不採算の責任者は

今日のエントリーはbefu先生のブログに寄せさせて頂いたコメントからの流用です。自分のコメントですので盗用には当たらないでしょうが、befu先生お気を悪くしないでください。

医療には不思議な事に黒字部門と赤字部門があります。赤字部門で昔から有名なのは私もやっている小児科があります。小児科だけではなく外科もある程度の大手術になるとやるだけで赤字になるものも多いと聞きます。内科も少しでも先進的な領域になると足が出るものが多いとも聞いています。他の診療科でも詳しくは知りませんが多々あるとは聞いています。

話はある程度しぼりたいので小児科の話にします。小児科不採算の理由はこれまた私が医者になる前から挙げられ今も変わらず続いています。主なものを挙げますと、

  1. 同じ処置をするのにも内科に比べ労力と時間と人手を要する。
  2. 繁忙期と閑散期の差が大きく、繁忙期に人手をあわせると閑散期の費用がかさみ、閑散期にあわせると診療がこなせなくなる。
  3. 投薬や検査が内科に較べると少ない。
基本構造として内科と同じような診療報酬体制を強いられながら、同じ事をするのに遥かに手間ひまがかかると言う事です。私は純然たる内科外来と内科病棟を一人で受け持ったことがあるのですが、小児科に較べると手間ひまが格段に少なく済んだ事を記憶しています。そんなに忙しくなければ、外来ぐらいなら一人でほぼこなす事は不可能ではありません。私の前々々任者が看護婦無しで外来をやっていたというのも実感として理解できました。

代表的な不採算部門である小児科ですが、その中でも格段に不採算なのは小児救急です。救急は内科でも赤字ですが、小児救急は輪をかけてもは周知の事実です。救急なんてまともにやれば考えただけでも大変です。24時間365日の体制が欲しければ、医者以外の一般常識では単純計算で日勤だけの体制の3倍の労力と費用が必要です。医療は専門職が人手を集約してやるものですから、万全な体制を組めば組むほど人件費が鰻上りに増える宿命にあります。

話がそれかけましたが、通常の企業で不採算部門が発生したらどう対処するでしょうか。方法論は二つで、てこ入れして黒字化するか、リストラの名の下に整理するかです。よほど余裕のある企業はともかく、そうでない所は漫然と赤字を垂れ流す部門を放置しておくはずが無いからです。

てこ入れと言っても医療では方法論が限られます。起死回生の新商品で一挙に大勢を挽回するなんて事は不可能です。人件費の節約も医療では定員制が敷かれ、現状の実像として現在でも人手不足で疲弊が進んでいるのに、これ以上の削減となると現場は一挙に崩壊します。そうなると料金体制の見直しが通常は考えられます。簡単に言えば採算が取れるラインまで値上げをする事です。

ところが医療は公定料金であり病院の都合で割引きも割増もできない体制です。宿命的に赤字なる構造があるのに、これを自らの手で改善する手段は閉ざされていると言う事です。手も足も縛られた状態であるのに、不採算部門の担当者は経営首脳からその責を厳しく問われる現状があります。どう考えても無理難題であるのに「お宅の診療科は赤字で困る、なんとかせい」の厳命のみが下ると言う事です。

これはどう考えても不採算部門の担当者の責任とは思えません。そういう不採算な診療報酬体制を強いた者の責任です。構造的に採算が取れない体制の下でどれほど努力しても成果を期待できるはずもないからです。構造が不採算であるものを精神論で「採算を取れるようにせよ」と強要されてもどうしようもないと言う事です。

そんな一方で不採算構造の改善を棚上げしたままで不採算部門の拡張整備を大号令しています。端的には小児救急の拡張整備です。小児救急の拡張整備案は前にも少し触れたことがありますが、怖ろしいほどの机上の空案です。中核病院として位置づけられる病院の設定規模では到底365日24時間救急はこなせないですし、さらには無謀な人員体制の救急拠点を維持するだけの小児科医の数さえも怪しいものです。2月ぐらいに花火が上がったはずですが、その後は音沙汰ありませんがどうなったのでしょうね。

そのうえさらに怖ろしい事が推進されています。病院に経営感覚を導入せよです。病院に経営感覚が導入される事を否定するわけではありませんが、この場合の経営感覚はチト別種のものであると理解しています。一般の業績不振企業の再建手法の直輸入を礼賛しているのです。すなわち不採算部門の大胆な切り捨てによる経営再建です。

一般企業で不採算部門を切り捨てても日常生活にはさして不便はありません。その企業の商品やサービスがなくとも別の企業でオツリが来るほどカバーしてくれるからです。せいぜい「オレはあそこの会社の製品が好きだったのに」と嘆くぐらいです。ところが医療はそうではありません。無くなれば不採算部門で治療を受けていた患者の生命健康に直結します。生命健康に直結する事を不採算だからと言って経営感覚で切り捨てる事がどんなものかを考えるだけで怖ろしいことです。

befu先生のブログへのコメントにもありました。ある地域の中核病院が経営感覚による大胆な不採算部門の切捨てを行い、その病院の黒字転換に成功したそうです。そのツケは周辺の病院にモロに圧し掛かり、どこも青息吐息の状態に追い込まれたそうです。まだこの地域ではその一軒のみが経営感覚の不採算部門の切捨てを行い、周辺病院が辛うじてその受け皿として耐えていますが、「じゃ」とばかりに周辺病院も右に倣えをすればどうなるでしょうか。病院は経営感覚で黒字になるかもしれませんが、そこの地域医療は殺伐としたものに化します。

だいたい不採算部門なんてものがあるのがおかしな話です。構造的に不採算になる部門を放置するという事はどういう事だということです。政策誘導医療なんて言葉が頻用されます。国が拡張整備して欲しくない医療部門の診療報酬を削り、拡張して欲しい方向の診療報酬を増やすと言う手法です。そういう観点から言えば、たび重なる診療報酬改正でも不採算のまま放置されている部門は「不要」と国は言っているのと同じです。「やめてしまえ」と言っているのです。

少し煩雑な流れになりましたが、昔から不要の烙印を押され続けている小児科の、とくに不採算な救急部門の充実を要求され、その裏側で経営感覚による不採算部門の大胆な切捨てが称賛される。こんな三重苦の中でどうしろと言うのでしょうか。小児救急を本気で充実させたいのなら、手法は至極簡単です。小児救急を採算が取れるような部門に診療報酬を改訂すれば良いだけです。やればやるほど濡れ手に粟の優良採算部門にすれば、どこの病院も小児救急部門の設立充実に血眼を上げます。これこそが経営感覚です。

赤字が出る構造は放置され、さらに赤字を垂れ流す部門の整備拡張を強要され、経営感覚を持つことを至上課題として要求される。この3つの課題の要求をすべて満たす事が要求されても誰が応える事が出来ると言うのでしょうか。ボヤいても相手が相手ですから暗い時代が続くでしょうね。