僻地医療

地方で医師不足が深刻化している問題で、厚生労働省は、公立と公的病院に対し知事がへき地や離島などにある医療機関への支援を命じる権限を与えることを決めた。比較的人員に余裕のある県立、国保、日赤などの大病院に勤務する医師を、医師確保が難しい地域や救急体制が不十分な病院に派遣しやすくするのが狙い。今月下旬からの通常国会に医療法改正案を提出し、07年度からの実施を目指す。

医師不足は離島・へき地の診療所だけでなく、中核都市の病院にまで拡大し、深刻化している。都道府県側は、国が進める医師確保対策は不十分とし、衛生部長会が昨年12月、厚労省に「抜本的な対策」を強く求める要望書を提出する事態となっている。同省も今回の支援策を含め、さらに有効な対策がないか検討している。

この制度はまず、医療法に、自治体立などの公立病院や国保、日赤、済生会などの公的病院の「責務」として、へき地・離島での診療や救急医療などの支援を明記する。そのうえで、知事には、都道府県内の公立・公的医療機関の開設者や管理者に、地域医療を支援する事業の実施命令を出せるようにする。

僻地医療が困っているのはわかります。患者さんも困っているのはわかります。なんとか改善の方法を考えようと努力するのも分かります。放置しても良いとは思いません。それでも厚生労働省のお役人が考えるとこんな方法しか出てこないかと思うと暗澹たる気持ちになります。

僻地病院の勤務条件は実際の勤務医師からの実情報告があります。

  • 給料もちょっといいか全く都市部と変わりません。病院は赤字ですので手弁当でお願いします。高い給料だと住民が怒ります。
  • 24時間365日、風呂に入っても、トイレにいても、家族と食事にレストランに入っていても、携帯が鳴るとその場で病院に向かうことが義務です。
  • どんなに寝不足でも疲れていても翌日は通常業務です。休みはありません。代わりもいません。
  • 当直は徹夜でも夜間労働には認めません(何でか知りませんが、ほとんど全ての病院では労働じゃないので当直費は激安です)。
  • 医師は1人ですので、相談する医師はいません。風邪を引いても代わりはいません。
  • 大都市へは車で2時間以上かかります。患者の急変があっても2時間かけて患者を送ってると死にます。でもそこで死なせると裁判では負けます。下手すると警察に逮捕されます(今週、福島県産婦人科医が2年前の医療事故で逮捕されました)。
  • 裁判がおきるとでは逮捕されるかもしれません。その場合、刑事罰、民事(賠償)、行政罰(医師免許の免停など)の3重刑がきます。しかし病院はまず最初に謝罪します。医師個人の責任にして、切り捨てます。賠償は億単位ですが、そんなに医師はもらっていません。
  • 地元に根ざして10年以上、出来れば一生、この生活を続けてください。
医者はこの条件を見ても「厳しいな」ぐらいとしか思わないぐらい感覚が鈍磨していますが、普通の感覚なら極北の環境と思うのが自然じゃないでしょうか。感覚の鈍磨している医者だって「行きたくない」と思う人が大多数です。だから僻地医療は困っています。医者は変人集団ですからそれでもあえて行く人もいますが、行った医者は燃え尽きて撤退しています。長期で続く医者はまさしく「鉄人」です。

変わり者と鉄人がどんどん減っています。よくよく考えれば今までよく保ってきたものだと感心するぐらいです。随分前から「危機」が叫ばれていました、現在は崩壊寸前で現実にあちこちで崩壊しているところが加速度的に増えています。「困る」ということで厚生労働省がひねり出した解決策が冒頭の通りです。

かつて僻地医療は医局命令と言う医者が唯一逆らえない命令で支えていました。ところが医局制度は諸悪の根源として撲滅運動を繰り広げ今や息も絶え絶えです。医局解体にトドメをさした新研修制度の影響は、研修医を大都市に集中させました。引き換えに地方では研修医が激減しています。また医局制度が弱体化すると医者は自分の希望の就職病院を探すようになります。当然と言うか当たり前とうか、大都市の設備人員の整った病院への就職を希望します。かつての医局制度と言う人事の調節弁が失われれば当然の帰結です。

医局の人事権を召し上げた結果、もともと人気の無かった僻地病院に誰も寄り付かなくなったのです。この「予想外」の事態に驚いた厚生労働省は、かつての医局の代わりに都道府県が人事権を持つ制度を作ろうとしているのが冒頭の制度です。

どこかの巨大掲示板に書き込みがありました。「みんな逃散するぞ!」って。案にある県立、国保、日赤などの病院にうっかり就職すると僻地に跳ばされます。かつての医局人事では僻地医療のお勤めを果たせば、その代わりに次回人事で条件の良い病院への配属、学位などへの配慮などの暗黙の了解がありましたが、今回の案の下で跳ばされたら二度と帰還不可能の可能性が濃厚です。そんなところへ就職するのに二の足も三の足も踏むでしょうし、勤務している人間も真剣に身の振り方を考えるのは当然です。

僻地医療の解消に特効薬はありません。地道に対症療法を行なうしかないと思うのですが、その第一歩はどんな職種であっても考え行う事、勤務条件が不利な分だけ待遇を改善する事にはまったく不熱心であるのには驚かされます。大都会の設備人員の整った病院と僻地の設備も人員もナイナイ尽くしの病院の待遇が同じであるなら、誰も行かないと言う当たり前の事を「見ざる、言わざる、聞かざる」で知らない振りをし、結論を「行かない医者が悪い」ですべて終わらせる姿勢に信じられない思いをします。

私は医者への風当たりが強くなって最近考えが変わりつつあります。私も医者は「滅私奉公」の基本姿勢が正しいと思っていた時期がありました。でもそんな考えがかえって医者を自滅に追い込んでしまっている気がします。医者の勤務条件の改善のために医学部教育に労働基準法の必修を義務づけ、それを遵守する事を求める教育が必要な気がします。

医者はこれまでも医療制度のしわ寄せを医者の努力によって吸収してきました。それもどうやら限界に近づいているような気がします。医者が敬意を払われる特殊な職種で無いとするならば、普通の労働者としての労働条件の獲得を目指す事が重要だと思い始めているのです。

医者の不満は世間的にはほとんど認められません。であるならもっとも基本的な要求である労働基準法の枠内での労働条件にすべしの運動を行なうべしです。そうすれば医者がこれまで医療水準を支えるためにどれだけの努力を払ってきたかが少しは理解してもらえそうな気がしています。