ツーリング日和8(第38話)エピローグ

 結衣は打ち上げに参加。コトリらも呼ばれたわ。肩書出したらそうなる。そやけど打ち上げが終わったらクラウンプラザやのうて、日航ホテルに泊まることにした。翌日はツーリング再開や。ミルクロードからやまなみハイウェイまで一緒やってんけど結衣は、

「お世話になりました。ここでお別れさせて頂いて新門司から帰ります」

 家は千葉やから、コトリらのフェリーに乗ってもたら、神戸から千葉までツーリングせんとならんもんな。まあ大分から新門司まで高速使うたらすぐや。そやそやあの後はなんも起こらんかった。

「全部結衣の計算通りじゃない」
「コトリらを相手にたいしたもんや」

 将棋日本シリーズの法月王座の敗北は将棋界に新たな衝撃をもたらしよった。これは変な見方と言うか期待やねんけど、結衣がもし苦手とするんやったら、盤外戦術の巧者の法月王座やとする声があったんや。

 それが得意のはずの盤外戦でコテンパンにやられてもたからな。時間のハンデを無理やり与えられ、さらに終局手数、玉の詰む位置まで宣言通りにやられての嬲り殺しのような完敗や。

「代打ちまでやる真剣師に盤外戦で挑もうとするなんて無謀の極みだよ。あれで法月は再起不能だね」

 まあ時効やから法的にはどうしようもあらへんけど、あれだけの証拠を握られとると思うだけで、

「場外戦でもコテンパン」

 死ぬまで結衣には勝てんやろ。まともにやっても勝てそうにあらへんけど。それぐらいじゃ結衣の法月への復讐は終わらんやろ。将棋連盟の理事長の椅子どころか、明日にでも引退してもおかしない。

「法月の娘と言うのもブラフだね」

 たぶんな。結衣の復讐は実の父親でも容赦はせん。眉毛一本動かさずに溶鉱炉にだって突き落とすやろ。そこまではやっとらんやろうけど、中国あたりの地下工場に放り込まれとるわ。そやな娘の可能性を匂わしたんは、

「実の娘に追いつめられるのを味合わせるため」

 あれだけ愛想よくニコニコしながら冷酷な復讐劇をやらかしよった。これは法月が破滅するまで真綿で首を締め上げるように続くんやと思うで。それが結衣が法月にする躾や。それぐらいのツケは法月も払わんとしゃ~ないやろ。


 そやけど結衣かって法月を追いつめるために代償を払うとる。払うたなんてもんやない、女のすべてを払うたようなもんや。結衣が真剣師であり、組長の愛人になったんはウソやないと思う。そやけど組長は結衣に真剣師の価値なんて見てへんわ。見とるのは体だけや。

 そやから結衣は組長の愛人としての地位を上げるのに没頭したはずや。あの世界での女の地位は結衣が言う通り道具や商品程度やが、それでもあの世界の男なりの愛情は湧くんや。結衣はそれを得るためにベッドに命を懸けたはずやねん。

「それで組長を動かし未知を襲った女どもを探し出し、躾もしたのよね」

 そのはずや。拉致した男の処分は抗争の引き金になりかねへんから女と元奨励会員だけにしたんやろ。どうでもエエこっちゃけど未知を犯した連中は誰もプロになれてへんわ。ほんでもって男はベーリング海のカニなり中国の汚染地帯の浄化作業ぐらいやろうけど。

「歳も歳だろうから生きて帰れるかな」

 運が良ければな。そやけど女どもかって、

「違う意味のベーリング海とか、中国だろうね」

 未知の事件から三十年近く経っとるから、普通は女としては商売物にならん。そやけどやらされとるはずや。ベーリング海にしろ、中国にしろ置かれる環境が特殊過ぎるんよ。監獄とも似取るが、とにかく男しかおらん長期の隔離状態や。

 そういうとこに置かれたら、極論すれば突っ込めるもんやったらなんでもエエんよ。そやから男でも弱ければ襲われる。それがババアでも女やったら見境なくなるんよ。それにやで一人しかおらんへんやんか。

「一か月でボロボロになるんじゃない」

 その辺は若くないからな。使えん様になったらベーリング海やったら魚の餌にされるし、中国やったら運が良かったら生き埋めで、運が悪かったら豚のエサや。ただしそこまでやらせた結衣かって無事じゃ済まん。

「だから命勝負に駆り出された」

 そのはずやねん。この辺は組長がボチボチ結衣に飽きとったはずやねん。ああいう連中は愛人言うても完全にディスポやからな。飽きた愛人を使ってやる座興の遊びが命勝負のはずやねん。

 勝てば賭け金が手に入るし、負けても代打ちからある程度回収できるし、なにより売り飛ばされた元愛人が泣き叫びながら犯されるのは最高の見世物みたいな感覚やろ。女として腹立たしいがそういう世界であるぐらいは知っとる。

