ES細胞事件とりあえず決着

医者としてはES細胞には大いに関心がありまして、クローン技術も含めて煮詰まってきている医療の進歩のブレークスルーする一つの鍵になるのではないかと考えています。ただし生命倫理という重い課題がついてまわり、その研究開発には十分な配慮、慎重さが求められるのは間違いありません。とくに日本では移植治療ひとつでも相当に紛糾するお国柄ですから。

日本ほどではないにしろ諸外国でもそういう懸念が強いらしく、ことES細胞がらみの研究には、この手のものにしては異例なぐらい国際協定の必要性が早くから唱えられ、まだ正式なものは無いにしろ国ごとに秩序作りが行なわれています。研究者にとっては息苦しい制約でしょうが、この技術を将来広く人類が享受するにはやむをえない事だと考えます。

そういう意味で今回の韓国の事件は「勇み足」だったと言えます。どんな研究分野でも先陣争いは熾烈を極めます。一歩でも早く完成したものに名誉が与えられ、遅れたものは振り返りもされないのが先陣争いです。とくにES細胞は今後何十年にわたって医学の最先端の研究になるのは自明の事であり、そこでの先陣争いの功績は俗に言う「ノーベル賞級」の価値があります。ただし上述したようにES細胞は扱いが非常にデリケートなテーマであり、単純に先陣争いをするだけではなく、それに伴う諸問題をキチンとクリアする必要があります。

この事件については詳述するサイトが山ほどありますから、できるだけ重複は避けますが、まずまずES細胞の作成については基礎的な技術はすでに確立しています。各国の研究者はそれを生命倫理に反し無いという制約の中で先陣争いをしていたのが基本的な構図だと思います。ようするに出来るだけで手放しに称賛と言う世界ではないのです。そういう本質を韓国の研究者は見誤っていたのかもしれません。

後はお国柄と申しますが、まずある程度この研究でトップグループに入っていた韓国の研究者に国を挙げての期待の重圧がのしかかったようです。過度の期待の重圧の中、ES細胞の作成に取りかかるものの、後一歩、二歩の辺りでどうしてもうまくいかない。欧米の研究機関の水準の高さを知り尽くしているだけに、毎日のニュースでどこかの研究機関が先陣争いの先を越されていないかで夜も眠れない状態になったことは想像に尽きます。

あせる気持ちの中で悪魔的なささやきが研究者の頭の中に宿ったのでしょう。技術的に作れるのは間違いありませんので、「作った」事にしてとりあえず先陣争いの名誉を握り、本当に作るのは後日でも良いじゃないかと。完成スレスレの技術を持っていたことだけは間違いありませんから、精巧な偽造をするのはきわめて容易です。

目論見通り偽造論文は完成し、研究者は国内の絶賛を浴びる事になります。ああいうお国柄ですから、たちまち研究者は「国の英雄」となり、富と名誉を手に入れることになります。後はまだ完成していないES細胞を本当に作り上げれば、論文中のある意味、唯一かつ決定的な欠点をもみ消す事は不可能ではなかったでしょう。

天網恢々疎にして漏らさずの諺がありますが、この研究者の完璧と思われた偽造計画は思わぬところから追及の火の手が上がる事になります。お膝元のテレビ局です。この追求は当初韓国国民の総スカンを食う事になります。「おらが国の英雄」にケチをつけるとは「非国民」であると。放送した番組からはスポンサーが残らず撤退したのみならずか、そのテレビ局のスポンサーからも続々降板。大統領自らも研究擁護発言が飛び出すなどまさに四面楚歌の状態になったのです。

それでも一旦あがりかけた火の手は消えることなく次々と燃え広がる事になります。燃え上がる火の手を見て、偽造加担者のなかにもわが身大事とばかり「英雄」を告発する側に立場を変えます。国民の支持を頼りに強気の強弁を繰り返していた研究者でしたが、弁明のあまりのいい加減さ、存在しないES細胞の事実からついに白旗をあげたようです。

幾多の識者が述べるとおり、今回の偽造論文事件はES細胞研究を大きく遅らせました。世界でES細胞の研究の発展で命を救われたはずの患者を何百万人も殺した事になります。ひとりの研究者がノーベル賞が欲しかったばっかりにです。

どちらにしても韓国は大騒ぎだったでしょうね。今年の十大ニュースぐらいになったことでしょう。