石井のメジャー移籍

プロ野球選手のメジャー指向は年を追うごとに強くなっています。この影響による是非は別問題として、選手と球団のメジャー移籍に絡む攻防戦は熾烈なものになっています。FA資格を取得した選手は確立した制度として正々堂々メジャー挑戦できますが、そうでない選手の移籍のためには、ポスティングシステムを球団が認めてくれないことにはどうしようもありません。

しかし球団にとってもメジャーに挑戦しようなんていう選手は主力中の主力選手で、「ハイ、そうですか」とポイポイ手放せるわけはありません。一方で選手にしてみても堂々と移籍できるFA資格取得のためには順調にいって9年もかかります。西武の松坂のような高卒選手で27歳、巨人の上原のような大卒選手なら31歳になってしまいます。高卒選手ならギリギリ、大卒選手ならプロ野球選手としてはロートル、ベテランの部類に入ってしまいメジャーに行っても活躍できる期間が非常に短くなってしまいます。

去年も上原、阪神の井川が相当ゴネましたが、球団としては経営上拒否したのは当然だったと言えるでしょう。選手の夢を潰す事には批判の声もあるかもしれませんが、球団だってメジャー選手育成のために経営しているわけではありませんから、経営サイドからすれば至極当然のことです。阪神、巨人、松坂を抱える西武が正面切って「No」の返事を押し通したのはある意味正論です。

しかし球団サイドにしてもニベもない「No」の返事だけでは選手のモチベーションが下がってしまう可能性があります。なんと言っても高いお金をかけている主力選手ですから、ある程度のニンジンをぶら下げてご機嫌よく働いてもらう必要があります。メジャー移籍が夢の時代はこれがすべて金銭でありましたが、現実可能なものになり、選手がメジャー熱に浮かされた状態になってしまうと金銭だけではモチベーションをかき立てられなくなります。

そのためポスティングシステムの認定のために契約交渉で裏取引で密約を交わすなんて事をしているみたいです。カクカクシカジカの成績を挙げてくれれば、メジャーへの道を開いてあげようとの約束です。球団としてもメジャーニンジンで選手が頑張ってくれて、チームに大いに貢献してくれたら、チームの成績は上がるし、観客は増えるし収入は増える。そこまでメジャー熱に浮かされている選手はFAを取ったら一直線にメジャーに行くに決まっているし、FAで移籍されたら一銭の得にもならない。FA寸前の1〜2年前にポスティングで売り払った方が儲かると言う算盤勘定でしょう。

ヤクルトの石井弘寿もどうやら去年にそんな密約を交わしたようです。石井もそのニンジンを楽しみに1年立派に成績を残しました。ところがヤクルト球団はあっさりその約束を反故にしたのでした。理由が噴飯もので「ノーだ。(新体制で)事情が変わった。できなかったということ」だそうです。今時子供相手でもこんな勝手な事をする親は少ないと思います。確かにヤクルトは監督が交代しました。しかしヤクルトはヤクルトであって、球団が売却されたとか、合併消滅したわけではありません。新体制といってもたかが監督が変わっただけです。

プロ野球において監督交代はJリーグほどでもないにしても日常茶飯事です。ヤクルト球団の言い分なら、成績不振でシーズン途中で監督が更迭されても密約は消滅しますし、星野監督のように優勝を花道に引退しても約束は反故に出来ます。広く悪用すればオーナーが変わったとか、球団社長が変わったのも「新体制」になったと強弁できます。

つまり最初から守るつもりのない約束をしたことになります。石井の弁護士も法的にはどうこうできないと言っていますが、社会人としての信義の問題であると言っていますし、私もそう思います。プロ野球は契約社会ですから石井が正式の契約書を交わしていなかったから悪いという言い方も出来ますが、これを前例とすれば今後ヤクルト所属選手は契約書に正式に書かれていること以外の約束は一切信じなくなります。どえらい前例を作ったものだと驚いています。