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「カランカラン」
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「美味しかった。回らないお寿司屋さんなんて久しぶり」
「満足頂けて光栄です」
「ホンマに美味しかった。それと私、日本酒はちょっと苦手やってんけど、獺祭って美味しくて、美味しくて」
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「今日はどちらに行かれましたか」
「・・・のお鮨屋」
「それは良いお店に」
「マスター、私マイタイが飲みたい」
彼女の頼んだマイタイはタヒチ語で最高を意味し、トロピカル・ドリンクの女王とも呼ばれています。レシピはホワイト・ラムにホワイトキュラソー、パイナップルジュース、オレンジジュース、フレッシュレモンジュースを加えてシェークし、クラッシュアイスを入れたグラスに注ぎます。そこにダークラムをフロートさせるのですが、今日の仕上げのフルーツのデコレーションが凄かった。マスターどうしたんだろ。私も甘い系が飲みたかったのでキーウィのフルーツカクテルをチョイスです。
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「思うんやけど、平家物語の描写は義経が行った逆落としを重視しすぎた産物の気がするんや」
「そうかもね、逆落としって聞けば奇襲を連想してしまうし、奇襲となれば少数精鋭にしないとおかしくなるし」
「そうやねん、少数精鋭の奇襲が前提となると義経軍は道なき道を突破した方が読み物として面白くなるんや」
「うん、それがドンドン膨らんで義経がどこを通ったか、一の谷がどこかわからなくなっちゃう」
「義経の三草山からの移動を考えると山道をウロウロする時間なんてないねん」
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「ちょっと思いついた事があるねんけど、鵯越支道は当時もあったん?」
「これについては根拠は見つからへんかった。当時の鵯越道は会下山から福原に向かうのがメインやけど、大輪田の泊に行くのには遠回りやから、当時からあっても不思議ないぐらい」
「でもさあ、騎馬武者が通れる道やったんやろか」
「それは・・・あの辺に住んでたから知ってるんやけど、たぶん鵯越支道の後身みたいな道があって、物凄い急な坂でクルマで走るのも大変やった」
「私はたとえ道があっても騎馬武者が通れるレベルじゃなかった気がするの。清盛が妙法寺参詣のために整備した鹿松峠とは違うんじゃないかって」
「通れなかったらなんか変わる」
「地図作ってみてん、
義経が鵯越道を選ばんかったんは、この道が一の谷に通じてなかったからやと思わへん」
「何が言いたんか、わかってきた気がする。藍那方面に源氏軍がいるんやから、平家は鵯越道からの攻撃に備えて会下山をガッチリ固めてる予想やな」
「そうなの、そこを固められると山道での押し合いになって突破できないと考えたんじゃないかしら。平家も会下山を突破されるとモロ福原やし」
「なるほど」
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「鵯越の逆落としも、少し見方を変えてもイイと思うの」
「平家軍が峠の上にいたとか」
「上にはいなかったのは延慶本でわかるやん。教経や盛俊が鹿松峠の東の麓で待ち構えていたのは間違いないけど、少しだけ峠を登っていたのよ」
「少しだけってどれぐらい」
「高さにして五丈ぐらい」
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「ブラボー。まったく無理がないよ。平家にすれば源氏軍が柵に向かって来るのではなく、崖から飛び降りて行ったのでビックリ仰天するわな」
「そうなの、平家もこれを見て対応するには峠道を下らなきゃいけないけど、その間にドンドン源氏軍は下ってしまうの」
「そっか、平家が峠道を下りるのより、義経隊が崖を下る方が早いもんね」
「それで最後は数で圧倒されて支えきれなくなったと思うの」
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「まだあるの」
「まだ?」
「一の谷ってホントに平家の本営だったのかしら」
「本当は大輪田の泊で、陸上用が一の谷って・・・」
「違うと思うの。長田神社の建物利用の話があったけど、建物だけなら八棟寺だってあるよ。平家の本営はあくまでも大輪田の泊。だから宗盛は合戦が始まると船に乗ったのよ」
「でも延慶本に一の谷は・・・」
「判官贔屓の脚色だと思うの。一の谷合戦の勝因は義経の一の谷攻略だから、ここに重点を移して難攻不落の本営を攻略した話に仕立て上げたんじゃない」
一の谷は平家の戦略拠点ではありましたが、現実的には西の木戸の後衛陣地で長田神社の神官の屋敷や長屋を兵舎にしたものがあった程度であったと見るのは合理的な視点です。平家物語が一の谷の堅固さを強調すればするほど、これを落とした義経の功績がアピールされる訳で、なぜにそんな脚色が施されたかの理由として判官贔屓を当てはめればピッタリと話は収まります。
大輪田の泊道は江戸期の西国街道にほぼ一致すると考えられます。それと当時の生田の森は広大で旧生田川から大倉山まで覆う広大なものでした。玉葉に範頼軍が『浜地より福原に寄すと』としていますが、生田の森の南側の山陽道を通って福原に達したのが良くわかります。それと鵯越道ですが明治期の地図では会下山北麓を回って兵庫津に向かっていたようですが、清盛時代は福原を目指していたの研究もあります。山田荘は福原に御料米を貢納していた話も残されており、当時は福原を目指す道であったと考えています。
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「義経隊が鵯越を逆落とししたのは何時ぐらいと思う」
「はっきり書かれてへんけど、義経は二月七日の矢合わせに間に合わせるように急いでいたのは間違いないから卯の刻じゃないかなぁ。多井畑から鹿松峠の西の麓まで四キロメートルぐらいやし、そこから明泉寺までも三キロメートルぐらいやから」
