ちょっと疲れ気味

情報社会はネットの普及によってますます加速されています。ありとあらゆる情報が瞬時に大量に入手できます。医療でもそうで新たな学説、副作用情報、新治療法の発表などです。

小児科でもお母様方が非常に熱心に情報を収集されている人が少なからずおられます。時に私が見たことも聞いたことも無いような病名や薬の事を質問する方もおられます。そのたびに対応にアタフタする事になりますが、感心すると同時に自らの勉強不足に赤面する思いです。

勉強不足の点は素直に反省するとして、医療方針には「正しい答え」があると誤解されている人がいます。誤解という言葉には語弊がありますが「答えは一つではない」という点です。これもまた正しい表現とは言いにくいのですが、到達する目標は同じでも医者によりアプローチが異なる事があるということです。

医者の唱える説と言うのは医学常識の範囲では何を唱えても基本的にOKです。自らの経験と知識に基づき「○○治療法が優れている」主張するのは自由なんです。主張される説だけを読むと実に理路整然、他の治療がいかにくだらないか、○○治療以外に治療法がないと納得させる説得力があります。ところがこれに対する反論説もあります。これもまたそれだけ読むと○○治療なんて根拠のない怪しい治療としか考えられなくなります。

右から左まであるそういう治療法の中で医者は自らの判断で患者に治療を施します。右から左まであるといっても、その中でも多数派、王道と認識されている治療方針があり、少なくとも私は中道でありたいと考え、そうしているつもりです。突飛と感じる新治療法が出現したら、少なくともその治療法での安定した結果が定着するまでは、無闇に手を出さないのをモットーとしています。

幾多の治療法が生み出される背景は「たった一つの正しい治療」があって、それさえすれば全員がマニュアル通りに治る事は無いというのが大前提だからです。またマスコミネタになるような治療方針の中には、机上の空案としか思えないような事を、真理のように書き立てているものが少なくないからです。

毎年のように話題となるインフルエンザ治療薬のタミフルもまたそうです。今年出た副作用の話はまだ触れるには早いので置いておくとして、発売当初から繰り返し唱えられている「軽症のものには投与は不要論」があります。この説の論者の主張ポイントは「乱用によりタミフルが効かないインフルエンザが生み出される」、「ほとんどのインフルエンザは何もせずに治るから治療は不要」です。

誠に正しい主張ですし、主張ポイントに誤りはありません。ところが最大の問題は実際に診察している患者さんが重症か軽症かを判定する基準が何もないことです。ありふれた例ですが、兄弟の一人がインフルエンザになった、翌日か翌々日にもう一人が微熱が出てきて検査をしたらインフルエンザであったなんてのがあります。その時点での見た目の症状は軽症です。しかしそのまま軽症で終わるのか、重症化するのかの判別はまさに神のみぞ知る世界です。ましてやヤブの私ではまったくわかりません。

一方でタミフルの有効期間は発熱後早ければ早いほど有効である事もまた有名です。12時間以内の投与が理想的であり、48時間を越えると効果は乏しいとなっています。少なくとも3〜4日高熱が続いて「これは重症だな」と判定してから服用したのでは意味が無いのです。診断確定と重症と判断するまでに許された時間は非常に短いと言う事になります。ましてや翌日が休日なんて事になるともっと困ります。休日でなくとも困ります。

インフルエンザの確定診断がついている子供が目の前にいるのに、お母さんに向かって「まだ重症か軽症か判断がつきませんのでタミフルは投与できません」なんてことを説得するのは困難を極めます。そういうエエ加減なことを言う医者なんて誰も信用してくれません。さらに結果的に投与せずに気管支炎などの合併症のために入院治療にでもなったりすれば、それは大変な事です。

軽症不要論は後から検証すれば正しいでしょうが、そのためには診察時にこの先重症化するか軽症で終わるのかの明確な診断基準が必要です。さらにその診断基準を患者さんが常識として受け入れて頂き、たとえ例外例が発生しても「やむをえない」との社会的合意がないと治療薬の投与を控えるのは机上の空案としか思えません。そこまで思い悩んで治療していても「開業医は猫も杓子もタミフルを乱用するから困る。軽症症例は良く見極めて」と御高説を垂れられても「じゃ、どうせい」と嘆きたくなります。

まあタミフルに限らず御高説と実際の現場ではかなりの温度差があることはいくらでもあります。ボヤいても仕方がないので目の前の仕事をこなしていきましょう。今日も頑張るぞ。