ツーリング日和16(第19話)重装弓騎兵

 赤坂から麁原山の戦いで日本軍が勝ったのは良いとしよう。勝ったから負けた元軍が撤退したの説明はとにかく合理的過ぎるのもの。でもどうして勝てたのよ。そんなに日本軍はたくさんいたの。

「それもわからん」
「五千人ぐらいって説もあるけど」

 五千って、元軍は三倍の一万五千人だぞ、

「そやねんけど、全軍が決戦に参加したかどうかは不明や」
「こういう渡海しての遠征軍だから一万人ぐらいじゃないかな」
「うんにゃ、前線に立ったんが一万人ぐらいで、残りの五千人は橋頭保の守備ちゃうか」

 元軍の上陸戦だけど、よもや負けるとは思ってなかったはずだろうって。そうなると基本的には全軍上陸のはずだけど、

「軍勢はメシを食うねん」

 軍勢だけでなく兵糧や予備の兵器も陸揚げして兵站拠点を作っていたはずだって、さすがにそこを日本軍に迂回攻撃なんかされたら困るから、ガッチリ守っていたはずか。それでも二倍の一万人じゃない。それも世界最強のモンゴル軍だ。

「そやからモンゴル軍やのうて、旧金軍の華北の兵と、高麗兵やて」
「大陸式の歩兵部隊だよ」

 ここもだけどコトリさんが見るところ、大陸式だってもっと騎兵部隊はいるはずだって。でも少なかったのは、海を越えて馬を運んで来るのに限界があったからじゃないかとしてた。結果的にユッキーさんの言う通り、大陸式の歩兵部隊で日本軍と戦ったのかもしれない。

「日本軍にはもう一つの集団戦法があってん」

 もう一つって?

「ほら見てみい」

 蒙古襲来絵詞の中の日本の騎馬武者が何人かいる絵だけど、

「これがもう一つの集団戦法や」

 はぁ、騎馬武者が何人かいるだけじゃない。

「そう見えるか。この絵のポイントは、騎馬武者だけが集団を作ってるとこや」
「わかんないかな。騎とは歩兵を含む小隊で、馬に乗ってるのは領主様だよ。領主様が領民の部下から離れているのが気にならないかな」

 言われてみれば。でもそれに何の意味があるのよ。

「犬追物って聞いたことがあらへんか」

 武士の鍛錬法の一つって聞いたことがあるけど、

「あれは狩のやり方の一つで、別に犬を追うだけのもんやないねん。勢子に追われた獲物を騎馬で追いかけて射止めるんよ」
「追物射とも言われるけど、その時に獲物を追いかけるのは一人じゃないの」

 はぁ?

「馬上からの走りながらの矢でしょ。上手い下手もあるけど、外れることもあるじゃない。それに獲物によっては一矢で仕留められない事もあるでしょ」

 それはわかるけど、

「だから騎馬武者が集団で獲物を追うの。一の矢で仕留められなかったら、二の矢、三の矢、四の矢で追い打ちをかけていくの」

 そんなやり方で狩りをしてたんだ。

「これの戦場バージョンも鎌倉武士は現場対応で出来たのよ」

 なんだって!

「そうだそうだ、鎌倉武士の武器ってわかってるよね」

 武士と言えば日本刀だ。あの頃だったっら太刀かもしれないけど剣しかないじゃない。

「剣も腰にはあったと思うけど、弓よ。それも世界でも最大級の弓が鎌倉武士の武器だよ」
「他の国の騎兵、とくに重装騎兵やったら槍やんか」

 槍と言うかとにかく長い武器だ。そうなると、

「鎌倉武士は世界的にも珍しい重装弓騎兵だったのよ」

 なんだそれ、

「それと弓の使い方もちゃうねん。鎌倉武士の手柄は、敵の鎌倉武士を討ち取ることやけど、剣で切り殺すんやのうて、弓矢で射止めるねん」

 なるほど。うん、追物射状態で騎馬集団を組んだとして獲物はなんだ。

「手柄になるのは相手の隊長クラスになるはずやねん」
「国が違って軍制が違っても、見れば誰が隊長クラスかわかるものよ」

 それはわかりそうな気がするけど、

「騎馬集団を組んだ鎌倉武士は歩兵部隊の隊長クラスに突撃したはずやねん。そこで目に付いた奴に矢を放つ。それも二の矢、三の矢、四の矢と襲いかかるから脅威やろ」

 それ怖いよ、怖すぎるよ。でも元軍だってあれだけ弓歩兵がいるんだから、突撃してもバッタバッタと射ち倒されるだけじゃない。

「だから重装弓騎兵だって。流鏑馬ぐらい見たことはあるでしょ」

 馬に乗って走って来て的を射抜くやつ。

「あれって馬と的の距離が近いと思わへんかったか」

 そう思った。

「あれはな、あれぐらい至近距離で当てんと騎馬武者の大鎧を撃ち抜けんかったからや」

 そうだったんだ。弓は真っすぐに射止める直射と、上に打ち上げる曲射があるんだって。弓歩兵の狙いは敵軍の混乱だから、曲射で矢の雨を降らせる戦術だった可能性が高いそうなんだ。

 ここももう少し考えると、求められるのは曲射だから弓歩兵の弓の技量はさほど高くなかった可能性もあるかもしれないって。それでも騎馬武者集団が突進して来れば直射で応戦しただろうけど、

「騎馬隊の突進は見るだけで怖いもんや。そんな状態で踏みとどまって矢を討つより、逃げ散った可能性すらあるかもしれへんで」

 乱戦になってくるとそうなるかも。でもさぁ、元軍の矢の方が遠くまで届いた説もあったけど、

「あれも怪しすぎる話や。大型和弓の威力は半端ないねん」

 それでも日本軍の弓の方が射程距離が短く見えたのは弓の用法が根本的に違ったからだろうとしてた。元の記録に日本軍の弓の評価として、

『矢は長しと雖えども、遠くあたわず』

 この評価は至近距離からの一撃必殺を狙う鎌倉武士の弓矢の使い方を示しているとされてるんだって。それでも、それでも元軍にはさらなる秘密兵器があったはず。元軍の矢は毒矢だよ。

「それは元朝秘史やろうけど、ありえるもんか。そりゃ、ゼロとは言わんけど毒矢なんかそう簡単に量産できるもんやない」

 当時だったらトリカブトになるらしいけど、

「たとえばや。五千の弓歩兵がおったとするやんか。一人が二十本持っとったら十万本やぞ」

 トリカブトが絶滅しそうな勢いだ。両軍の弓矢の使い方に差があるのと、鎌倉武士が世界的にも珍しい重装弓騎兵なのはわかったけど、それでどうして勝てたんだ。

「元軍に騎兵がおらんかった事に尽きるわ」
「元軍にとって組み合わせが悪すぎたってことよ」

 だからちゃんと説明してよ。ここまで盛り上がってるに寝るな!