小さな疑問

このブログは医師のブログです。管理人の私を医師と信じるかどうかで変わるかもしれませんが、間違い無く医師のブログです。エントリーも600を越えているのですが、ふと気がつくと臨床の事を殆んど書いていないことに気がつきました。医療問題の事はテンコモリ書いているのですが、臨床のことは殆んどと言うか全くに近く無いのです。と言う事でたまには「臨床」のお話を。

最近外来治療をやりながら常に悩んでいる疑問があります。常々批判の強い「抗生剤投与」です。熱があるから抗生剤投与みたいな治療はよろしくないの主張です。誠に正論で、主張されている事にどこも間違いないのですが、現実問題として非常に悩む事がしばしばあります。投与すべきか控えるべきかの最終判断です。

抗生剤投与控えよ派のもっともな主張は

    市中感冒の9割以上はウイルス感染で抗生剤は無用でありかえって有害
本当にその通りなのですが、目の前にいる患者の病原菌が多数派のウイルス性か少数派の細菌感染症かを区別する術が無い事です。感覚的にウイルス性臭いとか、細菌性が有力とかを感じることはありますが、どれだけアテになっているか心細いのは言うまでもありません。

インフルエンザ検査が導入された時、それまで感覚で「これはインフルエンザ」とか「これはインフルエンザでない」としていた区別がかなり異なる事を経験しています。症状的にインフルエンザをかなり濃厚に疑って何回検査しても陰性の患者も居ますし、逆にこんな軽症でインフルエンザはあるまいと考えていた患者が陽性になることも少なくありません。それぐらいインフルエンザ一つでも診断が容易ではないと痛感しています。

ましてやその他の感冒となると証拠も無いのでカンの世界となります。抗生剤投与控えよ派の主張では、

    とりあえず抗生剤投与を控え、数日して症状が軽快しなければ投与を考慮せよ
これも文句のつけようの無い正論なんですが、目の前の39度の熱を出している患者に、そこまで冷たく言い切れないのが私のヤブたるところです。そう言えば解熱剤不要論もあり、発熱以外に咳嗽、鼻汁等の随伴症状が無ければ「何もしない」事が正解になります。理屈は重々理解できるのですが、子供が苦しんでいるので受診した親のすがるような目を見れば、そんなに冷たく対応しにくいですし、そのうえ私は町医者です。

こう書くと異論反論が噴出しそうなのですが、抗生剤投与控えよ派の根拠は確率論になります。市中感冒で積極的な治療が可能なのは細菌性感染の方です。ウイルス性はインフルエンザと水痘、ロタぐらいを除けばさして有効な治療はありません。多数派が積極的な治療法が無いウイルス性だから、可能性が低い細菌性感染は二次的に考えよの主張のように私は思えてしまいます。

マクロで考えれば正論なんですが、ミクロで見ると地雷がテンコモリの様な気がします。近隣で救急を引き受けて頂いている医療機関の治療方針がどうやらそちらに大きく傾いているようです。だから受診してもほとんど抗生剤は投与されません。もちろん9割以上はウイルス性ですから問題ありませんし、細菌性でも抗生剤投与無しでも治癒するものは多いですから問題はより少なくなります。それでもパーセントで数えれる確率で重症化するものはいます。

パーセントで数えられる重症化するもののうち、遅れて抗生剤投与で間に合うものは少なくなく、治療日数は延びますが、入院とかましてや生死に関わる事の確率はもっと低くはなります。それでもそうなる患者は少なからぬ確率で残ります。1%弱程度であっても臨床的には大きな確率です。大きなというのは家族からの治療経過への不満の爆発です。

家族にしてみれば早期に受診したにも関わらず解熱剤(時にこれもなし)一つで追い返され、数日後に症状が悪化してから抗生剤を投与したが改善せず、結局入院騒ぎになれば不満が出るのは心情として理解できます。「最初に何もしてくれなかった」の不満です。不満の程度も主治医へのイヤミ程度であればまだしも、今時のことですから暴力行為も危険性がありますし、民事訴訟だって前例が無いわけではありません。

つい先日、小耳に挟んだ話ですが、ある内科小児科の医師が「これぐらいの熱と症状で抗生剤は不要」と親の希望をはねつけての治療を行なったそうです。その時点でのその医師の判断は大きな間違いとは思えません。ところが不運な事に数日後に細菌性の髄膜炎を発症し、どうも軽度ですが後遺症が残ったようです。その後がどうなったかは想像がつくと思いますが、訴訟にこそならなかったものの大変な事となっています。訴訟になってもまず勝てないですからね。

医学的には初診の時点で抗生剤を投与していても髄膜炎にならなかった保証はありませんが、民事紛争的には抗生剤を投与していたら、その医師はまず責任を問われなかったと考えます。初診時には患者が髄膜炎になるとは予見できるはずがありませんし、細菌性感染に対する治療として内服抗生剤を投与していれば、それ以上の治療を現在の医学水準では要求されないかと考えます。

こういう事態への対処法としては、採血検査を熱発患者に対して根こそぎ行ない、せめてWBCCRPを確認して抗生剤投与の是非を決定するという手があります。WBCCRPだけでは完全には区別しきれませんが、診察だけで区別するより精度は高まりますし、後日検査結果に基づく判断であるとの主張が可能になります。

ただしこの方法は成人が対象ならともかく、小児で行なえば外来は修羅場になります。最近この事について結構悩んでいるのですが、なにかうまい解決法というか対処法はありますか。抗生剤投与は控えよの主張自体は理解できるのですが、どうやって地雷を踏まずにそれを実践できるかです。よければご意見ください。