「卯の刻は五時から七時までの間だけど、七時までには逆落としたと私も思ってるの。じゃ、放火したのは何時やと思う」
「逆落とし直後からの放火活動は無理やろから一時間後ぐらいかなぁ」
「私もそう思うの。そうだったら辰の刻ぐらいにならへん」
「そっか玉葉か!」
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「梶原景時は一の谷から立ち上る煙を辰の刻に見たんや」
「そうなの。この煙は同時に知盛軍も見てるから、ここから平家軍が動揺して崩れ始めたんだと思うの。巳の刻は十時ぐらいになるけど、東の木戸を突破した範頼軍が福原に達した時刻の気がするの」
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「範頼軍が八時ぐらいに東の木戸を突破して十時ぐらいに福原に突入したとして義経軍はどうしてたと思う」
「明泉寺から一の谷を突破して大輪田の泊を目指していたんじゃない」
「違うと思うの。長田神社あたりから大輪田の泊道はたしかにあるけど、この道って地続きの道じゃなかったと思うの」
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「舟をもたない義経軍は泊道から大輪田の泊を襲えなかったはずなのよ」
「地続きで大輪田の泊を目指そうと思ったら福原方面に迂回せんとあかんのか」
「でも義経は福原を攻めてないの」
「そやった。福原は範頼軍が落としてるもんな」
「だから一の谷で義経は何をしていたのと聞いてるの」
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「それと仮に泊道から大輪田の泊を進んでいたら、景清や重衡、敦盛の話が成立しないと思うの」
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「義経は辰の刻に放火してるけど、巳の刻になっても一の谷を突破できなかったんじゃないかしら」
「言いたいことがわかった気がする。義経は逆落としで一の谷の背後への侵入に成功してるけど、一の谷から山陽道に出ることがなかなか出来なかったんだ」
「そうだと思うの。西の木戸の位置も不明やけど、たぶん苅藻川を外堀にして山陽道を塞ぐ形であったはずなの。西の木戸と一の谷は隣接してるようなものやから、ここから援軍が一の谷に向かえば義経はくい止められてしまったんじゃないかなぁ」
「うん。西の木戸に向かった土肥実平隊は三百ぐらいやから、西の木戸の守備には余力があったはずやもんね。一の谷には火をかけられてもまだ撃退できるの判断やったかもしれへん」
「そう考えないとおかしくなるの。義経が軽々と一の谷を突破していたら福原に向かわないのは不自然だもん。平家は一の谷から山陽道への義経の侵入を阻止して、西の木戸も福原が落ちるぐらいまで保持していたと考えるのが妥当と思うわ」
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「でもさぁ、西の木戸を保持していたとしても、山陽道を西に逃げれば土肥実平隊が待ち受けているんじゃない」
「だから山陽道を西に逃げた平家の武将も無事には済まなかったのよ。でもさぁ、西の木戸の西側は東側にくらべたら平地が広がっていたんじゃないかなぁ。そこを戦うためじゃなく、逃げるために押し寄せられたら、たった三百の実平隊じゃ抑えきれなかったんじゃない」
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「私は一の谷の源氏の勝因は義経の一の谷への放火で良いと思うけど、平家の敗因は東の木戸の知盛軍が崩れたことじゃないかと思ってるの。情報伝達の問題みたいな感じ」
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「・・・これが一の谷の真実なの」
「それはわからへん。ただ歴史の解釈は、事実の断片をつなぎ合わせて一番合理的に説明できたものが真相に近いはずやねん」
「じゃ、これが真実かもしれないのよね」
「そうだよ」
「それにしてもホンマによう調べてるねぇ、そんなとこ昔から全然変わってない」
「コトリちゃんこそ凄いよ」
「全然そんなことないの。一緒に班研究したん覚えてる?」
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「あん時さ、班長に指名されててん」
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「どうやって進めて行こうと考えてたら、山本君が意見言うてきてん」
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「私ね、最初の時、山本君が何をしたいのかわからへんかってん。それがやり始めたら、すっごい詳しくて、歴史って教科書に書いてるだけじゃないってようわかってん」
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「それでやってるうちに、ドンドン教科書から離れるし、聞いたこともないような説が出てきてん」
「それはゴメンな。あの頃から歴史好きやったから余計なことしたかもしれへん」
「違うねん、違うねん。すっごく面白かってん。歴史ってこんなに面白い物ってあんとき初めて気がついてん」
「じゃ、ボクがコトリちゃんを歴女にした犯人やな」
「犯人やなんて、すっごい感謝してるんよ」
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「でもさぁ私、部活があったし大会近かったから、班長やのに全部付き合えへんかってん。それやのに山本君、途中から全部仕上げてくれてたやん」
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「それでさ、部活でサボってたのに班長やから発表役したんやけど、先生からは大絶賛やったやん。歴史の授業であんだけ褒められたん初めてやから、すっごい嬉しかってん」
