謎のレポート(第29話)女神の推測

「太郎の行方はホンマにわからんのか」
「家には住んでいませんし、どこかに就職した記録もありません」

 大道の息子の太郎も調べたけど、死亡届が出ていないだけで杳として行方がしれないんだよ。だからと言って、大道家が捜索願も出していない。

「妙やな。内輪で勘当になったかもしれんけど」
「その数年前から大道がLGBT問題に積極的に取り組み始めたのと連動していると見れます」

 大道がLGBT問題にあれほど関心をもったかの理由も不明なんだよね。表向きはそれなりの事を言ってるけど、大道の取り組み方は熱心というより、異常なぐらいで、掛け値なしに政治生命をかけてのもの。

「言うたら悪いが票にも、カネにもならん仕事やもんな」
「だとすれば、大道が取り組みたかったからになるね」

 そう取るべきだと思う。

「だから太郎の失踪とリンクさせてる訳ね」

 ずばり太郎はLGBTだったで良いと思う。この問題に悩まされたからこそ大道はLGBT問題にあれだけ熱心だったはず。

「だから月刊パンスベルニアの記事で奇跡の性転換をされたのは太郎やったと」
「コトリ社長、雑誌は残ってないのですか」
「あんなもの全部残し取ったら三十階が雑誌だらけになるわい」

 ごもっともです。

「そやけど記事の内容はシノブちゃん見つけた画像ぐらいしかなかったわ。写ってないないところは・・・」

 覚えとるんかい! まったく神の記憶構造ってどうなってるのやら。でも助かった、雑誌も国会図書館に納本されるはずなんだけど、該当号は問い合わせても何故かないんだよ。

「政治家だから息子がLGBTだとバレるのを伏せたんだろうね」
「しょうもないとこで揚げ足取りしたり、悪口、陰口叩きまくるのワンサカ湧いてくるのが政治だものね」

 息子がLGBTだって恥ずべき事じゃないと思うけど、まだ時代が時代だし、今だって偏見が消えてるとは言いにくいし。

「でもそれだじゃなさそうね。おそらくだけど・・・」

 息子がLGBTと知った大道の理解は、

『息子はホモ』

 これぐらいであったはず。だからやりそうなことは、まず息子を男じゃなく女を愛せるように努力をしたはず。大事な跡継ぎだものね。一方で息子がホモである事実を伏せて回っていたはずなんだ。

 そうやってあれこれ治療を重ねるうちにLGBT問題を深く知るようになったぐらいでよいはず。LGBTと一括りに言うけど内容は同じじゃない。ごく簡単には、

 ・レズ・・・女の心を持ちながら女を恋愛対象にする
 ・ゲイ・・・男の心を持ちながら男を恋愛対象とする
 ・バイ・・・男も女も恋愛対象にする

 男が男を愛するのをホモって呼ぶけど、あれは正確にはホモセクシャル、同性愛者のことでレズとゲイを含めた概念なんだ。ここでだけどLGBまでは男であれ、女であれ自分の体を肯定してるんだよ。

「そういうことね。単なるゲイなら、それを世間に隠しながら暮らすことは出来るはず」

 そうなんだよね。政治家ならやりにくいかもしれないけど、カミングアウトする者もいるもの。だから隠れホモの噂の有名人は政治家にもいないことはない。だけど、

 ・トランスジェンダー・・・体の性と異なる心を持ち、心の性になりたい

 つまりTは自分の体を否定していることになる。性同一障害って言えばわかると思う。たとえば心が女なら自分の男の体を忌避して、恋愛対象が男になる。ゲイとはだいぶ違うのがわかるかな。

 こういう問題は関心のある人と言うか、自分が当事者になる、もしくは家族に起こらないとなかなか理解できないところがあるし、そもそも興味すら持たないものね。大道だって息子が当事者になってやっと理解できたんだと思う。

 すぐには理解できたどうかはわからないけど、跡継ぎと考えていた息子だし、大道だって頭が切れる男だから最後はすべて理解したと思ってる。だからLGBT新法にあれだけ尽力したんだと思う。あれは息子のためでもあったんだ。

 性同一障害治療もあれこれあるけど、一番重症なものに対する治療として性転換手術がある。これも技術的には男から女にする方が少し難度が低いとか。理由はあれこれあるけど、とにかくペニスの形成が難しいらしい。

「それはわかる。ちょん切って穴掘る方がラクそうや」

 だ か ら、表現をもうちょっと上品に出来ないかなぁ。今回の事件にミサキちゃんがいないのはしょうがないけど、ミサキちゃんがいないとコトリ社長は果てしなく暴走しそうで嫌だ。それはともかくその太郎だけど、

「よく見つけてきたね」
「月集殿より簡単でした」

 太郎は幸か不幸か雲を突く大男で風貌も魁偉として良い。なにしろ筋骨隆々、柔道二段の猛者。女でも格闘技好きなのがいるけど、太郎はそういうタイプだったのか、それとも親父に命じられてやってたのかの経緯は不明。

 調べようがないけど、太郎の風貌が問題になったのかもしれない。性転換手術の基本は性器の転換。男から女なら男性器を取り去って女性器にするのだけど、申し訳ないけど、それだけじゃ化物。

