藤井五冠、強すぎる

 将棋はまったくのヘボです。それでも、なんとかぐらいですが、棋譜の解説を後で聞けば、なるほどあそこが勝負の流れを変えたのかとか、あれが悪手だったのかとか、妙手とされるのはそういう事かぐらいは理解していたつもりです。

 ネットで棋譜解説をされているのはアマでも強豪クラスのはずです。元奨励会員の肩書の人もいますもの。そう言う人は、私なんかと桁がいくつも違うレベルで藤井五冠の棋譜を理解できるはずですが、最近の藤井五冠の棋譜の解説には苦労されているようです。

 極論すれば、どこが勝負の分かれ目であり、どの手がどう具体的に良かったとか、悪かったを探し出すのさえ苦労しています。それこそ最新AIをフル回転させて、

    どうもこうのようだ
 それが間違っているとは思わないと言うか、それはそれで説得力もあるのですが、どこか違う気がします。その局面で相手がその手を選んで指してしまうような状況に既に追い込まれている気がします。

 今年の棋聖戦の解説を渡辺名人が動画でされていましたが、第3局の最終盤に渡辺名人に勝ち筋があったそうです。これは感想戦でも出なかったそうで、対局後にそれこそAIをフル回転させて見つけたで良さそうです。ですが、対局中にそれを見いだせたかと言えば、

    30分あればなんとか・・・

 ここのニュアンスが微妙ですが、せっかくの勝機を見逃してしまったという感じではなく、

    それぐらいしか勝機はなかったですね
 この辺は勝負師ですから、どこまで本音かは察しにくいところですが、勝ち筋を見逃がしてしまって悔しいと言うより、その手まで見つけないと藤井五冠に勝てないぐらいに受け取れそうな気がしました。

 もう一つ印象的だったのが、敗着とまで言わないまでも流れが変わる一着とかみたいなものです。緩手としても良いのですが、指した時には無難ぐらいに思われていたのが、指し進んでみると、ちょっと弱気だったとか、消極的な部分があったとかです。

 そういう一手は接戦の将棋なら普通はあって、あれが結果的に敗因につながったは定番のはずですが、これも渡辺名人の棋聖戦第3局の解説からですが、

    遡って行くとになりますけど、最初の構想自体が・・・
 これもどこまで話しているかは私如きでは判断しようがないのですが、見ていた時の印象で言えば、序盤も、中盤も、いや終盤だって、これと言った勝負の分岐点になるような局面はなく、あれだけ指してAIをフル回転させてようやく見つけ出した勝ち筋しかなかったぐらいに受け取りました。

 つまりどこかの一手が勝敗を決したようなものじゃなく、ああいう展開の将棋にしてしまったのが敗因みたいな感想でしょうか。この感想は最近になって増えているような気がします。名だたるトップ棋士が局後の感想で、

    どこが悪かったかわからない
 少し前の藤井五冠なら「AI越え」とか「神の一手」みたいな妙手が称賛されましたが、最近ではどうして負けたかの原因が、対局中の棋士さえすぐにはわからないのかもしれません。

 今では優勢、劣勢がAIで常に表示されますが、対局中の棋士にはわかりません。ですがプロ棋士は指しながら優勢、劣勢を肌身で感じるとされます。どうもぐらいにしか言えませんが、AI判定以上の微差の優劣が藤井曲線が描かれる前に出ている気がします。そうですね、対局中の棋士ならわかるぐらいの微差で、

    局面は互角だが、どうも指しにくい
 互角であれば、そこから優位に導く手順が必要なのですが、それがいくら考えても出て来ず、藤井曲線がAIが描く頃には、対戦している棋士からすると苦し過ぎる状況に陥ってしまってるぐらいの感じです。


 将棋は先手の優位さはあります。囲碁はこれがはっきりしすぎていて、コミが入るのですが、将棋の場合はそういうハンデはありません。ここでなんですが、もし先手がすべて最善手であれば先手が勝つはずです。最善手と言ってもAIレベルですけどね。

 後手が勝つには先手のミスを待つしかありません。これまではトッププロであっても、必ず悪手までいかないものの緩手が飛び出し、それで形勢が逆転とか、二転三転させるのが将棋だったと思っています。将棋の先手後手でハンデがないのは、それが将棋ですから勝率に大きな差が出なかったからで良いと考えています。

 ところが藤井五冠が最善手を指す確率はトッププロと較べても非常に高いと分析されています。こんな単純化すれば怒られそうですが、最善手の確率が高い方が勝つのが将棋なら、これだけ藤井五冠が強いのが説明出来てしまう気がします。そうですね、対戦相手はまるで最新AI相手に指している気分になるのかもしれません。

 もちろん藤井五冠とて人の子ですからミスも出ます。ミスも出るから負ける事もありますが、ミスが極度に少ないので驚異的な勝率を残しているとして良いはずです。藤井五冠の勝率はデビュー当時から高いのですが、今の対戦相手はトッププロが大半です。それで変わらず勝ち続ける驚異をこれぐらいでしか説明できない気がしています。


 これは妄想レベルになりますが、藤井五冠は将棋の勝ち方を会得している気さえします。将棋は様々な局面に進展しますが、こういう駒組に持って行けば勝てると言うか、勝てる駒組にもっていく手法を会得してしまったぐらいの見方です。

 対戦相手からすれば手の広い、難解な中盤戦に見えても、藤井五冠からすれば、勝利への道筋が見え、それに向かって指し進み、ふと気づけば藤井曲線に抵抗しようもなくなっているぐらいでしょうか。最近の先手番での圧倒的な強さがそれを物語っている気がしてなりません。

 人がAIに負けたのは将棋界にとって衝撃的な出来事であったはずです。あの時に将棋界は打倒AIじゃなく、人のチャンピオンを決めるところに路線変更したぐらいに思っています。それぐらいAIは強かったですからね。

 AI将棋の特徴は人が定跡とか、手筋とか、常識としたものを一切斟酌しない思考過程で最善手を選ぶぐらいと考えています。それにトッププロが勝てないのを見て、気づいたのじゃないかと考えています。人の思考過程じゃなく、AIの思考過程を取り入れたら強くなるはずぐらいです。

 その申し子が藤井五冠かもしれません。トッププロが蹴散らされてるのは、ALの思考を取り入れようとしても、これまで積み重ねて来た人の思考の常識がどうしても出てしまうのが弱点のような気さえします。これも渡辺名人の解説ですが、

    こうなったら〇〇を取り返さないと損得が合わないと考えるじゃないですか・・・
 ギリギリの終盤になると時間も切迫していますから、従来の将棋常識が顔を出してしまうのを物語っているような気がします。そうなってもAI思考で判断できる藤井五冠と他のトッププロの差が今の成績になっているのじゃないでしょうか。