ツーリング日和10(第10話)東の果て

 根室に入るには温根沼大橋を渡るのだけど、

「あちゃ、こんなところに高速とはね」

 根室道路ってのがあって、無料高速なんだけど当然のように小型バイクは走れないから下道に。まあ、北海道の場合は下道も快適だからそれほどショックはないけどね。やがて根室市内に入り、

「今夜はここや」

 今日も楽しそうな宿だこと。民宿なのかな。

「ちゃんと旅館って書いてあるやろ」

 ホントだ。格子戸風のサッシの開けて玄関に入ると、いきなり目に飛び込んでくるのが赤い階段。右手がフロントと言うか帳場だけど昭和だよこれ。支配人さんが出迎えてくれて、そこから赤い階段を上がって部屋に御案内。部屋の扉がレトロと言うか、木製の合板。こんなのは珍しいな。

 部屋の中は普通かな。クラシックな鏡台があるのがおもしろい。壁は塗り替えたのかな。でも障子とか柱は年季が入ってるよ。御手洗は付いてないけど、小さな洗面所はあるし、外には大きめの洗面所もある。

「とりあえず風呂やな」

 風呂はタイル張りなんだ。それも小さなやつを張り詰めたやつ。こういう風呂も珍しいのじゃないかな。さすがに温泉じゃない。広さは、そうだね、三人ぐらいで精いっぱいじゃないかな。

 食事は部屋食。仲居さんが運んできてくれて座卓の上に手際よく並べてくれたのだけど、これはかなり豪華じゃない。

「料理の説明は支配人がさせて頂きます」

 これは丁寧だな。ここの名物料理がウニの茶わん蒸しみたいだ。あとは歯舞で取れた北海シマエビって説明された。歯舞諸島は北方領土で行けないけど、根室半島にも歯舞っていう漁港があるんだって。

 他にもタラバガニの内子にボタンエビを合わせたもの、灯台つぶ貝にウニを合わせて沁み込ませたもの、カジカってなにかと思ったら金沢料理のゴリのことなのか。さらにカスベ、タラバガニの外子、サケの鼻の先端だとか、銀タラの西京漬け。それよりなにより、

「花咲ガニや」

 これがなんと一匹ドドゥーンなんだ。根室オールスターズみたいな取り合わせだけど、どれも手がかかっているのがよくわかる。つぶ貝にウニを合わせたものなんて二週間も漬け込んだものだよ。

「こりゃ、美味いな」

 花咲ガニが水揚げされるのは根室だけだそうだから、根室で食べる花咲ガニが日本一美味しいはず。カニはとにかく足の早い食べ物だから、より新鮮な方が美味しいしもの。

「これで北海三大カニ制覇やな」

 北海道と言えばまず毛ガニで次がタラバガニかな。この二つは内地でも食べれるけど花咲ガニは関西ではまず無理じゃないかと思う。だって今まで見たこと無いもの。この辺は関西でカニと言えば松葉ガニかワタリガニになるのもあると思うけどね。

 今日もオホーツクビールを飲んでから日本酒。根室にも地酒はあって、これが日本最東端の酒蔵になる。歴史もあって明治二十年創業なんだ、北の勝って言うんだけど、製造量も少ないから地元でしかまず飲めないんだって。う~ん、これが最東端の酒だ。

 ここ根室は日本で一番東の町。最北の稚内市に続いて制覇だけど、本土最西端の神崎鼻はなに町だったっけ、

「佐世保や」

 ああ、そうなるのか。市町村合併もやり過ぎかもね。稚内が北の端、根室が東の端は直感的にわかるけど、佐世保が西の端と言われてもピンとこないもの。

「本州最西端の毘沙ノ鼻が下関も微妙やな」

 下関のイメージとして本州の西の端はある。こてが関門海峡あたりにあればイメージ通りだけど、かなり北に上がったところだものね。


 根室は寛政年間に松前藩が場所を開いてからになるけど、明治になってからは道東開発の拠点として栄えたで良さそう。だから今でも根室支庁があるぐらい。道東最大の町だった時期もあるみたいだけど、