 だから女性ホルモン剤を使って女らしい曲線を作ったり、胸の膨らみとかも作るんだよ。後は美容形成的な話になるけど、豊胸術をやったりもあるとは思う。顔だってね、

「なるほどな。太郎の体は男らしすぎて、女らしくする手間は半端やないってことか」

 この辺はさすがに当事者になった事ないから、本当の気持ちはわからないけど、女の心を持っていたら、出来たら可愛い女の子になりたいと思っても不思議無いと思うんだ。そりゃ男性器の除去と女性器の形成は絶対だろうけど、他も目を瞑りたくないはず。

 ブラック・ジャックでも実在していたら、カネさえ積めばやってくれそうだけど、現実にいるはずもなし。そんな時に大道はどこかで聞いたんだと思う。

「ゲシュティンアンナはやっとったんか」
「断片的な情報過ぎますが、神の奇跡を見せての信者集めと、資金稼ぎのためと考えられます」

 教団の成長期、拡大期だから資金集めに必要だったはず。月刊パンスベルニア以外にも調べ上げると、奇跡の性転換があったらしいのアングラ情報はあるんだよね。もっとも怪しげ過ぎるもので、

「ある種の都市伝説扱いと見て良いかと思います」
「そうなるやろな」
「神のわたしでさえそう思うもの」

 大道も信じはしなかったかもしれないけど、藁をもすがる気持ちで訪ねたのかも。まあ、訪ねるだけなら害ないし、問題は将来の御利益じゃなく、目の前の息子の問題だから結果は自分の目で確認できるからね。

「だから太郎は行方不明になったんか」
「熊倉の例からして完全な別人になりますから、性転換後は名前も変え、大道家と関係ない人物として生きているのだと考えられます」

 おそらくこのためにもLGBT新法は必要で、内容に妥協をあれだけ許さなかったで良いはずなんだよ。

「でも太郎の秘密は守らなければならなかったか」
「ええ、手術による性転換ではないからなおさらで良いと思います。加えて神の性転換の秘密を守る約束もあったと思いますし、そこまで変わった太郎の秘密を守る意味もあったと思います」
「お蔭でコトリは月刊パンスベルニアを失ったと」

 コトリ社長、それはどうでも良いでしょうが! とにかく太郎の性同一障害問題で大道とゲシュティンアンナの間につながりが出来たはず。

「性被害者の方は」
「経緯から可能性は無いとは言えません」
「あっ、そういうことか」

 女になった太郎だけど、大道家と表向きの関係はなくなったけど、密かに連絡を取り合っていたはずなんだ。まあ、直接会って話しているのを見られても太郎と気づく人はいないだろうけどね。

 その太郎だけど、熊倉レポートでもわかるんだけど、絶世の美女になってるはず。同時に見た目通りにか弱くもなってるのも間違いない。だから襲われた可能性は残る。

「ただの襲われ方じゃなかったかもしれへんな」
「単純なレイプでも深刻な時は深刻よ」

 太郎が襲われレイプされたのかどうかは確認しようもないけど、大道が政界引退前から取り組み始めた性被害者問題への姿勢も相当なもの。大道は議員こそ引退してたけど、未だに政界への影響力は残されていると見られてるのよね。

 そりゃ、首相のクビを挿げ替えるような力は残っているとは思えないけど、取り組んでいるのが性被害者救済だから、与野党を超えて協力は得られやすいし、あえて反対する議員もいないと思うんだよ。ここでコトリ社長が、

「それやったらゲシュテインアンナの力も限界があるのかもしれん」
「コトリもやっぱりそう思うよね」

 そう考えるか。でもそうかもしれない。過去まで遡っても、ゲシュティンアンナが性転換を行った人数は年間で三人ぐらいが最高とも見れるんだよ。これは三人しかする必要がなかった、もしくは三人しか相手がいなかったとも見れるけど、

「そういうこっちゃ。三人しか出来ないと見るのが正しいかもしれへん」
「人の外側の容貌の変化はそんなにパワーはいらないけど、身長を変えるのは大変なのよ。数センチならともかく、熊倉みたいに三十センチなんて途方に暮れるぐらい。それに体の中もでしょう。考えただけでゾッとするぐらいパワーと手間がかかるもの」
「一撃みたいなもので、一回やるとチャージ期間が三か月ぐらい必要なんかもしれん」

 結論って程じゃないけど、ある時期までは女の心を持つ性同一障害者の治療を教団の資金稼ぎのためにゲシュティンアンナはやってたはず。いくら取ってたかはしらないけどね。それが大道と手を組むことによって、囚人ルートが出来てからはそっちに切り替えたんだろう。

「大道が闇の委員長だろうね」
「そっちに睨みが利くのは大道クラスじゃないと無理やろうし」

 大道が動いたかは確かめようがないけど、政府と話を付け死刑以上の刑を課すための囚人を選び、ゲシュティンアンナに送っている仕組みか。

「ゲシュティンアンナが選んでる可能性は」
「無いよ。ゲシュティンアンナが出した条件は若くて健康ぐらいじゃない。容貌なんてどうにでもなるから」
「下請けに徹して責任は闇の委員会に振ってるよ。たぶん買っているのもホンマやと思う。そうしといたら一連托生になって秘密は守られやすい」

 ここも考えようによっては複雑な気分になる。だってだよ大道が手を組む前のゲシュティンアンナの性転換は完全に人助けになるじゃない。そりゃ、ゲシュティンアンナに性転換された性同一障害者は幸せのはずだもの。

 だけど大道と手を組んでの死刑以外の刑を与えるのは影を曳くよ。わざわざやらなくても良いものじゃない。

「人から見ればそうだけど、神から見たら違うわよ」
「人の道徳と考え方がちゃうからな」

 そこが神と言えば神なんだよな。