよそですが50万人程度の人口に匹敵し、全国に整備するとすれば240施設が必要となります。必要な産科医師数は240×21=5040(人)となります。え〜と去年の6月時点の産科医師数は7873人で、このうち2500人程度は開業医と考えられますから、日本中の産科勤務医師を根こそぎ動員すれば可能です。

なんとかrijin様の計算に追いつきました。もっともrijin様は21人の施設で産科医一人あたり450分娩で年間1万分娩を提唱されていましたが、450分娩は無茶苦茶のような気がします。私の150分娩も産科医師の動員数からすると無茶苦茶ですが、どちらにしても産科医師数の絶対数が足りていませんから、計算すると最後はどこかに無理が来ます。

年間3000分娩の集約化施設ですが、産科だけでは成立しません。まず麻酔科医が絶対必要です。集約化施設には宿命的にハイリスク妊婦の比率が高くなりますから、緊急帝王切開が数多くなるのは避けられません。どれほどの麻酔科医が必要かはyouri様からコメントを頂きました。

    ハイリスク妊産婦を管理できるスキルを持った麻酔科医も産科医と同等程度の人数が必要になると思われ、ICUも麻酔科医が兼ねるなら、その分だけ人員が必要となります。
麻酔科の皆様ゴメンナサイ。実感が良くわからないので麻酔科医も産科医同様に21人体制にします。そうなると必要麻酔科医師数は産科医同様5040人となります。じゃ麻酔科医がどれだけ日本にいるかになりますが、少し古いデータですが平成14年で6087人となっています。ヒェーこりゃどうやっても集まりません。麻酔科医は産科麻酔にも必要ですが、当然他の診療科の難手術に欠かせない存在です。その中の8割以上を産科手術のためにかき集め、専属で従事させるなんて夢物語です。とは言え産科医にある程度理想の勤務環境を整備しているのに麻酔科医に奴隷労働を行なえは片手落ちです。

そうなると私の150分娩モデルは麻酔科医数の前に修正せざるを得ません。21人体制は前提として麻酔科医を1000人(これでも夢物語ですが)集約できるとします。そうなると集約化施設は50施設になります。一挙1/5に減った分だけ産科医の集約化は現実的になりますが、分娩件数が跳ね上がります。年間15000件の分娩数が要求され、産科医一人当たりの分娩数も750分娩になります。う〜ん、誰がこんなところに勤務するのだ。

もっとも240施設が前提の時は集約化施設以外の病院の分娩は消滅しましたが、50施設となると集約される産科医数は1000人程度になり、他の病院でもある程度の数の分娩が確保できる事となります。そうなれば集約化施設の分娩数は10000件程度になり、産科医一人当たりの分娩数はrijin様の計算のように450分娩程度になるとも考えられます。それでも450分娩です。これでもほぼ地獄です。

もちろん集約化施設には産科医、麻酔科医以外にも、小児科医、小児外科医、脳外科医、泌尿器科医、整形外科医・・・分娩から出生後の児の管理まで、オールインワンで対応できるようにするには小児総合病院である必要が出てきます。そうなると麻酔科医の仕事は産科麻酔だけではなく、外科手術の小児麻酔も日常的に要求される事になります。仕事は果てしなく拡がると言えばよいでしょうか。

何かどう計算しても今まで医療が成り立ってきたのが信じられなくなりそうです。最後に今話題の柳沢厚生労働大臣の答弁を引用します。議事起こしは勤務医 開業つれづれ日誌様で続いていますので、全貌はそちらでご確認ください。おもしろいので全部引用したのですが、長いので要旨だけを私なりにまとめます。

    産科医は出生数に応じて「適正」に減少しており数の不足などありえない。助産師不足は「ネットワーク化」「効率化」「仕方が無い」の呪文を唱えればすべて解決する。
経済の専門家である厚生労働大臣にとって産科は衰退産業でリストラの対象にしか見えないようです。それにしても「ネットワーク化」って具体的に何をするのでしょうね。厚生労働省の新たな医療政策のキーワードを見つけた気持ちです。