医師の再配置問題

昨日頂いたコメントのうちYUNYUN様からのものにコメントを返そうと思い何度か書きかけたのですが、どうしても長くなってしまうので思い切ってエントリーにして返します。まずYUNYUN様のコメントの主要部分を再掲します。

ご友人の説明のように、医師の勤務地強制は違憲の疑いが濃いものの、法律は国会の多数決で通ってしまいますから、将来的に、法律が制定される危険はありうることです。強制配置が必要であるという見解が多数を占めることのないよう、地方の医療需要はこういう形でちゃんと満たされているのだとして、国民を説得するしかありません。
もし仮に、どうしても再配置が必要だとすれば、それを国(たぶん厚生省官僚)の手に委ねるのではなく、医師の自治を確保すべきだと思います。
その点で、医局人事はある種の自治権であったように思えます。外部から見ればですが。
医局復活はもはや不可能と聞きましたが、医師主導で何らかそれに代わる人事制度を構築しなければ、奴隷化は必至ではないでしょうか。

前後に相当量のコメントがあるのでこの部分だけでは「???」かもしれませんが、詳しくは1/3分のエントリーのコメント欄をご参照ください。

この中で取り上げたいのは医師の再配置問題です。もう少しだけコメントの流れを解説すれば、地方僻地の医師不足に僻地勤務義務化の話があり、国が主導の強制配置より医師が主導する自治的な人事システムの構築が必要だという意見です。誠に正論ですし、私も何度か取り上げかけています。ただし相当な難題です。どうアプローチしても答えが出にくい大問題です。今日は申し訳ありませんが、それなりの解答を出す気はありません。気が無いというより全然見つかっていないので、問題点だけを挙げて難しさを解説するレベルにさせて頂きます。

実は解説するのも難しい問題なのですが、少しでも分かりやすくするために従来の医局人事が成立していた理由から入りたいと思います。医局人事が成立した理由がそのまま新たな人事システムが構築しにくい理由になるような気がするからです。

医局人事は曲芸のような合意で成立した背景があります。まず医局と医師とはなんら正式の契約を交わしているわけではありません。また医局と派遣病院もそうです。だから医局人事といえども正式には医師と派遣病院が労働契約を交わしているのです。これが唯一の正式契約です。ところが医師の意識では正式の所属は医局であり、あくまでも身分は医局から派遣病院勤務を任命されているとの暗黙の合意がありました。意識上の正式の所属は医局ですから、たとえ派遣された病院と正式の契約があったとしても、医局から「変われ」との命令があれば自主的に退職し、新たな派遣医が後継になるシステムです。派遣を受ける病院も給与を払い正式の契約の上での職員であるにもかかわらず、その人事権はこれも暗黙の合意の上で放棄し、医局の指示のままの人事を無条件に受け入れたので成立していたシステムです。

医局に属する医師がどこにも正式契約の存在しない医局の人事権を無条件に受け入れていたのは、それまでの慣行と慣行を成立させていた神聖権威が存在していたからです。神聖権威についての説明は長くなるので今日は省略しますが、医師となり勤務医として働くには、医局の人事に従う以外他に手段がないと無意識に誰しも信じ込んでいたが故に成立していたシステムと言い換えても良いかと思います。

医局の人事権は強大で、どんなに条件の悪い地方僻地病院でも命令一つで医師を送り込む能力がありました。また公立、私立の枠を超えて医師を動かす能力もありました。これらはひとえに医師が正式の所属は医局であるという強烈な意識が支えていたと考えます。

現在の地方僻地の医師不足の原因の一つをごく近視野で見ると、医局所属医師が減少して地方僻地まで医師を送れる数が物理的に不足してきた事と医局の神聖権威が衰えて地方僻地への人事命令が軽くなった事が挙げられます。そのため地方僻地病院の医師不足の解消のために再び医局に医師を集結させようという考えが生まれるわけです。医局に従来のように医師が溢れれば、これまた従来のように地方僻地に満遍なく医師が再配置できるんじゃないかとの考えです。

たしかに医局に医師が溢れれば物理的な頭数はそろうわけですから、机上の計算では地方僻地の医師不足の解消に向かってもおかしくありません。しかしもう一つの問題である医局の人事任命権の衰えが話をそう簡単には進ませません。上述したように医局の人事権が魔力を揮った大きな背景の一つに、医局の命令に逆らうとまともな勤務医生活を送れないという強迫観念があります。これは現在大きく揺らぎ、医局の人事命令といえども気に入らなければいつでも蹴り倒す医師が急増しています。つまり医局にもし医師を旧来のように集めようとしても、集めた医師に地方僻地への赴任命令を下したら医局から逃げ散る構図がもう出来上がっているのです。

少し長くてくどかったですが、医局人事の完全復活はおおよそ上記の理由で難しくなっています。やや大雑把ですが、そんなにハズレではないでしょう。それを踏まえた上で新たな医師主導の自主的な医師分配再配置システムを構築しようとすれば頭を抱えます。

再配置をするためには誰かが人事計画を立て、それを命令し、さらに命令を受けた方が唯々諾々と承諾する事が必要です。命令権の重さと言い換えても良いかと思います。その重さが医局人事にはありました。ところが新たにという事になれば、誰が医師に命令を下せるかになります。医局人事が異様に重かったので、医師は誰の命令でもホイホイと聞きそうな印象がひょっとしてあるかもしれませんが、実は医師ほど扱い難い唯我独尊の人種も少ないものです。

たとえば擬似医局みたいなものを仮に結成して、そこの擬似医局内で医師の派遣先を民主的に決定しようとすれば大紛糾確実です。誰だって大都市部の有名病院のポストに就きたいですし、地方僻地病院の激務ポストは避けたいのが本音です。そういう思惑が渦巻く中で民主的に検討しても最後はエゴが爆発します。

会議が決裂すればどうなるか、ここから先も実は新制度設計の大問題点なのですが、医師が現在正式の契約を交わしているのは派遣された病院だけなのです。それしか正式契約は無いのです。正式契約を盾に人事命令を拒まれれば誰も手出しが出来ないのです。衰えつつある医局人事でもそういう問題が続発しつつあると聞きます。医局類似で民主的システムを構築しようとすれば従来の医局制度の矛盾が噴出する事は誰でも予想できます。

新たな制度を考えるときにまず出てくる問題は、派遣元組織と医師、さらには派遣される病院との正式の契約関係をどうするかが非常に手強いものとなります。派遣を受ける病院も現在の風潮からすると医師確保のために優秀な医師は囲い込みに走るでしょうから、医局人事の頃のようにノホホンと雇っている医師の人事権を放棄し続けると考えるのも楽観視しすぎです。

YUNYUN様のご指摘は医師にとって耳の痛い問題ですが、現場で従事している医師にとっても、どこから手をつけたら良いかわからないほどの難題と考えています。またこういう問題は勤務医全体の利害に関わるものですから、手をつけるにしても、まず全国的までいかずとも少なくとも都道府県レベルで勤務医が団結して難題の検討に取り掛からなければ始まらないのですが、そんな勤務医連合体は事実上皆無ですし、結成される気配さえありません。

新制度設立のためには答えさえ見つからないような難題がまず横たわり、さらにそれを検討する場所さえ無いというのが実情です。どう考えてもしばらく昏迷は続くでしょうし、昏迷に乗じて僻地勤務義務化法案成立の悪夢もたしかにちらつきます。なんとかならないかと考えてはいますが、私には現在のところ提言さえ思い浮かびません。