謎のレポート(第28話)意外な手がかり

 熊倉レポートで気になることはたくさんあるけど、熊倉が生きていてアリサになれたのなら、国とのなんらかの密約を交わしてるはずんだよね。そうじゃなきゃ、拘置所の絞首台から但馬の月集殿本部に連れ出せるわけないもの。

 だからどこかで月集殿と国と言うか政府とのつながりがあるはずなんだ。だけど月集殿のファイルをハックするのは難しすぎる。そうなると公開された情報から推測していく必要がある。

 月集殿も政治とのつながりは通り一遍ぐらいにはあるのよね。政治と宗教というか、宗教の集票力というか、資金力に集る政治家はいつの時代にもウヨウヨいるし、宗教側だって、そういう政治家のお墨付を信者集めに利用するのも常套手段だもの。

 月集殿と政治家や政治団体のつながりは公表されてるデータからもかなりわかるんだ。もっとも宗教行事に参加したとか、セミナーで講演したとか、広報誌に寄稿を寄せた程度だけどね。

 虱潰しにやってはみたのだけど、これってのがあんまりいないんだよね。この辺は月集殿の集票力が、たとえば国会議員を当選させる力があるとか、巨大な資金力でブイブイ言わせるには遠いのもある。

 そのせいか、政治家たちも横並びで顔を出しておこうとか、挨拶ぐらいはしておいても損はないぐらいと見れちゃうのよね。でもさぁ、国とか政府とつながりがるって言っても、ゲシュティンアンナが首相官邸に乗り込んで直談判したはずがない。誰か仲介者が必要だし、仲介者なら国会議員しかいないはずなんだ。

 調査部も古い記事とか、SNSをチェックしてるけど、SNSのチェックはとにかく膨大。そりゃ五十年前に遡りかねないから、すべてのSNSの情報を調べ上げるのは容易じゃないもの。

 うちの調査部も膨大なネット情報の中から藁一本を探し出せる技術はあるけど、月集殿のキーワードだけで探し出すしかないと、ピックアップされた情報を直接読んで見るしかなくなっちゃうんだ。さすがに政府との密約情報なんて転がってるはずないものね。

「夢前専務、これを見て欲しいのですが」

 これは週刊誌の記事をさらに写真に撮ったものの断片ね。

「週刊誌の名前は?」
「月刊パンスペルミアです」

 それなら幻燈社が出していた超常現象を専門的に扱っていた雑誌だ。専門的というより興味本位、いやそれ以下で三年ほどで出版社ごと潰れたはず。えっと、えっと、

「四十五年ぐらい前に潰れたよね」
「さすがは夢前専務です」

 それほどでもって言うか、この手の雑誌はコトリ社長が大好きだったから覚えていただけ。よくまあ、こんな怪しげなものを購入して読んでるといつも思ってるもの。それはともかく記事の内容は、

『奇跡の性転換』

 なんだって! 性同一障害に悩む男の子の治療の話みたいだけど、月集殿の教祖が奇跡を起こしたって書いてあるじゃない。

「関連情報は?」
「誰が治療されたかの特定は無理でしたが、この記事が掲載された三か月後に月刊パンスベルニアを発刊していた幻燈社は倒産しています」

 それだけじゃ、

「倒産の原因は」
「表向きは破産ですが・・・」

 出版社の経営状態は良くなかったのは間違いなかったそうだけど、直接の原因はメインバンクの急な資金引き上げらしい。これも良くあるけど、

「メインバンクは菜の花信金なのですが、ここに圧力がかかった噂が残されています」
「誰の?」
「大道正剛らしいとなっています」

 はぁ、あの大道正剛だって。大道正剛は与党の超が付く大物。当時の大道派も率いていたけど、とにかく政局になると巧みに動き、必ず新政権樹立の功労者になっていたので有名。これもあくまでも水面下の動きで、マスコミが付けたあだ名が、

『影のキングメーカー』

 これは別にキングメーカーと呼ばれた三階松拓郎がいたからだけど、三階松より政治力は上とされたのよね。三階松だってヌエと呼ばれるぐらいの底知れない実力者だったけど大道となると、

『四階松』

 こうとさえ呼ぶのもいた。三階松のさらに裏にいて操っているイメージかな。ココロは三階のさらに上の四階ぐらい。とにかく政局の裏の裏に大道ありとされ、大道の動向は常に注目されていた。あの頃の首相や首相候補は大道の機嫌を取るのに懸命だったと思う。

 大道の政治力の象徴とされているのが青野の変。当時の芝池首相はスキャンダルと経済不況を追及されて青息吐息状態だった。野党も盛り上がっていたけど、それ以上に色めき立ったのが与党の有力者。そりゃ、総理の椅子が見えてるから。

 合従連衡の裏工作が花咲いたんだけど、大きな政局となったのが野党が出した定番の内閣不信任案。これに非主流派の青野派が便乗するって動きが出たんだ。当時の与野党のバランスからして青野派が裏切れば内閣不信任案が成立してしまうんだよね。

