僻地義務化報道のメディア・リテラリシー

2007年03月15日付Asahi.comより、

若い医師「へき地勤務義務化を」 日医諮問委が提案

 日本医師会(日医)の諮問委員会は15日、医師確保の対応策として、臨床研修を終えた若い医師にへき地などでの勤務の義務化を提案する中間報告書をまとめた。今後、役員会などで合意すれば具体案をまとめ、日医が厚生労働省に提言する。

 報告書には、研修終了後の一定期間内に、へき地や医師不足地域での勤務の義務化を考慮すると盛り込まれている。産科・小児科など、医師が不足する診療科への勤務も想定されているという。

 厚労省は昨年度、医師確保対策として、へき地などへの勤務を開業の条件にする案を審議会にはかったが、日医などから「やる気がない人が行っても根本的な解決にはならない」「強権的」などの反対が出て実現しなかった。

 だが今回、諮問委員会は、義務化まで踏み込まなければ医師偏在は解決しないとの危機感の高まりを受け、報告書をまとめたという。

この件については3/173/20にエントリーしましたので、今日はメディア・リテラリシーの観点からAsahi.comの記事を読んでみます。

この記事のエッセンスは

  1. 日医の諮問委員会(地域医療対策委員会)は臨床研修を終えた若い医師にへき地などでの勤務の義務化を提案する中間報告書をまとめた。
  2. 役員会などで合意すれば具体案をまとめ、日医が厚生労働省に提言する。
  3. 報告書には、研修終了後の一定期間内に、へき地や医師不足地域での勤務の義務化を考慮すると盛り込まれている。
  4. 産科・小児科など、医師が不足する診療科への勤務も想定されているという。
  5. 諮問委員会(地域医療対策委員会)は、義務化まで踏み込まなければ医師偏在は解決しないとの危機感の高まりを受け、報告書をまとめたという。
記事だけ読むと詳細な僻地義務化への提案が盛り込まれているように読めますが、20ページに及ぶ中間報告書で僻地義務化について書かれているのは、地域医療対策委員会が厚生労働省の対策、さらに厚生労働省の対策を受けての日医の対策、さらにさらにそれをうけての委員会の7つの提言の最後に、

キ)医師不足地域対策

 医学部卒業後の新医師臨床研修制度の研修終了後の一定期間内に、へき地や医師不足地域での勤務の義務化を考慮する。

これだけです。本当にこれだけで、7つの提言に続く提言全体の説明補足部分でも、

 本委員会は医師不足・偏在問題に関して議論し、この答申をまとめたが、過去からの経緯が生んだ現状に対して、限られた時間内で即効性のある解決策は見出せなかった。

 今後、本委員会としては、病院のオープン化、女性医師をめぐる諸問題、地域医療連携クリティカルパス等の問題についても検討し、その中で医師偏在の対策も継続して議論していく予定である。

僻地義務化はまったく触れられていません。さらに「おわりに」と題した中間報告書の相当な分量のまとめ部分でも、僻地義務化についてまったく書かれていません。良ければ中間報告書の原文を読まれて御確認ください。中間報告書全体の構成からするとなんの脈絡もなく突然書き込まれている印象が非常に強いものです。

中間報告書の内容と記事を較べてみたいと思います。

  1. 日医の諮問委員会(地域医療対策委員会)は臨床研修を終えた若い医師にへき地などでの勤務の義務化を提案する中間報告書をまとめた。


      この表現にはあきらかな誤りがあります。この表現ではまるで中間報告書の内容が僻地義務化一色のように受け取れますが、実際は片隅に小さく書かれているだけです。中間報告書20ページのうちわずか3行に過ぎません。


  2. 役員会などで合意すれば具体案をまとめ、日医が厚生労働省に提言する。


      日医のシロクマ通信にある記者会見で内田常任理事は、

        「へき地や医師不足地域での勤務の義務化を考慮する」という文言は、あくまでも委員会として提言したもので、日医が義務化に賛成の立場を取るものではないと強調する一方で、今後の方向性を決定するプロセスのなかでは、ひとつの議論になるとの見解を示した。

      私はこの記者会見の後に日医が意見を翻したの情報を残念ながら知りません。もし翻していないのなら虚偽の報道という事になります。


  3. 報告書には、研修終了後の一定期間内に、へき地や医師不足地域での勤務の義務化を考慮すると盛り込まれている。


      これは間違いありません。これしか書かれていないのですから。


  4. 産科・小児科など、医師が不足する診療科への勤務も想定されているという。


      私が読む限り一言一句たりともこんな事は書かれていません。虚偽捏造として良いかと考えます。


  5. 諮問委員会(地域医療対策委員会)は、義務化まで踏み込まなければ医師偏在は解決しないとの危機感の高まりを受け、報告書をまとめたという。


      これもまたまったくの捏造で、医師偏在からの医師不足の対策に即効的な対策が無い事は書かれていますが、その中で僻地義務化は全部で3行以上の扱いを受けておらず、どこにも「義務化まで踏み込まなければ医師偏在は解決しないとの危機感」は書かれておりません。これもまた虚偽捏造と考えられるかと思います。
一つ言えるのはこの記事を書くに当たって、記者は中間報告書をまったく読んでいないのは確実です。おそらくですが、日医の記者会見にだけ出席して、記者会見内容からの憶測だけで記事を組み立てたと考えるのが妥当です。記者は中間報告書の内容が僻地義務化で乱舞していると考えたようですが、実際の中味は記者の憶測と異なり、僻地義務化は鬼子の様に片隅に書かれているだけです。

もっとも中間報告書に無理やり僻地義務化を盛り込まれた経過、無理やり盛り込んだ僻地義務化を異常に強調する日医幹部、こういう報道を許容する姿勢を考えると、最終報告書に向かってどれだけの圧力が加えられるかは容易に想像がつきます。さらに言えば日医の幹部が最終報告書はこの記事のようにするとの意向をリークしたとの憶測も十分成立します。

憶測を重ねる事になりますが、この僻地義務化について日医執行部の意見は一枚岩ではありません。一枚岩どころか、会長及び会長側近理事が異論が出そうな役員会を回避しての裏工作の結果がこの中間報告書であるとの観測は容易です。それよりなによりコメントにもたくさん寄せて頂いた通り、参議院選挙向けのポーズ以上でも以下でもないの意見には説得力があります。

ちょっと余計な話を挟みましたが、この記事は中間報告書を準拠とするのなら、虚偽捏造に溢れた代物である事だけは言っておいて良いでしょう。