丹波事情

伊関氏がどういう方かは説明は不要かと思います。ご存じない方は伊関友伸のブログをお読みください。その伊関氏が関西で初めての講演が柏原で6/16に行なわれました。この講演には、ある関係者より「聞きに来ないか」の熱心なお誘いがあり、本当に珍しく「行ってみようか」と思っていました。

結構真剣だったのですが、当日は都合によりクルマが使えずで、バイクとなると1時間30分はかかります。そのうえ当日は土曜。当然と言えば当然の事ながら午前診があり、なおかつ講演会は1時30分からです。だいたいそうなるのですが、そういう日に限って駆け込みバタバタで、診察終了は12時30分を大きく回り、ついに重い腰は動かずで出席できませんでした。誘ってくれた関係者の皆様、本当にゴメンナサイ。

講演は盛況だったようで、700人もの出席者があり、ホールは満員だったそうです。考えようによっては地味なテーマの講演会ですので、この盛況は驚異的とも言えます。これだけの関心を集めたのは御多聞に漏れず丹波にも医療危機の影が深刻だからです。のぢぎく県の医療崩壊は妙に有名になってしまい、デッドラインを超えているとまで言われる但馬、聖地として名を馳せる北播が全国的にも有名ですが、丹波も確実に後を追いつつあると言えばよいでしょうか。

聖地北播より丹波の方が条件的に若干でも恵まれているのは、平成の大合併で、二つの市に統合されている事です。北の丹波市、南の篠山市です。北播平成の大合併後もモザイク状態が続いているのに較べ、市町村エゴが少しでも小さい事です。とは言え合併したてで融合がどれだけ進むかは問題ですが、良い方に進む徴候はあるようです。

丹波市で直面する課題はとりあえずここも小児科問題です。言うほど詳しくはないのですが、丹波市の小児科医療を支えてきた二大拠点である、柏原日赤と県立柏原ですが、柏原日赤には小児科医が不在となり、県立柏原は常勤医が二人に減った上で、一人が院長となり半身不随状態と化しています。そのため県立柏原も4月から予約制になっており、平日昼間の診察であっても紹介状必要と目に見えての危機状態が出現しています。

そうなると出てくる運動は、しばしば医師から揶揄嘲笑を受ける署名運動となります。丹波市でも行われ、人口7万人で5万5000人も集めています。この数というか比率は驚異的です。田舎だから隣組で強制的に集めたと言われるかもしれませんが、それでも物凄い比率かと考えます。それでもここまではどこにでもある「クレクレ運動」と変わりませんが、この署名運動の趣旨に「医師を守ろう」の精神が込められているのが画期的です。

医師を署名の力で「確保」し、来たら来たらで使い潰してしまう事が多い他地域と一味違い、医師が「招聘」できれば地域の財産として守り育てようの姿勢がはっきり打ち出されている事です。この姿勢について伊関氏は、

    受診する側が「お医者さんを守ろう」とメッセージを出している運動は全国的に例がなく「画期的」と評価する。
私も素直にそう思います。医師ネット世論でも「心の僻地」と揶揄されるところが多い中で、実効はまだまだ未知数の部分があるとは言え、そういう姿勢で医師招聘運動を行うのは「画期的」と思います。運動の中心になった人物が、最近の医師の心について相当な知識、理解が無いとできる芸当ではありません。

一味も二味も違った署名運動ですが、署名を集めた後は陳情となります。陳情の結果は「No」です。個人的にはのぢぎく県の事情から「無い袖は振れない」から仕方が無いとは思うのですが、前向きの医師招聘運動ですから断り方に一工夫は必要のはずです。6/18付の丹波未来新聞に県の拒否理由があげられています。

