ツーリング日和16(第22話)高麗

 そう言えば元軍の士気が低かったから勝ったとするのもあったけど。

「鎌倉武士より低かったかもしれんけど」
「元軍の置かれた状況は特殊なのよね」

 どういうこと?

「半島から対馬、壱岐と経由して北九州に来てるじゃない。感覚としてすっごい遠いところにいると感じるはずよ」
「それも海路やんか」

 兵士の心理は微妙だそうだけど、兵士だって生きて帰りたいと思うのが一番なんだって。この気持ちが強すぎると戦いにならないけど、

「単純には元軍の兵士に退路はあらへん感覚やった思うねん」

 陸路があれば脱走して歩いて帰れるけど、海路となると船が必要。それも半端ない距離だから、乗って来た船じゃないと帰れるものじゃないものね。

「それとやけど、負けたら皆殺しもあったはずや」
「元軍もやってるもの。あれは戦とはそういうものだと考えてるからやれた虐殺だし、負ければ自分たちがそうなるぐらいは知ってるはずよ」

 なるほど。華北の兵も、高麗の兵も使われる立場だから士気は低いかもしれないけど、日本に遠征と言うシチュエーションが士気を高めてるぐらいになるのか。

「勝たんと殺されるからな」
「あれ、どう思う」
「あったかもしれんぐらいやな」

 元軍の主力になったのは高麗兵になるけど、記録では高麗王は日本遠征に積極的だっとか、

「記録はそうしとかんと高麗王のクビが飛ぶやんか」

 御意。それでも本気で積極的だった可能性もあるそう。

「そこまで行ったら陰謀みたいな話になってまうねんけど・・・」

 これは文永の役で元軍が計画通り日本軍を蹴散らし大宰府まで占領したらの話になるそうだけど、次にどう展開していくかの予想みたいなもの。大宰府から京都、さらに鎌倉を攻め落して日本征服と言いたいところだけど、どう考えたって何か月どころの話じゃないのよね。

 どちらにしても博多から大宰府一帯にまず一大拠点を築き、そこから占領地帯を広げていく戦略になるだろうって。

「そこでやが、日本王を置く可能性があるやんか」

 元にしたら直轄領にするにも遠すぎて扱いにくいぐらいの感覚ぐらいかもしれない。じゃあ、高麗王に日本王を兼任させるとか、

「それは無いと思う」
「そういう話を匂わせた可能性は残るけど、属国の高麗を強くさせる理由もないじゃない」

 ここで文永の役にも参戦した都督使金方慶なる人物がいる。この人物は元に忠誠を誓った人物と見て良さそうで、日本遠征のための大船団の責任者としても活躍したらしい。

「そういう点では右副都元帥の洪茶丘も怪しいんやが」

 洪茶丘もまた元に忠誠を誓っている人物だし、そういう人物だから高麗人の指令官に抜擢されているとして良いはず。

「仮説やで」

 大宰府の拠点化に成功したら、そこは洪茶丘なり金方慶に任せるつもりがあったんじゃかぐらいか。華北兵も撤退させて高麗兵と入れ替え、日本占領のための物資も高麗から運び入れ、日本王として君臨させて日本を征服して行くみたいなプランってことか。

「そうしといたら高麗は弱るばっかりになってくれるし、日本王は元に忠誠を誓うやんか」

 金方慶を持ち出したのは、高麗は洪茶丘に委ね、日本は金方慶みたいな計画があったかもしれないかもって。だからかもしれないけど、文永の役で金方慶は再上陸戦を主張したとなってるそう。

「あれもなんとも言えん。撤退となったら責任問題が出るのが戦争や。都元帥のクドゥンに全責任を被せるための方便に余裕で見えるからな」
「もっとも敗戦の責任問題は残るからあったとしても消えちゃった話よ」

 歴史の彼方のお話だものね。でもコクリって今でも口碑に残るぐらいの虐殺をしてるから兵士レベルでも積極的だった。

「戦争で末端の兵は使い捨ての駒みたいなもんやねん。問答無用で駆り出されて、いきなり戦場に放り込まれるからな。そないなったら捨て鉢になるのが人間や」
「そんな兵の楽しみが略奪とか乱暴狼藉なのよ。いや、それだけを楽しみに参加してるとして良いわ。これは現代の戦争でさえ普通に起こるからね」

 そうだった。

「それでも軍隊の統制として略奪や乱暴狼藉も認めるけど、それなりの範囲に収めようぐらいはするのよ。放っておけば、せっかく占領した町が無人になっちゃうからね」
「そやけど元寇の時はリミッター無しみたいやったで良さそうや。この辺はモンゴル軍のやり方の影響も大きかったんかもしれん」

 モンゴル軍の虐殺の理由にはあれこれあるらしいけど、その中に肝心のモンゴル軍の数が少ないのはあったそうなんだ。遊牧民族だから数では農耕民族に絶対に及ばないだろうからね。

 だから数的劣勢を補うために勝てば敵軍だけじゃなく、敵の住民も虐殺しまくって、二度と反逆できないようにした面もあるそう。ついでに言えば、そうやって数を減らしておけば、後方に置く軍隊も少なくて済むぐらいだとか。

「チンギス・ハーンの頃やったら、街なんかどうでも良かったんかもしれん。欲しいのは遊牧に必要な草原やもんな」

 そこまでは言い過ぎだと思うけど、農耕民族と発想の根源は違いそうだ。そういう軍事思想で来られたら困るよね。でも高麗は農耕民族のはずだけど、

「略奪とか乱暴狼藉レベルはあんまり変らん。あれは人の本性が剥き出しになるもんやから」
「それだけじゃないと思うのよ」

 でもわかる。どうしてあそこまでって思うもの。

「人でもおるやんか。根拠不明、意味不明のプライドを振りかざしまくって、なにがなんでもマウントを取らんと気が済まへん奴」

 いたいた。そういう手合いって周囲から嫌われまくってるに、それすら気づかないどころか、自分が尊敬されてるって信じて疑わないからウンザリさせられた。

「憎まれっ子は世に憚るとは良く言ったものよ。あれだって遠くて無関係なら良いのだけど、近いところに存在する無視しきれないし、ちょっとでも関わったら、待ってましたとなかりにマウンティングしてくるんだもの。コトリ、あれって儒教文化と関係あるの」
「わからんわ。日本にも儒教は入っては来とるし、孔子や孟子の言葉をことわざみたいに引用したりするやん」

 不惑とかね。

「そやけど学問としての儒教は受け入れたけど、精神としての儒教は受け付けんかったとされてるねん」
「文化の土壌が違うんだろうね。儒教が生まれた土壌と根本的に違うから、どうしても共鳴できないし理解出来ないんだと思う」

 アリスにもわかんないものね。