「今は釧路や」

 釧路は十八万人ぐらいの街なんだけど、それだったら根室だって十万人ぐらい居そうなものじゃない。ところが、

「最盛期で五万人ぐらいや」

 でもって、今はその半分。神戸周辺の小都市でも、五万人ぐらいのところはいくらでもあるのよね。

「そやけど活気は北海道の方が上や」

 この辺は規模こそ小さいけど中心都市だからと思う。北海道の中心は言うまでもなく札幌だし、札幌の求心力は強いと思うけど、同じ道内でも内地感覚の隣の県どころか、隣の隣の県以上になってる気がする。

「東京の求心力は強いけど、関西から見たらさすがに遠いもんな」

 距離だけでも根室と札幌はそれぐらいあるし、交通の便利さとなるとまさに別世界。さらに長い冬がある。

「電車があらへんと言うか、成立せんもんな」

 北海道では電車と言わずに汽車と呼ぶけど、これがかなりプア。だからJR北海道は苦戦してるのだけど、そりゃ苦戦するよ。電車経営が成立するには沿線人口が必要じゃない。人がいなければ電車に乗る人がいないもの。これだけ人口密度が薄い上に、

「根室本線使うて札幌行くやつなんかおるんやろか」

 稚内から宗谷本線使って札幌に行く人もね。

「感覚的にアメリカとか、オーストラリアに近いかもしれん」

 そんな感じがする。そんな感覚になれるのは日本だったら北海道だけかもね。

「そやから北海道の人は今でも内地と言うのかもな」

 日本だって九州と東北ではかなり違うけど、それでもなんとか同じ日本ってところはあるのよね。でも津軽海峡を渡ると一段変る感じがするもの。

「歴史の差もあるやろな」

 東北も九州も歴代の日本政府が支配し、中央で成立した日本文化を受け入れ続けてるのよね。北海道も広い意味ではそうだけど、まだ明治からに過ぎないもの。

「やっぱりアメリカとかオーストラリア感覚がある気がするで」

 アメリカやオーストラリアは移民が作り上げた国だけど、北海道もあちこちの内地の出身者が作り上げた感じもあるから、どこか気風が似てるところがあるのかも。

「寝るで」

 翌朝は二時半起き。三時過ぎには宿を出発して納沙布岬を目指す。えらい早いのだけど、狙いは日本一早い日の出を見るため。緯度が高いから日の出は四時前なんだよ。県道二十三号で二十キロほどで、納沙布岬の南側を走ってく。

 昼間なら四十分ぐらいだそうだけど、三十分ほどで・・・あそこのタワーがあるあたりじゃないかな。広い駐車場にバイクを停めて、どこに最東端の碑があるのかな。こんな時刻なのに来てる人がいるよね。

「考えることは一緒や」

 日本で一番早い日の出を見ておきたい人はいるものね。

「最東端で朝日を拝も」

 最東端の碑があるところが最東端と言いたいところだけど、その東の納沙布岬灯台まで行けるのだよ。この灯台は北海道最古の洋式灯台になるそう。登れる灯台じゃないけど敷地内は入れるんだ。

 灯台の敷地は芝生になってるから、行けるところまで東に行って、待つことしばしで日の出だ。日本中の朝がこの瞬間に始まったんだよ。そしてわたしは、日本本土の四隅を征服した女になったんだ。

 納沙布岬はまさに最果ての地。人家が尽き、そして地が遂に尽きるところにある。この先は荒々しい北海の海。こここそ永遠の時間を旅する女に相応しい地。

「最東端の碑の方に行こか」

 永遠の時を旅する女に許される休憩は片時のみ。また新たな旅に、

「寒いからやろ」

 それはある。夏でも根室の朝は冷えるものね。それにしてもこっちに最東端の碑を立てれば良いのに。

「向こうの方が広いから混まんようにしとるんやろ」

 観光地的にはそうなるか。それなりに整備してあるけど賑わってるとは言いにくいな。

「冬はそうそう来れるとこやないもんな」

 それはありそう。とにかくオフ・シーズンが長いのが北海道観光のネックだよね。流氷観光とかもあるけど、なかなかね。夏だって来るだけでこんなに大変だもの。だからこそ、ここを征服したのに意味があるよ。