15人のユダ書・小児科編

予算委員会柳沢答弁の聖典に用いられた厚生労働省御謹製の「15人のユダ書」(医師の需給に関する検討会報告書)より小児科編注釈をお届けします。まずはこの書の成立に関わった15人の名前から、

池田康夫慶應義塾大学医学部長
泉 陽子茨城県保健福祉部医監兼次長
内田健夫社団法人日本医師会常任理事(第13回〜)
江上節子東日本旅客鉄道株式会社顧問
川崎明徳学校法人川崎学園理事長、社団法人日本私立医科大学協会
小山田恵社団法人全国自治体病院協議会長
水田祥代国立大学法人九州大学病院
土屋隆社団法人日本医師会常任理事(第1〜12回)
長谷川敏彦日本医科大学医療管理学教室主任教授
古橋美智子社団法人日本看護協会副会長
本田麻由美読売新聞東京本社編集局社会保障部記者
矢崎義雄 (座長) 独立行政法人国立病院機構理事長
山本修三社団法人日本病院会会長
吉新通康東京北社会保険病院管理者、社団法人地域医療振興協会理事長
吉村博邦北里大学医学部教授、全国医学部長病院長会議顧問

まずは小児科医の数の動向です。3項目分引用します。

小児科については、平成16年医師・歯科医師・薬剤師調査では、14,677人と平成14年調査に比べ、約200名増加している。病院に従事する医師は、この間に8,429人から8,393人と約40人減少しているが、各年齢階級における病院に従事する医師の割合の変化は明らかではなく、臨床研修制度の開始により診療科に従事する医師の就職が遅れた影響がうかがわれる。

新たに小児科を志望する医師の動向については、この数年、増加傾向にある。平成16年医師・歯科医師・薬剤師調査では、臨床研修制度の開始直前の平成15年に医師となり、小児科に従事している者は556名であった。これは平成15年に医師となり、医療施設で勤務している医師全体の7.7%に当たる。

平成18年3月に実施した「臨床研修に関する調査(中間報告)」においても、臨床研修2年次生で研修修了後の進路を決めている者のうち、約8%が小児科を志望しており、ここでは減少する傾向は認められない。

基礎資料に当たれば良いのですが、この書の中からあえて類推します。ここで書かれている小児科医の数の良そうですが、

  1. 平成14年から16年に小児科医は約200人増えた。
  2. 勤務医は約40人減少しているが新研修医制度の影響だろうし、どの年齢層が減ったかは不明である。
  3. 平成15年には小児科医になったのが556人であり、同年に医師になったものの7.7%である。
  4. 平成18年調査でも研修医の小児科志望者は約8%あり減少傾向は見られない。
この書でも書かれているように平成16年から新研修医制度が始まっています。2年間の集計とは平成14年の小児科医数に対して、平成15年と16年の増減を表したものです。平成15年はこの書にもあるように新卒で小児科医になったものは556人ですが、平成16年は実質ゼロです。小児科は他の診療科から転向してくる医師の数は誤差以下と見なしてよいかと考えます。

そうなると2年間で新規に小児科医になったものは556名。このすべては勤務医になったと考えてよく、これが約40人減ったという事は約600人が勤務医を辞めたことになり、1年で約300名です。また約200人増えたとありますから、これもまた約350名が小児科医自体を辞めた事になります。この書に使われる統計に年齢上限はありませんから、これもまた素直に死亡したと考えられ、1年間で約175人となります。この書で用いられた統計は平成15年と16年の増減ですが、これがもう1年ずれればどうなっていたか。減少数は大差が無いと考えられ、勤務医は約600人減少したことになります。40人と600人、統計の取り方で印象はずいぶん違うものです。

ここからわかるように小児科医の増減は研修医のアンケートを信じるならば、年間550人程度の新規の小児科医が誕生し、300人が勤務医を辞め、175人が死亡している構図となります。新研修医制度の影響により穴が空いた分の600人は、頭数だけで言えば3年弱で回復する事になります。ただ頭数は回復するかもしれませんが、新卒医師の教育体制もまた大いに弱体化しているわけであり、新卒小児科医に従来のような教育体制を組めるかは問題です。教育体制が弱体化すれば新卒医師の戦力化もまた時間を要する事になるからです。

ここで気になることが書かれています。このシリーズは一昨日が麻酔科、昨日が産婦人科でした。どちらの診療科も深刻な人手不足なのは有名ですが、この両診療科については新研修医制度の影響については全く触れていなかったのです。小児科だけ減少理由に新研修医制度の影響を引っ張り出してきた点に関し妙に引っかかるのは私だけでしょうか。

続いて小児救急医療について語られます。

小児科については、対象年齢の受療率の低下が見られるなど、少子化と相まって、全体としての医療の必要量は低下傾向にあるものの、核家族化の進行、共稼ぎ家庭の増加等にも起因して、休日や夜間の救急受診が増加し、さらに専門医志向も伴って、小児救急医療を実施する特定の病院への患者の集中など、患者の受診行動が変化している。これらの休日夜間における小児患者の9割以上は入院の必要がない軽症の患者であり、救急医療の対象者となるものは限られているのが実情である。