 一方の結衣やが、まだ復讐の最後のターゲットが残ってるやんか。ここで売り飛ばされる訳にはいかん。自分が命勝負の賭け物にされそうと感じた途端に動いたはずや。命勝負に出さされるのは逃げられへんけど、

「結衣なら出来たんだろうね。その勝負を自分が指すって条件を勝ち取るのを」

 そんな勝負師根性があるのは見せてもうた。それだけやない、命勝負を勝ち抜けば足抜けさせてもらう約束まで取ったはずやねん。その代わり命勝負は過酷なんてもんやなかったでエエやろ。

「結衣は自分も賭け物だから検分は当然受けるって言ってたけど、検分って単に裸になるだけじゃないもの」

 検分はまず相手の組員も居並ぶ中で自分で全部脱がなあかんねん。これだけでも恥辱の極みみたいなもんやけど、それじゃ済まへんねん。女としての性能も見せなあかんねん。

「立ったまま、股開いてセルフだよ」

 それもよう見えるように全部剃ってくるのが決まりやったそうや。それもやで一度限りでもあらへんかったんよ。そやのに結衣はシレっと、

『気を遣るごとに一本です』

 一本は百万円で、賭け金も結衣の代打ち料も上がるって・・・こんなもん女として笑って話せるか! そやけど将棋となったら結衣はベラボウに強い。そりゃ表に出たら竜王にあっさりなるぐらいや。裏に勝てる奴なんかおるはずがない。連戦連勝になったんやろうが、

「組長も結衣の堕ちる姿を見たかったみたいだね」

 検分をハンデにしやがった。女もセルフでやったら体力と集中力を消耗するねん。そりゃ、頭の中を妄想でパンパンにせんと出来るもんやない。それもやで、そんな異常な状態で気まで遣るとなったらゲッソリさせられるわ。

「命勝負の最後の方は二桁にさせられてるもの。あれが結衣の言っていた将棋日本シリーズの二倍以上の賭け金って意味のはずだよ」

 それでも勝ち続けた結衣の精神力も化物や。最後になった命勝負なんか結衣でさえ、

『母の気分がわかる気がしました』

 そやからシレっと言うな。居合わせた組員に延々と輪姦されてもとるやないか。その代わりみたいな巨額の賭け金を献上してやっと足抜けや。これは大金が手に入ったのと、結衣がそうなる姿を見れて満足したぐらいかもしれん。

「でも抜けられないのよね」

 そやな。裏世界に足を踏み入れた女は烙印を押されてるようなもんかもしれん。結果として結衣はなんとかどん底に堕ちんかったが、その顔と名前は裏世界に知られてもとる。竜王になった結衣に食指を伸ばしてきた組長がおってんやろ。

「有名人が好きなのも多いのよね。だから芸能界の枕営業はいつまでもあるようなものだけど」

 結衣は自分から進んで愛人になったとしとったけど、実際は違うはずや。組長からの誘いは命令と一緒や。とくに一度裏世界に入れば逃げようがないものと知ってるはずやねん。

「だから千葉から徳島なんて謎々みたいなルートで熊本に向かったのがわかる」

 他に考えられん。だってやで、徳島でフェリーから下りた日かって対局日考えたらムチャクチャやんか。それに徳島から高松はまだ理解できるけど、あそこで小豆島は誰も考えんやろ。あれは行方を眩ますために逃げ回ってたはずや。

「結衣も法月王座戦は何があっても指したかったんだろうね」

 そうなんは見せてもうた。あの一局で法月に引導を渡すために生きて来たようなもんやからな。そやけど、あの一局で裏世界に戻る気やってんやろ。それが結衣の復讐に支払うた代償みたいなもんや。

「やっぱり偶然だったのか」

 そうやと思う。コトリとユッキーの休暇中の行き先は絶対機密や。それこそミサキちゃんとシノブちゃんしか知らん。それを探り出すのは不可能や。

「そう言えばわたしたちのバイクを見て相当驚いてたもの」

 結衣の頭の中で全部つながってんやろ。自分で言うのもなんやが、希望の光を見出したんかもしれん。後はコトリたちの正体の確認や。本当にエレギオンの女神なのか、

「その女神が結衣を助け出してくれるのか」

 裏社会のエレギオンの女神の伝説は恐怖やと思う。逆らった者の末路の悲惨さの実例がゴロゴロ転がっとるはずや。そんなエレギオンの女神が、元とは言え裏社会にいた人間を助けてくれるかどうかや。下手に関わったら抹殺されるぐらいぐらいの話になっとるはずやからな。

