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カランカラン」
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「はぁ〜い、お待たせ」
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「ジン・ライムお願い」
私はジン・ライムと聞くと大瀧詠一のロング・バケーションを思い出すのですが、ちょっと聞いてみます。
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「ジン・ライムで思い出すことってある?」
「そうやね、やっぱりVelvet Motel」
「ロング・バケーション!」
「そうそう」
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「長いこと一の谷やってるけど、一の谷になかなか着かへんなぁ」
「だから最初に言ったやん。一の谷には謎が多いって」
「で今日は」
「二月六日の夜に義経がどこにいたかを考えようと思うんや」
「やっぱり藍那?」
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「相談が辻ってどんなとこ」
「左に曲がれば鵯越道で高尾山から会下山の方になるんや」
「じゃあ、右に曲がれば?」
「白川から多井畑の方に行くんや」
これは明治期の地図ですが、相談が辻で左右にわかれると途中から行き来できない地形になります。道は無いこともないのですが、騎馬武者が通るには無理があるってところです。
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「行ったことあるの?」
「どっちも歩いてみた」
「ガチやね。今度一緒に行こ」
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「ここも不思議よねぇ。鉄拐山を登って一の谷を襲撃しようと思えば白川の方にいかないとあかへんし、高尾山にも義経馬繋ぎの松ってあるもんね」
「そうやねん。どうもやねんけど、平家物語の後の方の本は高尾山に登る描写を優先している感じがあるねん」
「鵯越道やったら藍那に泊まる方が良いけど、それじゃ熊谷次郎直実親子と平山武者所季重の先陣の話が成立せえへんと思うの」
「どういうこと」
「平家物語って合戦の生き残りの人の『家の武功譚』の集積って説を読んだわ」
「そうやろな」
「その中でも熊谷・平山の先陣話は有名やったと思うの」
「ボクもそう思う」
「平家物語の成立にも諸説あるけど、まだ当事者が生きている間に聞けた可能性もあると思うの」
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「後の本では脚色が多くなってわかりにくいけど、延慶本の描写を読み取ればどこに義経がいたかわかると思うの」
「なるほど。まずは義経と直実・季重は同じ陣中に居たことになってるね」
「そうよ抜け駆けの最中に巡視中の義経に出くわして誤魔化すシーンまでついてるわ」
「えっとえっと、直実が陣を抜けたのは寅の初めだったよね」
「つまりは三時過ぎぐらいになるねん」
「西の木戸に着いたのは卯の二刻前や」
「卯の二刻は六時やけど、六時には土肥実平隊が矢合わせを始めるから、五時半ぐらいやと思うねん」
「そうなると二時間ぐらいで義経の宿営地から一の谷の西の木戸に熊谷・平山は到着したことになるね」
「そうやねん。二時間じゃ夜道を藍那から西の木戸まで行くのは無理やと思うねん」
「たしかに」
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「もう一つわかる事があるねん。直実がなんで三時ぐらいに、急にソワソワして抜け駆けを決断したかの理由もわかる気がする」
「卯の刻に近いから?」
「もちろん、それもそうやけど、抜け駆けの先陣が手柄として成立する条件を考えてみいな」
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一段目:名乗りをあげる
二段目:矢合わせをする
三段目:矢戦に移行
四段目:突撃
- 合戦開始時刻、場所がわかっていること
- そこに味方より早く到着して戦闘を始めること
- 味方が到着するまで戦い続け、その姿を確認してもらうこと
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「わかったぞ。直実は土肥実平隊が、今にも出陣しそうになっていたからソワソワしてたんだ」
「そうやねん。実平隊が先に出陣してしまうと、これを追い越さないと先陣が出来なくなるから、今が絶好のチャンスと思ったんやと思うねん」
「じゃ、二月六日夜は実平も義経も一緒だったことになるやん。実平はどこかで義経と別れて二月六日夜は塩屋で宿営していたの説も多いんやけど」
「実平隊がもし塩屋に宿営していたらどうなると思う」
「どうなるも、こうなるも、直実や季重は実平陣地をすり抜けて・・・」
「無理よ。時刻的に塩屋に実平がいても出陣準備でもう起きてるわ。むしろ塩屋に実平がいないから直実は抜け駆けの先陣をやろうと決断したと考える方が無理がないよ」
「そっか、塩屋に実平隊がいれば抜け駆けの先陣自体が起こらなかったんやね」
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「じゃ、直実はどのコースを取って西の木戸に向かったん」
「それも延慶本のままで良いと思うわ」
「たしか延慶本には、
いざうれ小次郎、西の方より播磨路へ下りて、一の谷にの先せむ
やから、義経陣を抜けてまず西の方に向かい、そこから播磨路を通った事になるね」
「この播磨路は山陽道の播磨の国部分で良いはずよ、延慶本にはこうとも書かれてるわ
山沢の有けるを標にて下りけるほどに、思ひの如くに播磨路の渚にうち出でて
海岸線の道やから塩屋に出た以外に考えられへん」
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「ホンマに凄いわ」
「今日も褒めてくれる」
「もちろん、花丸だよ」
「嬉しい。何回も延慶本読んで、地図とにらめっこしてたら思いついてん」
「なんか盛り上がるなぁ、次回は宿営地の特定やろ」
「まかせとき、山本君ばっかりに今度は負担かけへんよ、私だって戦力だもん」