こうした傾向に効率的に対応するためには、小児科の医師数の増加によるよりも、他職種と共同で小児患者の保護者向けの電話相談体制を整備することを含め、地域における診療所に勤務する医師が参加する休日夜間の小児医療提供体制の確立が優先されると考えられる。このためには、開業医で休日夜間診療を行うための動機付けを行うことが必要であり、地域医師会のリーダーシップが期待される。

前段は実情分析です。問題点として、

    これらの休日夜間における小児患者の9割以上は入院の必要がない軽症の患者であり、救急医療の対象者となるものは限られているのが実情である。
この点については異論は少ないかと考えます。いわゆるコンビニ受診が小児科勤務医の精力を奪い取っているのは医師なら誰しも否定できないものです。かなり的確な指摘かと思うのですが、後段でその対策が書かれています。
  1. 小児救急の増加に対し小児科医を増やさずに他の診療科医師で対応させる。
  2. 電話相談事業を充実させる。
  3. 開業医を動員する。
小児の診察は小児科医以外の医師から非常に嫌がられるものです。気持ちはわかります。患者は自分で症状を訴えてくれませんし、親から症状を聞きだすのはそれなりのテクニックが必要です。採血検査や尿検査一つ行うにも大人とは段違いの手間と暇がかかります。また薬ひとつ処方するにも小児薬用量と言う難物が控えます。だからこそ小児科と言う診療科が成立しているとも言えます。

最近はその上に訴訟問題が医師の意識の上に大きくなっています。自分の知識経験に乏しい分野に手を出して、誤診があり結果不良となれば医師生命に関わる事態に容易に進展します。民事だけではなく刑事にも発展しやすくなっているのが最近の傾向です。敗訴とともなれば枕詞のように「専門医に相談すべきであった」とか「充分な経験や知識が無い」と非難の嵐が巻き起こります。そういう事を医師も良く知っています。そんな現実の上で、小児科医以外が小児の救急医療に積極的になるとは思い難く、むしろより消極的になっているのが現在かと考えています。

電話相談事業も効果については出典は忘れましたが、小児救急医療の軽減にはつながらないの調査があったかと記憶しています。そうでなくとも大変怖ろしい事業と個人的に感じています。この事業の詳細は知らないのですが、まず完全に免責なのでしょうか。免責とは刑事はもちろんの事、民事に関しても完全に免責が保障されているかどうかです。なんと言っても初診の患者を顔も診ずに判断しなければならないわけですから、通常の診療上の注意義務を課せられたのではたまったものではありません。私程度の技量でも99.9%以上は判断を大きく間違わない自信はありますが、0.1%以下に大きな結果不良があれば身の終わりです。

開業医の動員はよく言われるところです。この書に語られる「地域における診療所に勤務する医師」ですが、文脈からして小児科医以外の動員も念頭に置いて書かれているかと思います。小児科医以外の医師となると通常は内科医を指すかと考えます。しかし開業医は若くはありません。爺医と揶揄されるように医師会の平均年齢は60歳に達します。そんな高齢者集団が「開業医で休日夜間診療」どれだけ維持できるか正直疑問です。作ってはみたものの脱落者が相次いで破綻状態になっている地域もあります。

最大の問題点はこの項の前段で不要な救急が多いとまで指摘しておきながら、その小児救急需要を満たす方針で考えている事です。小児救急は作れば作るほど需要が喚起されるのは周知の事です。ある小児救急拠点がパンクしそうになり、二つ目を作ったら緩和されるどころか小児救急が2倍以上に激増したなんて笑えない話は幾らでも転がっています。

現在の小児科医数は大雑把にいえば、平日の日勤帯と自分の病院の入院患者をカバーするぐらいはなんとか足りています。ところが休日夜間帯の小児救急を賄えるかといえば全く足りていません。これは小児科だけではなく、内科救急や外科救急にもあてはまるかと考えています。どれぐらい足りていないかの算数は何回もやってきたのでここでは控えますが、どう計算しても物理的に足りません。それを内科医や高齢の開業医を動員する程度で賄おうという構想自体に無理があります。受診抑制策こそがもっとも現実的なのですが、それについては全く触れていないと言う事です。

最後の項に話を移します。

日本小児科学会は、病院における小児医療提供体制について、二次医療圏、三次医療圏における集約化を中心とした将来の在るべき姿の検討を行っており、診療所との連携の検討が十分ではないものの、他の診療科・診療分野における今後の取組みの参考になると評価できる。

ものは言いようですね。小児科が不採算部門であることは説明するまでも無い事なんですが、診療報酬削減により経営に苦しむ病院は次々と小児科をリストラしたのは誰もが知っています。周辺の病院の小児科が閉鎖された余波を食らって残っている病院の小児科にドミノが圧し掛かり、整理淘汰された結果が集約化みたいな格好になっています。残った病院の小児科は必然的にそれなりの規模の病院だけになり、結果的に二次診療圏に一つないし数個みたいな形態になっています。

過程はどうであれ厚生労働省御推薦の集約化の意向に副う形になっていますが、二次診療圏の基幹病院とは言え、不沈戦艦規模のところは稀です。またそういう病院には小児救急の大命が下りますので、手薄な戦力の小児科医の疲弊は著しいものになっています。この書では望ましい完成形のように賛美していますが、残存集約化拠点病院が崩壊すればその二次診療圏は一挙に小児科空白地域となります。そんな地域が急速に広まるか、広まらないかですが、4月までもうすぐですから今年中に結果は出るでしょう。