認知症徘徊事故訴訟

事件の概略はこのあたりを参照にしています。一審段階からのマスコミ記事もあるのですが、元記事を引っ張り出せなかったので記憶に頼って付け加えます。

事実関係はシンプルで、
  1. 認知症で徘徊行動を起こす人を妻が自宅で介護していた
  2. 同居していない息子夫婦も介護に協力していた
  3. 「妻がまどろんだ数分の間」(朝日記事)の間に父は家から抜け出した
  4. 父は電車(JR)にはねられて死亡
  5. JRは介護にあたっていた妻と息子夫婦に720万円の損害賠償を請求
  6. 一審は満額、二審は介護に直接当たっていた母(妻)に半額の賠償を認めた
この判決を聞いて震え上がったのはまず現在認知症を持つ人を介護している人でしょう。さらに医療関係者も震え上がっています。入院患者の中には認知症患者も少なからず含まれており、病院から脱出して徘徊行動に至る患者は現実に存在するからです。その患者が今回のような列車事故を起こせば賠償責任をより重く問われるのは必至だからです。病院の場合は鉄道会社だけではなく患者遺族からも賠償責任を問われる可能性が大です。もちろん病院だけではなく介護系の施設も同様になります。


監督義務

この訴訟で賠償責任が認められたのは認知症の人の介護者には監督義務が発生するからの理解で良いようです。監督義務の範疇は認知症の人が起こした行動のすべてとして良いようで、当然ですが徘徊の結果の列車事故も含まれます。つまりは徘徊の結果、列車事故等を起こさないようにする義務を負わされているぐらいです。監督義務は介護への関与が深いほど重くなるようで、二審では同居の妻のみに賠償責任を負わせています。この辺も微妙で一審では介護に協力していた息子夫婦にも賠償責任を含む監督義務を認めています。平たく言えば積極的に介護にあたるほど監督義務が重くなり賠償責任も重くなるぐらいで良いようです。この監督義務に免責的な条件があるかどうかですが、これまた曖昧なところです。4/21付の日経記事にはJR側の主張があり、

JR東海側はセンサー付きのチャイムを作動させるなどの措置を講じていれば、事故は防ぐことができたなどと反論。「監督義務を適切に果たしている家族には何の影響もない」とした。

これをどう取るかです。結果として事故を起こせば監督義務違反として賠償責任が発生するのか、防止措置が一定条件に達していれば免責になるのかです。今回の事故ではJRの主張する「センサー付きのチャイム」を妻は切っていたとなっています。ではでは切っていなければ徘徊が起こり事故となっても免責になるかは正直なところ不明です。それこそ実際に事故が起こらないと判らないです。賠償を請求するかどうかは鉄道会社の裁量であり、結果として事故が起こった事を重視して賠償を請求するのか、センサー付きのチャイムがあった事で放棄するのかは「わからない」です。別報道では自力でヘルパーを雇う事にもJRは言及しているようですから結果論を重視している気配を感じます。

センサー付きチャイム、ヘルパーを雇った状態でも徘徊を100%防止できると言い切れる人間は少ないと思っています。今回は妻が「まどろんだ」間に家を脱出して徘徊行動に至っている訳ですが、これがトイレであっても同様の事は起こりえます。風呂だってありえます。完全な監督のためには1人では無理な部分がどうしても出てきます。常に2人体制以上で監督できる余裕のある家庭は限られると素直に感じます。相手は24時間であり、さらに期間も3日や4日のお話ではないからです。まあ、どれほどの防止措置があれば免責になるかについては「次」の事故が起こった時の鉄道会社と裁判所の判断になるかと考えられます。もし裁判所の判断が必要となれば弁護費用は100万円単位になる事だけは間違いありません。


監禁はハードルが高そう

完璧に徘徊行動を防止するには自宅に座敷牢でも作って閉じ込めてしまうのが一番確実です。とは言えこれは下手すると監禁・虐待の罪に問われかねません。これも記憶に頼ってのものですが、認知症の介護に派遣されたヘルパーが徘徊防止のためにつっかい棒を立てて、ヘルパーの不在中は家に閉じ込めた事案がありました。これは大きな批判を受けて事業者は事業停止の処分を受けたはずです。監禁まがいの閉じ込め行為は表沙汰になるとタダでは済まない側面があります。いわゆる人権団体も活発に動かれるのも予想されますからハードルは高そうな気がします。


ボールは立法府に行ったと思うのですが・・・

こういう賠償請求を行ったJRにどうしても批判的になってしまうのは人情ですが、広い意味では理解できる点もあります。JRも事故により被害を受けている訳であり被害の賠償を「求めるな」も無理がある気がします。これから同様の事故は増えこそすれ減りはしないでしょうから、賠償請求が可能であるなら起こしたぐらいに考えています。訴訟は二審まで下っています。被告側が上告するかどうかはまだ決まっていないようですが、最高裁が受理し実質的な審理を行う可能性はあまり高くありません。つまり裁判例の先例となる可能性は低くないです。

私には詳しい事は判りませんが、現行法の解釈では介護者には認知症の人の行動に監督義務が発生し、この義務が果たせなかった時には賠償責任が生じるとの判断を司法は下しています。これが現行法に基づく司法判断ぐらいと考えざるを得ません。しかしこの司法判断に違和感を感じる人は少なくないかと存じます。法と現実の間に乖離が生じた時になんとか対策を考えるのが立法府と存じます。具体的には国会議員の皆様でしょうか。立法府が法の枠組みを変えないと司法府の判断は変わらないぐらいに考えています。さらに現実の政治は行政府が主導して法案を制定する事が多くなっています。そういう意味では安倍首相以下の閣僚の皆様も該当すると存じます。

動いてくれるでしょうか。ベタベタに生活に密接している課題ですから問題意識を持って欲しいと切望します。今この時だって、介護者の監督の目を潜り抜けて徘徊行動を起こし踏切に向かっている認知症の人がいるかもしれないからです。