新研修制度の影

新研修制度は最低限は評価しています。理想的に運用されれば専門の細分化に陥りすぎて、視野が極度に狭まっている医者の守備範囲の拡大につながるからです。ただし医者が誰一人信じていない新研修制度の成果が一人歩きしているような気がします。世間では厚生労働省が言う「2年の研修で内科、外科、小児科、産科、救急がひと通り身につく」なんて戯言を鵜呑みにしている人があまりに多いのに驚きます。

医者不足に悩む地方で奨学金制度の運用を考慮したところのコメントがあり、「奨学金制度を作っても医学部6年、研修2年があり、8年後にならないと医者が来ないのがネックである」と。ここではとくに産科医の不足が深刻なようですが、研修が終わったばかりのひよっ子を一人医長で仕事をさせる算段みたいなんです。冗談も程ほどにして欲しいです。2年間の研修期間中で産科を重点的に研修しても1年足らずです。たった1年足らずで医者が一人で出来ると思っているなら、医学もなめられたものです。それも訴訟リスク満載で逮捕までされる産科医をです。他の診療科でも似たり寄ったりでしょう。

それとこの制度で一番懸念されていた事、従来の卒業と同時に専門を決めるシステムから研修期間中に実際の現場を見て、専門を決める方式に変更した事です。たしか「実際に小児科や救急の現場を見たら、そこで頑張ろうと言う人材が増える」なんて事が書いてあったような気がします。どう考えても違和感があったのですが、懸念は見事に的中しました。

小児科だってやっている医者はそれなりにヤリガイをもって仕事をしています。楽しさも嬉しさもあります。しかし現場の実情を第三者が冷静に見れば「狂気の沙汰」としか見えなくても不思議はありません。従来のように卒業と同時に入局してしまえば、「医者の仕事ってこんなもの」と思うしかありませんし、先輩もすべてそうですから感覚もやがて麻痺するでしょうが、ご丁寧に他の診療科の現場まで見て回ったら、二の足三の足を踏んで逃げ去る者が出てきて当然です。

現場の情報だってネット世界の今は桁違いで入ります。あれを読んで、小児科や産科、救急で頑張ろうとする人間が増えるとは思いません。結果は小児科では研修現場を見て223人が逃げています。よくも70人も気が変わって小児科に来たもんだと驚くぐらいです。

この成果があるにもかかわらず、僻地医療が崩壊しそうだからといって、今度は僻地医療を研修プログラムに入れようと真剣に考えているそうです。曰く「僻地医療を実際に見ればそこで頑張ろうとする医者が増える」と。考えた役人の頭の構造がどうなっているのか理解不可能です。お役人の世界では辺地の勤務地の研修をやれば、辺地の希望者が増える実績でもあるのでしょうか、忙しいだけで待遇が悪いところの研修をやればそこでの勤務希望が殺到すと言うのでしょうか。どうやら医者だけは別の人種と思われているようです。たぶん医者とはすべてマゾヒストであると役人は信じているのでしょう。

表面上の数合わせに熱心な役人は次々とトンデモ案を考え出します。公的病院の僻地医療の支援義務化であるとか、開業前の僻地・救急医療従事の義務化であるとかです。次あたりの出てくるのは小児科、産科、救急への研修医強制割り当てぐらいですかね。くじ引きで配属診療科を強制し、その科の医者になる事を義務づけるぐらいは出てきそうです。この先で医者になるものは自分の専門診療科を選ぶ自由も無くなるかもしれません。

診療科を選ぶ自由がなくなるだけではなく、今度は公的病院の人事権をすべて厚生労働省が握るかもしれません。私立病院でもある程度の規模のところは強制的に組み入れるかもしれません。つまり医師免許を交付する代わりに、「君は○○科を専門にし、○○病院に勤務しなさい」の辞令がくだるシステムです。そうなれば医者の偏在化も、特定診療科の人数不足も解消します。僻地医療だってみるみる解消です。開業に逃げようと思っても、開業条件を異様に厳しくすれば出口は防げます。給与だって国管理と言う事で一番安いところに統一すれば人件費はいくらでも減らせますし、いくら減らしたって開業への逃げ道を防いでおけば万全です。

ただしそんな条件で医者を目指すのは「でも、しか」人間ばかりになるのは確実です。医者をするにはある程度の才能が必要です。それ以下のものが医者になったら間違いなく医療レベルは低下します。でもいくら低下しても「勉強しない医者が悪い」という逃げ口上がありますから、そうなる日は遠くないかもしれません。案だけなら国民もマスコミも諸手を挙げて賛成するでしょうし、反対する医者は「ワガママ」で一刀両断のキャンペインが展開されるのも目に見えています。

遠くない将来かもしれませんが、私の目の黒いうちに見たくは無い未来です。