こりゃ共食い

Dr.Pooh様のところに分かりやすく経緯がまとめてあるので、これを参考にさせてもらいます。東御市は長野県にある人口32025人(2008.9.1現在)の街です。ここにも市民病院があり、規模は60床で、

内科、外科、消化器科、循環器科、整形外科、肛門科、 呼吸器科、泌尿器科、小児科、眼科、麻酔科、リハビリテーション科、アレルギー科

13の診療科がある事がわかります。医療関係者以外なら、診療科が13もあれば医師は13人以上いるのが当たり前と考えるかもしれませんが、医局の集合写真があり、



常勤医は6人で後は非常勤医でカバーしているだろう事がわかります。もっとも60床規模の病院ならありふれたスタイルではあります。そういう小規模な市民病院を持つ東御市に今年の春に新市長が登場しました。地方都市の市長選では珍しく、新人候補が現職を破っての当選のようです。4/13付け信濃毎日新聞(魚拓)より、

 任期満了に伴う東御市長選は13日投開票され、新人の会社役員花岡利夫氏(57)=無所属、田中=が、再選を目指した現職の土屋哲男氏(60)=無所属、新張=を破り、初当選を果たした。2002年の旧小県郡東部町長選、04年の初代市長選に続く3度目の対決となったが、有権者は市政の転換を選択した。

 花岡氏は態勢づくりが遅れ、立候補表明が3月初めにずれ込んだものの、有権者一人一人に訴える草の根型の手法を展開。市民病院の産科新設を柱に、医療費無料化の中学3年までの段階的拡大、市長退職金ゼロなどを主張、土屋氏との政策の違いを打ち出し、短期決戦で若い世代や女性層などに浸透した。

新人と言っても3度目の挑戦らしく、三度目の正直のためかバラ色の公約を掲げています。

  1. 市民病院の産科新設
  2. 医療費無料化の中学3年までの段階的拡大
  3. 市長退職金ゼロ
えらく具体的な内容で、よくある選挙の公約である「明るい街づくり」みたいな抽象的なものとは一線を画した内容です。ここまで具体的な公約を掲げないと勝てない事情があったのかもしれませんが、なかなかのものだと思います。それと記事情報なのでこれが公約の全てかどうかは確認しようがありませんが、医療に関する公約がデンと2つもあるのが目に付きます。

小児医療費の無料化も議論の多いところですが、産科新設は現在の医療情勢からするとかなり厳しいものが予想されます。長野も御多分に漏れず産科医不足は深刻なところです。今春に厚労省が産科閉鎖医療機関77ヶ所のうち、これを7ヶ所に厳選して支援すると厚労相自らが発表し、支援しきれなかった事が確認されている2つの病院があります。一つは藤枝市立総合病院で、もう一つは独立行政法人国立病院機構長野病院です。この事以外にも長野の産科事情の厳しさは「ある産婦人科のひとりごと」氏が詳細に解説していただいており、そこで「産科新設」の公約は厳しいのではないかと観測されていました。

9/2付の「ある産婦人科のひとりごと」氏のエントリーにある2008年9月2日付け医療タイムス・長野の記事を引用すると、

 東御市は9月上旬をめどに婦人科外来を開設し、週1度程度の診察を始める。同市在住で上田市産院の非常勤医、木村宗昭氏が非常勤で勤務する。4月の市長選で、市内での産科開設を掲げ初当選した花岡利夫市長の公約に沿った格好。市は木村氏の常勤化に期待を寄せているが、同一地域内での産科医の”引っ張り合い”との指摘もあり、機能分散による地域の産科医療提供体制への懸念も広がっている。

 市は、市議会9月定例会に婦人科開設のための条例改正案と、検査機器購入費、施設改修費など350万円を計上する病院事業会計補正予算を提案する。

 市によると、婦人科外来開設は「産科開設に向けた第1歩」で、利用状況を勘案して診察日を増やすことも検討。来年度には、バースセンターを主体とする産科を設けたい考え。ただ、現時点で助産師など確保にめどは立っていないという。

 木村氏が東御市民病院の非常勤医となったことで、上田市産院での勤務は9月以降、従来の週3〜4回から1回へ減る。上田市産院は、木村氏を除き院長の常勤医1人のほか、週3回と、月2回の非常勤医各1人の体制で、残る医師への負担は増す。

