感染症学会の緊急提言

当地でもFluA(+)患者が増加中です。底の見えそうな検査キット数をにらみながら、診療を行っています。ちょっと前に偽陰性リスクの話をしましたが、それに関連する話題が日本感染症学会から緊急提言「一般医療機関における新型インフルエンザへの対応について」(第2版)として出てきました。感染症学会の提言ですから、これは軽視できません。

感染症学会では新型インフルエンザを

新型インフルエンザS-OIVは「弱毒」ではありません

こうしています。その上で、

近い過去に人類が経験した(当時の)新型インフルエンザであるいわゆるアジアかぜや香港かぜの出現当時と同じようなレベルの重症度であると考えなければなりません。

細かい説明は煩雑なので省略しますが、季節性のインフルエンザと同様に見なすのは危険としています。危険であるのに日本では死亡率が低めである理由として、

ほぼ全例で直ちに抗インフルエンザ薬による効果的な治療が行われています7,8)。南米においても致死率の低いチリ5)ではわが国に近い対応が取られ、致死率が高いアルゼンチンやブラジル5)ではそのような対応が殆ど取られていなかったとも言われています。

日本では早期にインフルエンザ治療薬の投与が行なわれているので死亡率が低いと結論しています。そういう結論が導き出されれば診療方針として、

他の感染症と同様に今回のS-OIVでも早期受診、早期診断、早期治療開始が重要であり、「軽症」であると見做して受診が遅れるようなことのないようにしなければなりませんし、受診制限などは行うべきではありません。全ての医療機関新型インフルエンザに効果的に対応することが必要です。

    早期受診、早期診断、早期治療開始が重要
正しいことなのですが、問題は「早期診断」です。とくに小児ではインフルエンザと突発性発疹の鑑別診断すら困難な時があります。機嫌の悪い突発性発疹も珍しくないですからです。そこで検査キットという事になるのですが、検査キットの信頼度として、

感度と特異度はまだ万全とは言えず、発症初期や後期では偽陰性になりがちであることを銘記しておく必要があります。特に、今回のS-OIVでは感度が良好とは言えず、各地からの報告では50〜60%の陽性率にとどまるようであり、CDCも検体中のウイルス量が少ないときは40〜70%の陽性率にとどまると報告しています

たしかにそうなんですが、さらに続きます。

キットがあってもなくても臨床現場では新型をその場で確定診断することは現在、不可能なのです。

だから日々の診療で苦慮しています。当然どうすればの方針が聞きたくなります。

今回のS-OIVによる海外の重症化例や死亡例の多くに基礎疾患のない若年者が多く含まれていますが、妊婦の例を含めて受診の遅れがあることに加え、肺炎合併の時点まではいずれも抗インフルエンザ薬の投与を受けておらず、これが重症化の最大要因と考えられます。一方、わが国の被害が少ないのは、神戸からの報告7,8)にも見られるように患者の早期受診と早期治療開始によるものと考えられ、今後の蔓延期においても可能な限り全例に対する発病早期からの抗インフルエンザ薬による治療開始が最も重要であると言えます。

    可能な限り全例に対する発病早期からの抗インフルエンザ薬による治療開始が最も重要
検査キットの信頼性が低く、診察による鑑別診断は不可能で、なおかつ早期治療が重要となれば、それこそ熱があればすべてインフルエンザ治療薬を即座に投与する必要が生じます。そういう方針を裏付ける様に、

基礎疾患のない若年健常成人でも重症化して死亡する例が報告されている今回のS-OIVでは、S-OIV感染が少しでも疑われたら可能な限り早期から抗インフルエンザ薬を投与すべきです。

感染症学会は、

    S-OIV感染が少しでも疑われたら可能な限り早期から抗インフルエンザ薬を投与
う〜んと言うところです。さらにになりますが、

今回のS-OIVで被害の多いメキシコやニューヨーク市では今のところ、重症のウイルス性肺炎による死亡例が多いようです。前回の提言で文献を引用しながら「新型インフルエンザが蔓延すると細菌性肺炎が多発する」としたこととは異なる現象です。これについては、スペインかぜ当時の医療事情や今日の地域的な医療事情の格差が原因していると考えられます。これらの地域では、抗インフルエンザ薬の投与は殆ど行われていないものの、保険医療で一般的に使用可能な抗菌薬の投与がなされていたようです。これは2003年のSARSに対する各国の対応でも見られたことでした。そのため、細菌性肺炎への進展は阻止されるものの、重症ウイルス性肺炎の状態で死亡に至る例が相対的に多いものと思われます。しかしこうした現象がみられる以上、抗インフルエンザ薬の早期からの投与はやはり重要です。一方、抗菌薬と共に抗インフルエンザ薬の投与される確率が極めて高いわが国では、若年者ではウイルス性肺炎の重症化も細菌性肺炎の重症化もいずれも発現が少ないと思われます。

    抗菌薬と共に抗インフルエンザ薬の投与される確率が極めて高いわが国では、若年者ではウイルス性肺炎の重症化も細菌性肺炎の重症化もいずれも発現が少ないと思われます
インフルエンザに合併しやすいとされる細菌性肺炎が少ないのは、抗菌剤の投与のためと結論付けています。さすがにインフルエンザ治療薬と抗菌剤をセットで治療せよとまでは明記していませんが、言外にセット投与を勧めている様にも読めてしまいそうな印象さえ抱きます。


さてこの緊急提言を受けての対応になりますが、具体的にどうしようかになります。緊急提言を非常に素直に解釈すれば

    ちょっとでも怪しければ、即座にインフルエンザ治療薬と抗菌剤のセット治療を行なえ
こうとも受け取れ、診断についてはover diagnosisであって構わないと言う事です。考えようによっては非常に現実的な治療法なのですが、感染症学会の提言とは言え、そのまま小児にあてはめて良いのかの判断に迷います。なんと言っても月に3回も4回も発熱で受診する患者さんも少なからずおられますから、そのたびにインフルエンザ治療薬はさすがにどうかと感じてしまいます。

一冬で10回以上も発熱で受診する患者も少なくありませんし、さらに春でも夏でも油断できないとなれば、年がら年中、インフルエンザ治療薬が必要になるかもしれません。なんと言っても「少しでも疑われたら可能な限り早期」となっているからです。さらに地を這うようなお話ですが、診療報酬の査定の問題も絡んできます。皆様の御意見を伺いたいところです。