ツーリング日和2(第29話)鬼ごっこ

 朝風呂入って、朝飯食いながら、

「白羽根が相手とはね」

 マイが見つかったのはトライアンフが目立ち過ぎたんもあるけど、相手が白羽根産業なんもあるねん。シノブちゃんの調査部ほどやあらへんけど、白羽根産業なりにネットワーク持ってるからな。

「あの連中は白羽根警備ね」

 白羽根警備は白羽根産業グループの警備を主に請け負ってるけど、マイを軟禁しとったんも白羽根警備やろ。マイの脱走は重大な責任問題になるやろからアイツらも必死やろ。マイが、

「とにかくゴッツそうな連中で、捕まったら終わりや」

 そう感じるやろ。あそこは警備会社と言うより私兵に近いぐらいのところがあるからな。とにかく元傭兵をぎょうさん雇てるし、

「そうよね。外からの侵入を防ぐより、内からの流出阻止がメインみたいなところがあるもの」

 ブラック・ホール企業やから逃げ出そうとする社員が続出するんやけど、噂ではリンチしても連れ戻してるって話やもんな。

「力づくで来るよね」
「二日後が期限やろ」

 二日後にマイの婚約発表パーティがあるんや。そこにマイがおらんと話にならへんもんな。つまりは今日中にマイをとっ捕まえて大阪に連れ帰るのがアイツらの至上命令になってるはずや。失敗したら、

「大阪湾の藻屑とか」
「さすがにそれは無いと思うけど、普通にクビやろ」

 そういう警備会社や。

「コトリはん、どうするんや」
「そんなもんツーリングするに決まってるで」

 津和野からどうするかは決めとらへんかってんけど、

「十八時四十分でしょ」

 十八時ぐらいには着いときたいけど、

「問題は関門国道トンネルじゃない」

 そういう事になる。あそこは道が一本になるから、

「じゃあ、岩国回ろうよ」
「錦帯橋はエエな」

 あれも見たいねん。広島行ってもいっつも厳島止まりやってん。その隣やのに岩国に行ってくれへんのよ。

「アイツらだって宿まで踏み込んで来ないわよ」

 警察ちゃうからな。マイを捕まえるならツーリングの休憩中とかが一番エエはずや。石見銀山の時みたいな感じや。あんまり強引にやったら誘拐に見られて警察沙汰になりかねへんからな。

「津和野まで来てるよ」
「玄関が最初の関所やな」

 宿から出たとこを取り囲むぐらいやろ。

「そこは切り抜けるとして」
「ユッキーはん、どうやって切り抜けるんや」
「それはコトリが考えるから安心して」

 考えるのはコトリやぞ。まあ手は打ってある。バイクは宿の人に頼んでホテルの裏にある駐車場に動かしてもらってるねん。荷物の積み込みも頼んどいた。ホテルの支払いも済ませてるし、ホテルの裏から駐車場に行けるように手配も済んどる。

「バイクに乗っちゃえば捕まえられないものね」

 そういうこっちゃ、マイのロケットにクルマが追いつけるもんか。

「じゃあ、出発ね」

 もう着替えも済んでるねん。ライダースーツで飯食うのは目立ってもたけど、今朝はしゃ~ないやろ。裏口から出て、

「どうもすんまへん」

 家の庭を通らせてもうて、出発や。走り出したら、

「来たよ」

 手回しのエエこっちゃ。それにしても何台おるねん。津和野の町内では人目があるさかい無茶せんはずや。おかげで津和野城も乙女峠もパーやでまったく。津和野から国道九号に入って、

「ちょっと飛ばすで」

 まずは日原まで戻る。これもオモロイねんけど、津和野にある大岡家老門の奥にあるのは分庁舎で津和野の本庁舎は日原にあるねん。それはともかく、枕瀬の交差点から国道一八七号に入って、津和野川、高津川と渡って、

「次の交差点の一番奥の道を左や」

 県道三一二号や。あははは、すぐに一車線半から一車線ぐらいに狭うなるわ。いきなりヘアピン・カーブとは歓迎やな。またかいな、

「ユッキー、マイ。ウサギとカメやるで」
「らじゃ」
「なんやねんそれ」

 この道に引っ張り込んだんは、道の狭さで引き離すのが一つや。それと電波悪いんよ。ほとんど家あらへんからな。アイツら連絡して先回りしようとするはずやから、その連絡をさせへんためもある。

 おっと対向車や。これも計算の内や。こんだけ狭いとバイクでもすれ違うのは一苦労やけどクルマやったらなおさらになるねん。桐長峠の手前から二車線か。ネズミ捕りがおるとは思わんから一気に引き離す。

 しばらくは二車線を快走したけど、また狭なった。トラックが来たけど、いやぁ、こりゃ大変や。アイツらのクルマやったらなおさらどころか、広いとこまでバックせんと無理ちゃうか。けっこう登って門松峠を越えても、二車線になったり一車線になったりで気使う道やで。

