ツーリング日和19(第12話)デートなんだろうか

 チサさんから誘われたのは夕食を食べに行こうだったんだ。これ自体は不自然とは言い切れない。高校の同級生が偶然に再会して、そこから気が合ってマスツーを重ねてるから、次は夕食を一緒にする流れ自体は良くあるパターンのはず。

 でもさぁ、でもさぁ、昼間のツーリングから夜の会食になれば関係はまた深まってしまうじゃないか。そりゃ、お互いバツイチの独身だから二人で夜の会食をしても何の問題もないはずだけど、逆に男と女の関係で考えれば一段進めてしまうことになってしまう。

 ここで油断ならないのがチサさんの態度なんだ。チサさんの基本的なキャラは高校の時と同じで良いはず。ボクと違って社交家で、誰にでも気軽に声をかけるし、親しそうな笑顔だって振りまいてくれる。だからあれだけの人気があったもの。

 でもだよ、それをチサさんからの好意と勘違いして告白して撃沈した連中が少なからずいた話ぐらいは知ってるんだ。チサさんが向ける笑顔は好きな人とその他大勢では違うはずなんだよ。

 それがどう違うかはさすがに知らないな。ボクの知ってる範囲で高校時代にチサさんに彼氏がいたって話を知らないもの。いたかも知れないけど、その相手を知らないから、その時にチサさんがどんな笑顔であったとか、どんな表情であったかなんて知りようも無いんだもの。

 ツーリングの時の会話だって際どいものはあるのはある。たとえばホイホイと出てくる唐櫃のホテルで頑張るだ。あれって素直に取ればベッドに誘っているようなものだけど、あれを額面通りに受け取ると大火傷するはず。

 だってそうだろ。真昼間のシラフの会話だぞ。あんなに気軽に出せるセリフのはずがあるわけないだろうが。あれはあくまでも冗談というか、からかいながら親しみを増そうとする薬味程度のものに過ぎないはずだ。

 名前呼びだってそうのはず。チサさんの高校時代の友だち連中がそう呼んでたのは知ってるけど、ここにもう一つのポイントがある。チサさんだって高二の時のボクを知ってるってこと。

 あの頃のボクは陰キャだった。それもオタク陰キャでさえなくガリ勉陰キャだ。良いように言えばコチコチの真面目人間に見えたはず。それぐらいの自覚はある。だからチサさんに憧れながらも遠くから指を咥えて見てただけだし、間違っても名前呼びをする友だちになんてなれなかった。

 そんなボクの高校時代のイメージを踏まえてからかっているだけのはずなんだ。チサさんにとって友だちから名前呼びをされるのは普通のことで、呼ばれたからって特別の感情に直結するものじゃないはずだ。

 だから夜の会食に誘われたからと言って、そこに特別の意味を考えてはいけないはず。あくまでも懐かしい同級生と話をしたいだけで、ボクがそこから強引にベッドに誘うとかは頭の隅にも置いてないはず。それぐらい信用が出来ると判断したから誘ったと見るべきだろう。


 とは言うものの、外から見ればやはりデートになるよな。そういう部分の雰囲気の期待はチサさんもあると考えておいた方が良いとは思う。だから何が起こるって話じゃなく、大人のちょっとオシャレな会食ぐらいは期待してるぐらいのものだよ。

 そうなると店選びが難しくなるな。とくに好き嫌いはないとしてたのは助かるけど、焼鳥とか焼肉は良くないよな。焼肉ならまだアリかもしれないけど、男と女が焼肉に行くのは関係がそこまで深まってるからなんて話をどこかで読んだことがあるもの。

 その路線で言えば串カツもパスで良いだろう。串カツも高級路線の店を知ってるけど、串カツでデートも焼肉でデートに感覚と近い気がする。とはいえレストランも合わない気がする。いきなり向かい合ってのフルコースディナーはやりすぎだろ。さんざん悩んだのだけど、

「お待たせ」

 待ち合わせは三ノ宮にした。551の前でも良かったのだけど、阪急の東口から出てエスカレーターを下りたあたりにしてもらった。さて行こうか、

「EKIZOじゃなかったんだ」

 そっちを期待していたのか。ミスったかな。そっちも考えはしたのだけど、もう予約してしまってるからどうしようもない。三ノ宮駅から北野坂を上がって山手幹線を渡り、

「ここってハンター坂だよね」

 その通り、そしてこの店だ。

「ここってハナタニじゃないの。一度行ってみたかったんだ」

 心の中でガッツポーズだ。ここはイタリアンだしリストランテではあるけどちょっと変わった作りになってるんだ。店の中央部分がオープンキッチン風になっていて、向かって右側がテーブル席、左側がカウンター席になってる。