  • 専攻医 (後期研修医)を1年間派遣できないかと考えており、専攻医確保に務めているが、仮に派遣ができても来年4月以降
  • 県養成医(兵庫県が学費などを負担し養成した自治医大と兵庫医大出身医師)を、へき地でない柏原病院に派遣することは制度上難しく、仮にできたとしても来年4月以降
県としては持てる戦力を炎上中の但馬に注いでおり、他地域に回す余裕は無いとの回答と解釈すれば良いかと思います。その上で現状の対策を強調したとされます。
  • 県立病院間の連携(週2回のこども病院からの応援と週1回ののじぎく医療センターからの発達外来の応援)
  • 県医師会のドクターバンクから7、8月に週1回応援
この対策は私の記憶が正しければ画期的と県が自画自賛していたものです。お役所的な対応としてはこんなものかと思うのですが、陳情中の会談で担当者がボロを出したようです。

丹波市の医療事情は上述しましたが、隣接する市町村の事情もまた厳しいのです。南の篠山市の兵庫医大篠山病院は既に半身不随以下、県が基幹病院にすると指定までしている西脇病院も7月から常勤医が一人になります。篠山のさらに南部の三田市民病院も常勤医が一人と周辺及び交通圏の病院は軒並みダウン状態です。

担当者は県健康生活部健康局長兼病院局参事(医療担当)という立派な肩書きをもたれており、肩書きからして県内の医療事情については精通しているだろうと考えるのが妥当です。たとえそれほど精通していなくとも陳情の担当になるのですから、事前に知識を仕入れておくぐらいはしそうなものです。

ところが上記のお役所答弁を行ないながら、県立柏原の診療制限も、西脇病院の常勤医が一人になることも全くご存知で無かったようです。医師招聘のために5万5000人の署名を携えて、眦を決して乗り込んだ陳情団が唖然としたのはよく理解できます。その挙句

と発言されれば落胆するのは理解できます。変な事を発言したわけではありませんが、そうなっているから「なんとかしろ」の陳情に行っているのですから、陳情サイドにとっては意見の噛みあわなさに大きな失望を感じたと考えます。

ちなみにここで伊関氏は激怒しています。昨日は大変だったようですが、気持ちはわかります。でも一歩引いて陳情団と県の主張を考えてみると、陳情団は「小児科医招聘に協力を」ですし、県は「無い袖は振れない」です。とくに県の無い袖は振れないは物理的に絶対のものであり、土下座されてもどうしようもないのが実情かと考えます。これが基本的な関係かと思います。そうなると県の対応はどうしたらまだマシだったのかになります。陳情団が望む「小児科医を派遣します」の回答を与えられない以上、派遣できない事情を懇切に説明し、なおかつその問題の解決に積極的な姿勢を示す事が行政の在り方かと思います。

陳情団が望んだ交渉相手は知事だったそうです。できれば知事が対応すべきであったでしょう。知事が無理ならせめて副知事クラスの人間が出席した上で、例の県健康生活部健康局長兼病院局参事(医療担当)氏も同席するスタイルが理想的かと考えます。陳情団は知事ないし副知事クラスに事情を説明し署名を渡します。県の事情は県健康生活部健康局長兼病院局参事(医療担当)が説明するところまでは同じですが、かみ合わない議論に紛糾しかけた時に、知事クラスが中に入る形態が良いんじゃないでしょうか。

締めは

    「県として情報収集が遅れ、実情を十分に把握できていない事があったことを遺憾に思います。早急に実情の再調査を行い、県として出来うる対策を早急に検討するように関係部署に命じます。ただし県内の医師事情も逼迫しており、皆様の願いをそのまま実現するのは困難な情勢ではありますが、子供の健康に直結する事でもあり、積極的に取り組んでいきます。」
実質は何も変わらないと言えばそれまでですが、対応が変わると受け取る方の心情も変わります。県がもし本当にやる気ならこの事案を携えて中央に問題提議もありでしょう。中央に言っても埒が明かないのは現情勢から予期は出来ますが、そこまで県は動いていると言う姿勢を見せる事が重要かと思います。

相当よくできた陳情に対する対応の杜撰さを惜しみます。