 上田市側は「婦人科外来は縮小せざるを得ないが、助産師外来は近く拡大する見込み、現体制で最大限の業務をこなしながら、分娩の扱いが減らないよう医師確保に努めたい」と話す。

 東御市側は、東御市民病院への木村氏の勤務は「本人の意思であり、2002年〜04年まで市民病院で勤務していた」と説明するが、産科医を事実上、”引き抜かれた”形の上田市の母袋創一市長は「東御市側からは何の説明もない。現状で産婦人科機能が分散することはどうか」と懸念を示している。

産科を新設するためには産科医が必要です。この産科医確保に日本中の病院が難渋しているわけです。私の故郷の市民病院でも産科と小児科が閉鎖され、これの復活を公約に掲げた市長が当選しましたが、それはもう悪戦苦闘の連続です。大学医局に日参しても無い袖は振れないと追い返され、公募しても応募はなし。様々な伝手で勤務してくれそうな医師がいれば、それこそ日本中を駆け回っていましたが、数年かけて小児科医をなんとか1人確保したに過ぎません。産科医は勤務医としてはどうしても無理なので、開業資金援助でひとり見つけてきたらドタキャンで逃げられています。

新市長はどうするかと思っていたら、物凄い豪腕を揮ったことがわかります。上田市東御市の西隣にあり、人口が16万程度の都市です。上田市には上田市産院と言うのがありますが、そこの8月の外来担当表を見れば三人の産科医が担当している事がわかります。外来のコマ数だけですが、

    木村医師:12コマ
    廣瀬医師:11コマ
    満下医師:11コマ
東御市の新市長はこのうち木村医師を引き抜いて、とりあえず婦人科を開設するところまで漕ぎ着けています。引き抜けた理由は、
    同市在住
出身かどうかまで記事にはありませんが、地縁があったことだけは確認できます。引き抜かれた上田市側は、

木村氏が東御市民病院の非常勤医となったことで、上田市産院での勤務は9月以降、従来の週3〜4回から1回へ減る。上田市産院は、木村氏を除き院長の常勤医1人のほか、週3回と、月2回の非常勤医各1人の体制で、残る医師への負担は増す。

当然のように抜けた分だけ体制が弱体化します。

ところでですが、上記した独立行政法人国立病院機構長野病院上田市にあります。7/24付け毎日新聞(我慢してください)によると、

国立病院機構長野病院:来月から産科医1人 分娩や手術が不可能に /長野

 国立病院機構長野病院上田市)は24日の会見で、8月1日以降、産婦人科常勤医師が1人体制になることから分娩(ぶんべん)・手術が不可能になり、診療も婦人科の外来診療のみに限定すると発表した。常勤医師も来年3月までの期限付きとしている。

 同病院の産婦人科は昭和大(東京都)から派遣されているが、4医師全員の引き揚げを通知され、昨年12月から出産予約を休止した。病院側は派遣の継続、他大学に派遣を依頼してきたが実現しなかった。2、5月に1人ずつ医局に戻り、7月中に全員引き揚げ予定だったが、常勤医師1人は確保してもらったという。

 上田・小県地域では年間1800件前後の出産があり、同病院が扱う500件弱は上田市産院と2産婦人科病院が引き受ける。ハイリスク、異常分娩は佐久、長野など周辺病院が対応する。進藤政臣院長は「産科医確保に引き続き努力するが厳しい。常勤医がいる間に助産師外来開設に向け研修を進めたい」と語った。【藤澤正和】

東御市上田市産院から産科医を引き抜く頃に長野病院の産科が事実上閉鎖されている事がわかります。上田市側にすれば長野病院の産科は閉鎖されるは、産院の産科医は引き抜かれるわで泣きっ面に蜂ってところかと思われます。

東御市の新市長にすれば公約実現のためと胸を張っての事かと思われますが、外野から見れば「タコが自分の足を食う」どころではなく「共食い」状態のように感じられます。東御市上田市の関係はよく分かりませんが、地理的には協力すべき関係かとも思われるのですが、これでは全面戦争を仕掛けているように思えてなりません。

地方政治は難しいですね。上田市東御市も産科医を軸に助産師を集めての分娩体制の構築を構想しているようですが、これも絵に描いた餅のように個人的には思われます。そういう事で、手薄い戦力をさらに拡散させて次がどうなるかに嫌でも関心が寄せられます。