 テーブル席ならリストランテでフルコースを食べるになるだろうけど、カウンター席ならトラットリアというよりオステリア感覚で気軽に楽しめるぐらいのはず。予約したのはカウンター席だよ。

 この店の面白いところはペアリングしてくれること。そういうオプションコースがあって、料理に合わせたワインを選んで出してくれる。そうそう料理はカウンターだけどコースにしてもらってる。まずはスパークリングで、

「カンパ~イ」

 今日のチサさんは一段と素敵だな。

「そうでしょ、そうでしょ、いつもツーリングだからこんな格好も出来るって見て欲しかったんだ。頑張ったんだから褒めて、褒めて」

 褒め言葉がでないぐらい素敵だよ。こんな素敵な彼女と本当にデートだったら見せびらかしてやりたいもの。この世の素敵をすべて集めた結晶が隣に座ってるとしか思えないもの。

「結晶はやだな。チサは塊じゃなく人だからね」

 ここはイタリアンだけどシチリア料理ってなってるけど違いはわかる?

「わかんないよ。それを言われたらフレンチとイタリアンがどれだけ違うか具体的に説明しろと言われても怪しくなる」

 ボクもそう。フレンチよりイタリアンの方が軽いって言うけど、軽いフレンチもあるし、重いイタリアンだってあるはず。

「でもワインはイタリアンだね。これってなんと読むのかな」

 イタリア語はわかんないけど、マルコ・デ・バルトリってぐらいに読むのかな。

「筆記体のところは?」

 こっちはベッチオかな。そこにソムリエさんが来てくれて、

「ヴェッキオ・サンペーリでございます」

 シチリアのワインで十五年物と聞いて驚いた。

「初めて見るけど料理に合っていて美味しいよ。やっぱりワインも出来たところの料理に合うとか」

 そうかもしれないけど、ここの料理だって食材は日本産だろう。

「あっ、そうだよね」

 ワインの酔いが段々に回ってくるのだけど、もうこれデートだろ。まさかこの歳になってここまで心が浮き立つデートなんて出来るなんて思わなかった。もちろんデートと言っても様々な段階がある。

 一番重いのはプロポーズを決行するデートだろうけど、単に好意を深めるとか、相手をもっと良く知ろうとかもあるはずだ。それでも今夜は気の合う友人と食事を楽しんでるレベルじゃないはずだ。

「コウキがこんな良い店を知ってるなんて意外だったな。さすがはバツイチだ。だいぶ誘って回ってるとか」

 そんなものあるものか。こんなデートは元嫁としたのが最後で離婚してからでも初めてに決まってる。それを言うならそっちだって、

「チサも久しぶりだよ。こんなに楽しいディナーは初めてじゃないかな」

 聞くと別れた旦那は、

「ファミレスとかせいぜい居酒屋だったのよね。プロポーズだって焼鳥食べながらだったもの」

 それはさすがに愛想がなさすぎる。居酒屋デートが悪いとは言わないけど、プロポーズの時ぐらいは男なら見栄を張るものだ。

「でしょでしょ。ロマンチックもなにもありゃしない」

 お見合いだったからかもしれないけど、お見合いをしてお付き合いをOKした時点で告白済みになって、

「お見合いだったらすべそうとまで言わないけど・・・」

 次は結婚までOKかどうかの結論を迫られる感じか。言われてみればそうなのかもしれない。お見合いじゃなかったら、まずは相手の好意を確かめる段階があって、そこから告白までの大きなステップがあり、

「そうそう、次は合体して同棲に進むじゃない」

 合体ってロボットじゃないんだから。同棲まで進めば結婚を濃厚に意識はするだろうけど、

「それでもなんていくらでもあるよ。一緒に暮らして嫌になるのもありなのが同棲じゃない。そこからプロポーズの人生の重要イベントに臨むのよ」

 それが見合いなら、最初から結婚するか否かの結論を求められる出会いになるから、

「焼鳥プロポーズでもOKになっちゃった」