JR事故に思う

まずは犠牲者の皆様のご冥福をお祈りし、負傷者の方々が一刻も早くご回復される事を願います。

今回の事故の背景はこれから検証されるでしょうから、前回の尼崎の事故のように人為的な部分が原因となっているのか、それとも避け得ない突発的な気象現象が原因となっているのかの即断は避けたいと思います。

それでも今年話題になった大事故、大事件。尼崎のJR事故もそうですし、強度偽装マンションもそうですが、何か共通項のようなものを感じます。これは小さめの記事でしたが、日航機のエンジンを整備点検して取り付けなおしたら、左右反対であったなんて記事もありました。広くは証券市場の相次ぐコンピュータートラブルも含まれるかもしれません。

商売の基本は顧客の要望にどれだけ応えるかです。過当競争が日常化している家電製品なんかに典型を見ます。IC制御の発達によりこれでもかの機能が盛り込まれています。買う方の客もある意味単純なところがあって、同じ値段であるならば、8大機能よりも10大機能の方が「お買い得」のような気がして売れたりします。ところがこの「お買い得」だったはずのプラス2大機能なんて、捨てるまで使わなかったなんて事はこれも日常茶飯事です。

まあそれでも家電製品はさして実害は無いのですが、公共交通機関となると深刻な問題となります。今回は事故があったので電車に絞りますが、ここには家電製品のような「豪華10大機能つき」みたいなアピールは出来ません。ICカードや駅のバリヤフリー化なんかも重要な事でしょうが、それも必ずしも集客の決定的な要素にはなりません。この産業に求められる最大の要求は「利便性、経済性」です。

利便性とは便数が多い事、目的地に早く到着する事、ダイヤが正確である事です。経済性とは競合する交通機関に対して安価であることです。独占路線ならともかく、競合路線ではどれかで劣位に立つと客は潮が引くように流れ去ります。JR西日本の主要路線はすべて関西の有力私鉄との競合路線です。大阪を基点として、神戸方面は阪神、阪急と、京都方面は阪急、京阪と、和歌山方面は南海と、奈良方面は近鉄と長年にわたって競い合っています。

JR西日本はこの競争に完勝しようと考えたようです。便数はこれ以上詰め込めないぐらいビッシリと組み込み、速度は私鉄の標準軌に対し狭軌であるのにこれをしのぐものを作り上げます。「速くて、便利」になったJRに客は流れます。乗客が増えれば乗車料金の設定でも有利になり、競合各社より割安のものを提供できるようになり、結果として鉄道に求められるすべての要素でライバルを上回り一人勝ちの様相を呈する事になります。

しかしそんな事が成熟産業である鉄道業界で容易に出来るはずがありません。出来ない証拠は競合私鉄が競争に追随しなかったことに現れています。「しなかった」デメリットは私鉄各社に深刻な影響を及ぼします。経営はどこも苦しくなり、端的に象徴しているのは近鉄が球団を手放した事に象徴されています。それでも私鉄は追随しなかった。

理由は皆様ご存知の通り「利便性、経済性」の余りの追求は「安全性」を極端に軽視した結果生まれたものだと言う事です。「あんな無理をしていればそのうち大火傷を負う」との見方が以前からあったそうですが、これは現実化します。信楽高原鉄道事故、尼崎列車事故です。

ここで「やはり安全性重視が基本の原点に戻れ」で結論するのは容易ですが、本当に私たち乗客は心からそんな結論を受け入れるでしょうか。乗客が望むものはやはり「利便性、経済性」です。通勤や通学に日常的に使用するとき、同じ区間が10円でも安い方を選択します。同じ料金なら1分でも早い方を選択します。

乗客は安全性のために利便性や経済性を犠牲にしたものを喜んで受け入れるわけではなく、JR西日本が安全性を犠牲にして達成した「利便性、経済性」を、そのままの水準で「安全性」を付加したものを当然のように要求するのです。要求に応えられないのなら、今度はその要求(利便性、経済性)に近いところに流れていきます。事故のときだけは安全性、それ以外の時は利便性、経済性を人は要求するのです。

安全性は事故が起こるまで人には見えません。利便性、経済性は日々目に見えて分かり、財布にこたえます。安全性を重視と経済性と利便性は相反するものです。相反するものを当然のように両立させるのを要求するのが現代社会だと感じています。行き着く先はどこになるのかの問題を、私たちは突きつけられているような気がします。