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「私ね、いつか同じぐらいに話せるようになって、もう一回、一緒に班研究やりたかってん」
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「今度はちゃんと出来たやん」
「最後までキチンとやり抜けたよね」
「もちろんやで、最後までキチンと出来たよ」
「ちゃんと戦力になってたよね」
「もちろんや、立派なパートナーやで」
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「良かった、認めてもらいたくて必死で頑張ったもん」
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「でさぁ、今日一緒にご飯食べにいったやん」
「うん」
「でもさぁ、前も誘ってくれたけど、今まで行かへんかったん変やと思とったやろ」
「それは・・・」
「ゴメン、二股になっててん」
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「実はね、最初に会った時は彼と大喧嘩した後やってん。そしたら見つけてん」
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「見た瞬間に山本君ってわかったし、念のためにマスターにも聞いてみたらそうやってん」
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「そんで話してみたら、昔と同じで歴史が好きで嬉しかった」
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「そしたらね、一の谷の話になったから、ひょっとしたら高校の時の班研究のやり直しが出来ると思ったらそうなってん。もう嬉しくて、嬉しくて」
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「それもいきなり本格的なフィールド・ワークやん。ビックリした」
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「やりだしたらガチやん。高校の時も凄いと思ったけど、そんなレベルじゃなくて感動したの」
「難しかった?」
「ううん。私もう楽しくて、楽しくて、次に会うまでに出そうな話題のところを一生懸命予習して、仕事の時もそればっかり考えてたの。そしたらね、彼との会話が全然面白くなくなっちゃったの」
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「彼氏は?」
「別れた」
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「だって全然歴史の話に乗ってくれへんし、不機嫌になるわで、いっつも喧嘩になってまうねんもん」
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「でね、彼と過ごす時間より山本君と話す時間の方が楽しいって思うようになってもてん」
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「だんだん山本君の存在が大きくなって、彼と会うのをやめよう、別れようと思ったの。こんな状態じゃ彼にも、山本君にも悪いし」
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「でもね、彼はなかなか別れてくれへんかってん。私の友達まで巻き込んで食事会やら、飲み会企画するもんやから断りきれなくて」
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「私、やっとわかってん」
「なにが」
「私がしたかったのは歴史の話だって。ずっと相手がいなかったからしまい込んでたけど、これが私の本当にしたかった事だって」
「そうなんだ」
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「前にさ、彼女になってくれへんて言うてくれたやん。あれ、すっごく嬉しかって、すぐにも立候補したかってん。でもあの時は彼氏がいたからよう答えられんかってん。ゴメン」
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「でも完全に別れたし、もう二度と会わへん」
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「お待たせしました」
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「ちょっと待った、これはチェリー・ブロッサムやん」
「はい、彼女の御注文です」
「でもこのカクテルは・・・」
「それも彼女の御注文です」
「ええっ?」
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「マスターに教えてもらったの。いつか素晴らしい彼女が出来たら祝杯にチェリー・ブロッサムを飲むんだって」
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「そんなに素晴らしくなくて悪いけど私と一緒に祝杯をあげてもらえませんか」
「ボクとでホンマにエエの?」
「もう一つ、わかったことがあるの。歴史の話をしたいのは山本君としたかったんだって。班研究の後でもっと話をしたかってん。でも怖くて近寄れへんかってん。みいちゃんの話も聞いちゃってたし。でもここでやっと見つけたの。私とでは祝杯は挙げられないかなぁ」
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「君の瞳に乾杯」
「そんなキザなセリフも言えるんや。どうかよろしくお願いします」