 こっちかって結衣の正体をあれこれ考えとったけど、結衣もそうやった事になる。まるで狐と狸の化かしあいやな。結衣かって迷ってた部分はあったと思うけど、自分を救うために賭けに出たんやろ。正体どころか、裏事情まで打ち明けて庇護を頼んで来たからな。

「これで良かったんじゃない。今回も楽しめたし」

 だから最後は月夜野うさぎと如月かすみになってやった。ツーリングでは初めてやけど、結衣のためやったらしょうがあらへん。あれはそうする必要があったし、ああする事で結衣が救われるんやったらお安い御用や。

「旅の仲間だものね」

 そういうこっちゃな。

「でも代償も大きかったね」
「その代わりに天草パールライン走れたやんか」

 これも初めてやけどツーリング日程が一日延びてもた。雲仙からフェリーで帰る予定やったからな。ミサキちゃんの怒る顔が目に浮かぶわ。

「高くつくね」

 結衣の色紙があるからなんとかなるやろ。あれって殆どないレア物のはずやねん。それはまあなんとかなるんやが、気になるのは結衣のこれからや。あれだけ月夜野うさぎと如月かすみの友だちアピールを派手にやったから裏世界とは縁が切れたはずや。もし結衣にチョッカイなんか出しやがったら、

「系列組織ごと死ぬまでベーリング海のカニよ」

 ユッキーも優しなったな。昔やったっら災厄の呪いの糸で根こそぎなぶり殺しやった。今はもう使う気もあらへんけどな。そっちの方は心配してへんねんけど、結衣が復讐のために支払った代償はそれだけやないねん。

 結衣の生活感覚や。裏世界で身に着いてしまった感覚は将棋の勝負の世界やったらまだ有用やと思うけど、日常生活になると問題になる。そうや女としての幸せを味合えるかや。そんなもんより社会的成功を重視するのもおるけど、あんなもん一方やない、両方取れて当たり前やろ。

「そこは気になってた」

 シンプルには男を普通に愛せるかや。結衣は裏世界で体を張って男を操縦して来とる。結衣にとってエッチは男を操る道具に過ぎん。男なんかそんなもんやと思うてるはずやし、そんな男しか知らんかもしれん。

 そやけどそんなエッチしかしらんのは女の不幸や。エッチはな、愛し抜いた男を受け入れるもんやねん。それが至上のエッチやとコトリは考えとる。あれが、一番気持ちのエエもんや。気持ちがエエから愛が育まれて、そんな男との子どもが欲しくなるんやろ。

「間違いじゃなけど、やったことないじゃない」

 うるさいわ。結衣にもそんな幸せを味わって欲しいやんか。いや、そうしたるのが旅の仲間や。

「女神の恵みを与えてやれば良かったね」
「ユッキーにしたら手抜かりやな。コトリがおまじないをしておいた」

 今回だけは効果が出てくれる事を真剣に願っとる。あれは実績だけで、どうやって効いとるかわからん代物やからな。

「やっと女性棋士の時代が来るはずよ」

 それは思う。一番大変なんは最初に扉を開けるやつやねん。結衣は扉を開けたなんてもんやない、四車線の高速道路を作ってもたようなもんや。

「わたしたちのバイクじゃ走れないけどね」

 だ か ら、しょうもないツッコミを入れるな。結衣が作った道に続く者はいくらでも出てくる。衣川未知は法月に封じ込められたけど、その娘の結衣は法月に引導を渡しよった。

「八冠制覇も夢じゃないよね」

 結衣がいう完結した将棋の意味はコトリにはわからんかったが、途轍もなく強いのだけは間違いない。あの強さの底は知れん気だけはする。今の将棋界に結衣に勝てるやつなんかおるんやろうか。

「出て来るかもよ。結衣がある種の必勝定跡を見つけ出しているのは間違いないけど、それが完全定跡かどうかはまだわからないもの」

 結衣もそう言うとったもんな。あのクラスが考えてることは素人には想像も付かんけど、いつの日か結衣の達しているレベルに足を踏み入れる棋士は出て来るかもしれん。絶対に敵わんと思われとったAIにも追いついてもたぐらいやからや。

 人はそれが手が届かんと思うたら、なぜか届かへんねん。そやけどな、そこに手が届いた奴がおったら、続くやつが必ず出て来るねん。そうなるかどうかはわからんが、将棋のプロに仲間が出来たんはなんか嬉しいな。

「男ならなおさらだったけど」

 まあそうやけど、今回は女でも良かったわ。なにしろ史上初やから間違いなく歴史に名を残すはずや。

「コトリは有名人に弱いからね」

 弱いというか、こんだけ生きとってあんまり知り合いがおらんのや。

「もう寝ようか」
「そやな」
「明日は仕事だし」

 それを言うな。ツーリング気分が一遍に吹っ飛ぶやろうが。