 突き当たって国道四八八号線。これは中国地方でも指折りの酷道や。ここに今日の最大の罠を仕掛けとるねん。右に行ったら匹見で、左に行ったら益田やねんけど、匹見から先は通行止めになってるねん。

 そやからマイは益田に行くと思うはずや。念のために匹見にもクルマを回すかもしれんけど、主力は益田に向かうはず。どっちに向かったかを見せへんために県道三一二号使って引き離したんよ。

「それはわかるけど、匹見からどうするの」

 通行止めがあるのを知らんかっても、匹見まで来たらわかるやんか。そこでマイがいなかったら益田に行ったと判断するのを期待しとる。

「じゃあ、隠れるの」
「いや、マイに頑張ってもらう」

 匹見からも国道以外のルートはあるねん。たとえば県道一七二号とか三〇二号や。走るんやったらそっちを考えよると思うねん。

「その辺を走るのならやっぱり益田を目指してると考えるよね」
「益田とは限らんけど山陰に出て東に向かうと考えるはずや」

 国道四八八号もあそこから益田の間はだいぶましやから、日本海側に向かうと考えたら匹見は重視せんはずやねん。わざわざ匹見経由にせんでも益田に出れば山陰自動車道に乗れるからな。

「益田から西に向かうとは考えにくいよね」
「そやねん。西に追いつめられた格好になっとるから、裏かいて東に逃げるぐらいに思うはずやねん」

 匹見にもカムフラージュがある。これはクルマ乗りの感覚を利用する。クルマ乗りは狭い道を嫌がるんよ。バイク乗りも好きとは言えんけど、車幅がちゃうさかい嫌がり方の桁がちゃうんよ。

「そやからあえて県道四十二号を走る」
「良い道じゃない」

 最初はな。樫田トンネル抜けるぐらいまでは狭いとこもあるけど、クルマでも走れる道や。問題はそこから先やねん。道が悪すぎて四トン以上のトラックが通行禁止になってるぐらいやねん。落石も頻発するらしゅうて、そんなもんがあったらクルマは一発でアウトや。

 そんな道を走りたいというより、走る気どころか、走れるとも思わんとこがあるのがクルマ乗りや。そやけどバイクやったら走れる。コトリたちのバイクはオフ・ロードやないけど道さえあれば走れるってことや。

 言うたものの、走ったらホンマに酷い道やんか。これでも県道か。道は波打ってっるわ、轍でエグれてるわ、落ち葉がテンコモリ積もってるやん。それも一車線ギリギリしかあらへんし、すれ違いゾーンも殆どあらへんやん。

 げっ、いきなり落石してるやんか。この程度やったら、バイクなら交わして走れるけど、ちょうどエエわ。これでクルマは来れんし、アイツらもこの道を走ったと思わんやろ。マイが、

「ホンマに走れるんか」

 気持ちはわかるで。マイのロケットやったら、行き止まりになったら、方向転換するのも恐怖やろ。クルマやったらなおさらや。しっかし酷い道やな。林の中の薄暗い見通しの悪い急カーブの連続や。

 それにこの登り道のきついこと。標高差が五百メートルって山登っとるようなもんやんか。カーブミラーどころかガードレールもあらへんから落ちたらアウトや。ホンマにヒヤヒヤやった。やっと抜けてきたら、

「コトリはん、まだこんなんが続くんか」
「よう頑張ったで。作戦に嵌ってくれたら、これで終わりのはずや」

 ここまで七十五キロぐらいやから二時間で走れたけど怖かった。ムチャしたからな。後は国道一八七号で岩国までや。あれっ、いろり山賊ってなんや。こんなとこで居酒屋かいな。とにかく休めそうやから一服しょ。

「コトリ、成果はどう」
「シノブちゃんの報告やと罠にはまってくれたみたいや」

 調査部があいつらの連絡をハックできようになったんやが、だいぶ混乱しとるみたいや。匹見に来たんもおったみたいやけど、隠れてると思て探し回っとるわ。主力は益田の方に向かったみたいやけど、東に向かうたぐらいで動いてるみたいや。

「足湯があるのはイイね」
「こういうのはバイク乗りには嬉しいで」

 おもろい店でタダで使わせてくれる足湯のサービスがあるねん。

「ところでコトリ、途中で県道一八九号と別れたけど、あっちならどうだったの」

 あれも結構すぎる道や。県道四十二号よりマシらしいけどな。県道四十二号も一八九号も国道一八七号に出るんやけど、県道一八九号はかなり北側で日原に近いとこやねん。そっちに出るんやったら、

「なるほど津和野に戻っちゃうから岩国目指すのなら使わないよね」

 津和野から匹見に行くのは岩国目指すようなルートになるけど、国道四八八号が通行止め、県道四十二号が走れるような道やないと思たら、目は益田に嫌でも向かう計算ってことや。