小児科の予防接種の今春最大の話題は麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)の導入でしょう。これは去年の夏ごろには導入が正式決定され、4月に粛々と導入されました。私は小児科医として基本的にMRワクチン導入は賛成です。このワクチンの導入と制度変更により麻疹も風疹も実質2回接種となり、従来より遥かに確実な予防効果を期待できるからです。
問題は制度変更に伴う移行措置でした。こういう大きな制度変更の時にはどうしても制度の谷間で不利益を受ける人が発生しやすく、そういう人をいかに少なくするのが重要な点だと考えます。ゼロにするのは不可能としても、少なくとも移行措置の文面上はゼロになるような施策です。ところが去年段階で打ち出された移行措置は谷間を掘り下げるようなものばかりでした。
- 今年の4月をもって従来の麻疹、風疹の単独公費接種は打ち切りとする。
- 新制度でも1歳までに風疹ないし麻疹を罹患した子供にはMRワクチンは接種できない。単独ワクチンを希望するものには自費で接種すべし。
- MRワクチンⅡ期(幼稚園、保育園の年長児)の接種を希望する者は、それまでに麻疹、風疹単独ワクチンを接種したものは出来ない。もちろん麻疹、風疹に実際に罹患したものも接種は不可である。
- 今年の4月時点で2歳となり、それまでに麻疹も風疹ワクチンも接種されていないものは、MRワクチンⅡ期まで待つか、自費でMRワクチンを接種すべし。
- 今年の4月までに1歳の誕生日を迎えるものについては2月生まれのものまでは旧制度の麻疹、風疹単独接種を行い、3月に誕生日を迎えるものは新制度のMRワクチンを勧める事。ただし単独ワクチンを接種したものについてはMRⅡ期の接種は認めない。
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「単独ワクチンをした者、実際に罹患したものにはMRワクチン接種は認めない。制度からこぼれたものは自費で接種せよ。」
保健所に問い合わせても通達以上の返事も無く、「こう決まっているから、それに従って欲しい」との一点張りです。1月、2月、さらに3月に入ってもこの通達は全く変わらず、当院でも苦慮しながら対応していました。メーカー筋に問い合わせても「単独接種を行った人に対する治験は行なっていますが、まだ結果が出るまで数年は・・・」との事でした。ところが確か土壇場の3/31だったはずです。突然厚生労働大臣が発表を行ないます。
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「単独接種を既に行なったり、麻疹や風疹に罹患した子供であっても、MRワクチンを接種できるように夏ごろを目途に改善する。」
指導内容も元が矛盾した内容ですから、メリット、デメリットを天秤にかけ、最後は新米ママさんが十分理解できない情報量で選択を迫らざるを得ないものでした。指導しているほうも自信が無いのですから非常に困惑した事は間違いありません。それをたった2ヶ月でひっくり返すとは驚きです。こんな簡単にひっくり返せるのなら、最初からそうしておけば良いじゃありませんか。もっと言えば、こんな改正があっさりできるのであれば、もう一年遅らせてやっておけば混乱はもっと少なかったはずです。
また説明のし直しです。救いは子供にとってメリットのある改正ですから良いですが、本当に堪忍して欲しいところです。机上で検討するだけの役人は、木で鼻をくくるような杓子定規の通達を出しても痛くも痒くもないでしょうが、現実に接種時期にさしかかる子供の接種の判断を苦悩させた責任をどう取るつもりかと思ってしまいます。
子供の予防接種行政には取ってつけたような朝令暮改を安易に行なう傾向がありますが、今回もその典型だと思います。最初に改正通達を出し、移行措置を発表した段階でこの混乱を予想していなかったとすれば単なる「バカ」です。もう少し言えば改正措置は机上では問題点をとりあえず解消しましたが、改正前の制度に基づいて生産計画を立てているワクチンメーカーも大混乱だそうです。そんなに右から左にワクチン生産は増やせないそうです。当分この混乱は尾を引きそうです。