結腸癌 stage 2 high risk groupの謎を追う(中編)

回答を求めて

 これでも医者ですからpubMedを漁るべきなのですが、論文も手強いのです。論文は先端レベルの情報を与えてはくれるのですが、教科書とか解説書ではありません。あれを読むには現時点で基本とか、常識とか、既に議論の前提とされるものは省略されます。そういう知識を踏まえてる人用に書かれているのが論文です。

 これも無理やりな言い訳ですが、論文になっているものは先端レベルが多いのですが、先端であるが故に意見のブレがあります。どう言えば良いか難しいのですが、これからの治療方針への提案的なものが多々あります。

 そういう先端の多様な意見の中からこれからの治療方針が議論され決まって行くのですが、欲しい情報はそこではなく、それなりに確定している情報です。教科書レベルまでは言いませんが、ガイドラインレベルの情報です。

 それと私の欲しい情報はいわゆる集計物です。治療データをかき集めて統計分析したタイプの論文ですが、あははは、読んでウンザリさせられました。統計分析がいかに正しい手法で行われたかの説明が延々と書き連ねてあります。

 論文的には結果を主張するのに、いかに正しい統計分析を行ったが必要で、査読で力点が置かれるのはわかるですが、見慣れぬ統計用語の乱舞に目眩がしそうになりました。これが今のトレンドであるぐらいは知っていましたが、読むとなると悲鳴が上がったぐらいです。

 こちらは医師とは言え、その分野の知識はカビが生えまくっている古色蒼然たる代物です。それでも医者ですし、自分の病気ですから何とかしろの意見を聞き流して、そうですね、専門でない医師にもわかるような解説書レベルの情報をひたすら探しました。知りたいのは結果だけだからです。

 これがまあ、ありそうで見つからず半分ぐらいあきらめかけていたのですが、やっと、やっと求め続けた回答書をついに見つけたのです。ACHIEVE-2 Trialというものですが、まずはこれの信頼性信用性のチェックが必要です。そこの表紙には、

本試験実施計画書は機密情報であり、本試験に参加する施設責任医師、施設分担医師、協力者(SMO を含む)、試験実施医療機関、各実施医療機関の臨床試験審査委員会(または臨床試験審査委員会に該当する組織)、効果安全性評価委員会に対して提供されるものです。本試験実施計画書は、被験者に対して本試験の内容を説明する場合を除き、公益財団法人がん集学的治療研究財団(研究事務局)の文書による同意なしに、いかなる第三者にも開示し、または本試験の目的以外に利用することは出来ません。

 治験募集の案内なのですが、主催はJFMCとなっていまして、これはがん集学財団になります。恥ずかしながら聞いたことのないところですが、かなり権威と信用があるところ判断して良さそうです。さっそく読み解いていきます。


結腸癌への化学療法

 たまたまですが亡父も皮肉なことに同じS状結腸癌になっていましたが、当時は手術で摘除までは可能でしたが有効な化学療法が存在しなかったはです。ここも曖昧なところもあったのですがACHIEVE-2 Trialにはかなり詳しく結腸癌治療史みたいなものが書いてありました。

 結腸癌への化学療法への突破口になったのは5FUの有効性が確認されたのが始まりのようです。欧米では1980年代から取り組まれていたようです。5FUは突破口にはなったようですが、さらに効果が飛躍的に上がったのは1998年にオキサリプラチンとの併用療法が編み出されたからとなっています。

 亡父の時代は5FUが導入された初期ぐらいですから、おそらくですがまだ恩恵を受けていなかったとしても良さそうです。ちなみに日本では、

2009年8 月にFOLFOX 療法、2011年11月にXELOX 療法が結腸がんの術後補助化学療法として使用可能となり、標準治療の一つとして認識されている。

 保険適用がなされたのは10年遅れぐらいになっています。ここに上がっているFOLFOX療法、XELOX療法は現在でも結腸癌に対する代表的な標準療法として用いられており、私もXELOX療法を受けています。ちょっと驚いたのは、日本でXELOX 療法が本格的に導入されてまだ10年ちょっとぐらいだって事です。これはラッキーだと思っても良いかもしれません。

 これは余談になりますが、亡父は6年後に再発。この時の肝転移はなんとか切除出来ましたが、2年後に肺転移が起こり亡くなっています。もし術後化学療法を受けていたら結果は変わっていた可能性はあります。こればっかりは時代の差ですからどうしようもない繰り言ですけどね。


high risk groupの淵源らしきもの

 化学療法の有効性ですが、かなりのものなのです。どうやらこの結果がstage 2にhigh risk groupの概念をもたらしただけでなく、ステージ分類を用いた患者説明を曖昧にしてる原因として良さそうなのです。論より証拠です。

20230324085115
 SEERはアメリカの癌統計データで、JSCORは日本の大腸癌研究会のものになります。データの年代がちょっと古いので1998年のオキサリプラチン出現前の症例も多いはずで、5FU主体の5FU+LVぐらいの化学療法を受けていた者が多く含まれているはずです。

 もっと新しいデータをあえて用いなかった理由は、この時代の術後化学療法の適用がstage 3以降のはずで良いはずです。言い換えればstage 2に術後化学療法が行われていない時代のデータになります。ちなみに現在の日本の再発率は、

再発率は Stage 1で 3.7%、Stage 2で 13.3%、Stage 3では 30.8%

 表のstage毎の5年生存率を集計してみるとstage 2で90.6%、stage 3で74.0%ぐらいになります。再発イコール死亡では必ずしもありませんから、現在に近い治療成績と見て良い気もします。もっともですが、現在のstage 2の5年生存率は施設間の差もありますが85%ぐらいだったはずです。5年生存率も・・・ここは長くなるので省略させて頂きます。

 細かい検証はこの程度にさせて頂いて、ここにはまず私が欲しかったstage毎の細分化された5年生存率があります。stage 2aの92.8%なのは嬉しいじゃありませんか。しかし結腸癌のステージ分類としてのデータしてはまさに衝撃のデータになります。わかりにくいかもしれませんが、よく見て下さい。SEERでもJSCORでも、

    stage 2aよりstage 3aの方が5年生存率が良い
 これは衝撃のデータとなります。ステージ分類の大原則はステージが上がるほど予後が悪くなければなりません。そのためのステージ分類であり、それを用いて患者にも説明を行う訳です。それなのにこんな逆転現象が起こってしまえば患者説明に医師だって困り果てるしかありません。

 たとえばですが、私の術前予測はstage 3bでしたが、術後の診断がstage 2cなり2bであったら、ステージが良くなっているのにstage 3aより予後が悪くなってしまう事になります。こんなものどうやって患者に説明して納得させるかってなると途方に暮れそうになるしかありません。だからあれだけ言葉を濁したものになっていたと考えて良さそうです。

 そこで考えられたのはstage 2にはなんらかの予後不良因子が存在してるはずだの研究が進められ、high risk groupの存在が定義されて行った流れになったと考えています。ここはシンプルにstage 2にも術後化学療法を全適用すれば良さそうなものですが、その辺はあれこれ議論があり今の形になったぐらいでしょうか。

 この衝撃の結果を見つけたところで中編として後編は明日にします。