産科集約化の算数

2007年2月7日毎日新聞東京朝刊よりの算数です。記事内容は日本産婦人科学会の「産婦人科医療の望ましい将来像を盛り込んだ報告書案」を受けてのものです。産婦人科学会の報告書案まで目を通しておかなければならないのですが、ここでは記事の引用とし、報告書案の骨子をまず抜粋します。

  1. 30万〜100万人か出生数3000〜1万人ごとに地域産婦人科センターを設置
  2. 救急搬送に対応できる病院の紹介システムの構築
  3. 勤務内容・量に応じた給与体系
  4. 医療事故の原因究明機関の整備
手抜きしたのは取り上げたかったのが1.の「30万〜100万人か出生数3000〜1万人ごとに地域産婦人科センターを設置」の実現性です。記事には幸いこれの計算の基になるデータが掲載されており、去年の6月時点の「全国で出産できる施設は3056カ所、医師は7873人」があり、これから考えてみます。

まず産科業務は24時間365日の性格をもっており、さらに地域産婦人科センターと謳うぐらいですから充実した人員が必要と考えるのが当然です。3交代を前提にして考え、一つのパートには最低3人の産婦人科医が必要と考えます。3人でも手薄でしょうが、現状で望みうる最低限の人数かと考えます。

1ヶ月を計算しやすいように28日とすると労働時間数は24×28=672(時間)、これが各パートに3人ですから720×3=2016(時間)となります。一人の医師あたりの1週間の労働時間の上限は40時間ですから、一人の医師の1ヶ月の労働時間の上限は40×4=160(時間)となり、各パート3人体制を組むには2016÷160=12.6(人)必要となります。労働基準法では労働時間を上回ってはならないですし、1ヶ月は通常30日以上ですから、1施設に13人の産婦人科が必要となります。パートに3人では繁忙期には手薄になるでしょうが、そこを時間外労働でカバーしても残業時間は40時間程度に収まってくれるんじゃないかと考えます。

一方で報告書案の地域産婦人科センターの必要数は、難関分娩数が110万ですから367〜110個所になります。そうなると地域産婦人科センターに必要な産科医数は1430〜4771人です。そうなると地域産婦人科センター以外の産科数は3102〜6443人となります。地域産婦人科センターに勤務するのは当然勤務医であり、残りの産科医はその他の産科施設もしくは開業医という事になります。

開業で分娩を取り扱っている産科医が何人いるかのデータがなかなか見つからないのですが、分娩施設における医療水準の保持・向上のための緊急提言の中に平成15年度の分娩診療所数が書いてあります。これが1783施設とあり、おおよそ2000〜2500人程度の開業産科医がいると推測されます。そうなると分娩3000人ひとつセンター施設を作ってもセンター勤務医は4771人であり、センター勤務に異動できない開業医が2500人いても計算は成り立つ事になります。

さすがは産婦人科学会、計算はきっちりやっています。ところでですが、地域産婦人科センターがどのようなものを想定しているかは報告書案が無いからわかりませんが、産科医が13人もいる分娩施設ですからNICUも併設した周産期センターに近いものであると考えるのが自然です。367施設にNICUを担当する小児科医も配置しなければなりません。

このNICUの小児科スタッフですが、続々厚生「労働」省だったよな!やった試算を流用すると、平日日勤が2人、休日日勤が1人、夜勤が1人の交代勤務でも1施設6人が必要です。こんな人数でのNICU勤務体制は地獄ですが、その貧弱な体制を組むためだけで367×6=2202人の小児科医が必要です。小児科勤務医の数は平成15年の日医報告で6500人余りとなっているので全小児科医の約1/3を動員する必要があります。

小児科医の仕事はNICUだけではありません、小児救急もあります。これも「平日日勤が2人、休日日勤が1人、夜勤が1人の交代勤務」の条件なら1施設6人で、二次救急圏に1ヵ所づつ拠点病院を整備しても360×6=2160人必要です。しかし二次救急を「平日日勤が2人、休日日勤が1人、夜勤が1人の交代勤務」で行なうのはシフトの人数的にかなり厳しいかと考えます。理想的には「平日日勤が3人、夜勤及び休日日勤が2人体制」が望ましく、そうなれば10人のスタッフが必要です。そうなれば3600人の小児科医が必要となり、NICUとあわせると残りは700人程度となり、700人で三次救急、その他の小児科診療、研究を賄う必要があります。

産科施設の集約は机上の計算で不可能ではありませんが、それに対応してNICUの整備を行なう余力は小児科には無いようです。これに麻酔科もと言う話になれば試算はしませんが、足りるような気がしません。また小児科医の数は平成15年度のデータなのでもっと減っているでしょうし、産科医も去年の6月からさらに減っているでしょうし、開業医の分娩施設も一段と減少しているかと考えます。

以上算数でした。