 当時の青野は内閣不信任案で総選挙に持ち込み、青野新党で政治改革を断行すると大見えを切って国民の喝采を受けてる状態で、会期末に向かって政治はどうなるかで大揺れ状態になっていた。

 だが結果は青野に無残だった。青野派は強烈な切り崩し工作にボロボロになり、内閣不信任案に賛成したのも青野一人だけ。青野派は消滅状態になり、青野は党議拘束違反を問われて与党を除名されてしまっている。

 その青野の切り崩しの指揮を執ったのが大道とされている。大道の追い打ちはさらにがあって、次の総選挙で青野は落選。政界から寂しく姿を消している。この青野の変で大道の政治力の大きさ、大道に逆らう事の恐ろしを知らしめたんだよ。


 だけど大道を単なる権力指向の政治家と見るのは単純すぎると思う。大道は総務会長、政調会長こそ歴任してるけど閣僚歴はなし。噂によるとポストの話が大道派に回ってくると、大臣ポストならすべて部下に譲ったとか。

 だから大道派の大道への求心力は高かったらしい。もちろん、それだけじゃなく力の源泉である資金力も豊富。政治資金集めについては噂こそあったけどスキャンダルとは無縁で、大道個人を知る人からは人情派と呼ばれるぐらい人望は厚かったとされてる。

 これだけじゃ、大道の評価は変わらないだろうけど、大道が政治家としてライフワークとしたものに少数者の権利保護があるんだよ。これに対しての大道の評価は非常に高いんだよ。いや、飛び抜けているとして良いと思う。

 代表的なのはLGBT新法。これは今でも世界のLGBT法のお手本とされてるぐらい先進的で画期的なものなんだ。だけど難産なんてものじゃなかった。今だってそうだけど、当時はなおさらLGBTへの偏見が強かったのよ。

 それとだけ政治家が興味を持つのはぶっちゃけ利権が絡むもの。カネの臭いに釣られて、なんとか自分のところに利権を引っ張りこもうとするぐらい。だけどLGBT新法なんて利権もクソもない代物。

 LGBT新法が可決されたのは、大道ほどの実力者が推進してくれたからとして良い。内容もそうで、異論、反論が嵐のように渦巻いたけど、大道があれほど尽力したから、あれだけ妥協の無いほぼ原案通りの法案が可決されたとして良いと思う。

 この法案が出来たおかげでLGBT者は大道に足を向けて寝られないとまで言われてたし、今だってLGBT新法の話が出るたびに大道の名前は出るし、関係団体は挨拶とかで大道の名前を必ず出すとか言われてるぐらい。

 他にも大道が取り組んだものとして知られているものに犯罪被害者対策もあるかな。とくに性被害者救済に対して熱心で、与党の議員定年に従って政界引退後も関わり続けてるはず。

「月集殿との関係は」
「それがどう探してもありません」

 いやある。絶対にある。LGBTにしろ、性被害者救済にしろ月集殿問題にこれだけ近いじゃない。どこかにヒントがあるはず。うんと、うんと、政界引退後だけど選挙地盤を息子とかに継がせなかったんだ。

「大道正剛の息子は」
「太郎ですが、どうなっているかは不明です」

 名前が太郎だって。ここは絶対怪しいぞ。政治家は息子に選挙の時に覚えやすい名前を付けるんだよ。ポピュラーなのが一郎とか、太郎よ。だから二世とか三世議員にはやたらと太郎とか、一郎が多いのはそのせい。

 だから大道正剛は選挙地盤を息子に継がせようとしていたはずなんだ。でも継がせていない、もちろんだけど息子が成長して政治の世界を嫌うのもある。だけど不明というのは気になるな。

「生きてるの」
「それも不明で、完全に行方不明です」

 大道正剛の息子の生死さえわからないとは、

「最後の消息は」
「高校に在籍した記録で、卒業は四十四年前になります」

 生きてれば六十二歳か。生きてると言えば大道正剛も生きてるけどね。もう九十歳近いはずだけど達者だねぇ。

「ありがとう」

 四十五年前と言えば大道正剛も四十代半ばで元気いっぱいだし、あの頃の大道の政治力なら菜の花信金ぐらいはどうとでも左右できるのはわかる。ここでポイントは何故にマイナーな月刊パンスベルニアを廃刊に追い込んだのか・・・

 ・・・つながったはず。証拠はないけど、つながっているはず。とくに性被害者救済に深く関与しているのが大きいよ。こういうことは大道クラスの実力者じゃないと絶対に無理。他の表向きで関係している議員じゃ雑魚ばかりだもの。

 状況証拠ばっかりだから、人の事件調査としては不十分も良いところだけど、これは神に関わる女神の仕事。神相手、それもあんだけゴチゴチの月集殿セキュリティ相手じゃこれ以上は無理。そうこれだけで判断するのが女神の仕事だよ。