純情ラプソディ:第44話 かるた道

 大学選手権でジャイアント斎藤になにがあったかを達也にゆっくり聞いてみた。試合中は集中してるから余所見なんて殆どできないもの。

「あの席割って如月さんの希望だったんだよね」

 たいした希望じゃなかったけど、新星学園戦の時に左端にして欲しいだった。そこにはこだわりなかったから、その通りにしたけど。

「その時に如月さんに頼まれたのだけど、如月さんの左側に人を近づけないようにして欲しいって」

 えらい神経質だな。

「あの時の左端って、右手で払えば左に札が飛ぶじゃないか」
「でも右側の札は右に払うから関係ないよ」
「そうなんだけど、如月さんはすべて左に払っていた」

 どういうこと。右翼の札は取らなかったってこと?

「そんなことはない。あの事件が起こる前はすべて如月さんが取った」

 ぜ、全部だって。相手はド素人じゃなくてジャイアント斎藤だし、少なくとも十五枚以上はあったはず。

「押え手とか、突き手だったの」
「いや、全部払った」

 なんとだよ、カスミンは右翼の札までわざわざ左に払ったと言うんだよ。

「凄まじい速さで、ボクには手の動きが見えなかった」

 それこそ決まり字が出たか出ないかの瞬間に札は払われ、壁に突き刺さっていた・・・そんなバカなことが。

「札が障子を破るのはあるけど、壁なんかに突き刺さらないよ」
「まあそうなんだけど、あれが勧学館で土の壁だったら刺さっていたと思うぐらい」

 言われてみれば試合中に、

『カン』

 てな音がしてなんかドヨメキがあったけど、あれはカスミンの凄まじい払い手に反応したものだったのか。というか、カスミンは柔道場の端っこに座ってたけど、あそこから壁まで何メートルあるのよ。そこまで払って、なおかつあの音ってどんな状態だったのだろう。

「ジャイアント・スタンプは」
「まるで通用しなかった」

 ダンプ突き手にしろ、ジャイアント・スタンプしろ炸裂するころには、もうカスミンは立ち上がって札を拾いに行きかけたぐらいだって言うから驚いた。反応速度もスピードも桁違いなんてものじゃない。これじゃ、高段者と初心者ぐらいの差があるよ。

「 最期のところは」
「推測も入るけど・・・」

 ジャイアント斎藤は一発逆転を懸けてチャージをかけたのじゃないとしてた。その時の出札はおそらくカスミンの上段。というか、ある時点からそれ一枚に集中して罠をかけたぐらいかもしれないって、

「それって、カスミンが必ず払いに来るから」
「そこを狙って自陣からのダンプだ」

 そんなことをすればお手付きになるのだけど、カスミンの手を潰せば勝てるぐらいだろうって。なんて汚い手を思いついて使うんだよ。それはカルタじゃない。カルタじゃなくとも競技でもスポーツでも試合でもない。人が行ってはならない一線を越えてるよ。

「どうなったの」
「ボクが見たのは出札を払って立ち上がった如月さんと、指を押さえて痛みに苦しむ斎藤だった」

 ジャイアント斎藤の怪我は指と指の間が裂けたらしい。あいつらの突き手は指を広げて、少しでも広範囲の札を道連れにするのだけど、

「ボクも後から気づいたのだけど、如月さんと斎藤の境界線って、畳の間になってたんだよ。それだけじゃなく、少しだけど段差が出来ていた。斎藤が札を突いた時に、札が畳の段差にに引っかかったで良さそうなんだ。それも立っている状態だったとしか考えられない」
「まさかそれがジャイアント斎藤の指の間に突き刺さったとか」

 なんとなく状況は想像できたけど、札が畳に引っかかった程度でそこまでの怪我になるだろうか。これは後から聞いた話だけど、相当深く切れたと言うか、裂けたみたいなんだよ。だからあれだけ血が流れたのはわかるにしても、たかがカルタの札だよ。

「ヒロコの言いたいことはわかるけど、現実に起こっているのは間違いないもの」

 カスミンに関しては、先に札を払っているし、ジャイアント斎藤がダンプで渾身のラッシュをかけた時には、もう立ち上がりかけてるから完全に無関係になってるんだよね。そうジャイアント斎藤の完全な自爆。


 大学選手権の後にジャイアント斎藤の自爆ダンプは、カルタ協会の中でも重大な問題として取り上げられていた。問題はカスミンとの一戦だけではなく、それまでの試合の負傷者の多さも合わせてのものだったで良さそう。ヒロコは、かるた協会の布告しか知らないけど、

『かるた道に反する』

 こう認定されたとなっている。カルタは礼を重んじる競技で、競技者の品位を尊重する競技なんだよね。たとえば対戦中の取り札やお手付きの判定も、競技者同士の信用と信頼に委ねられてるぐらい。

 だから審判を呼んでまで判定を求める行為でさえ例外と言うか、異例なものとされてるぐらい。この辺は微妙なプレイの判定にビデオを用いたりするのとは対極の方向性として良いと思う。

 だからかもしれないけど、競技規則もかなりルーズなところがある。これも競技によっては細かいところまで定められ、その細かい規則の穴を探したり、解釈をあれこれ論じ立てるのとも逆方向の姿勢かな。

 暗黙のルールというか、紳士淑女ルールみたいな不文律のマナー規定があり、それを守る者のみが競技者として認められるとすれば良いかもしれない。ダンプ突き手も、ジャイアント・スタンプも規則の上では合法だけど、それを行使することでカルタの品位が崩れるとなれば違法行為になるぐらいで良いと思う。

 カルタはそのスピード故に偶発的な怪我の発生は認めているけど、怪我させるのを目的とするプレイはもはやカルタではないとされたのが、かるた道違反であり、この処分は全日本かるた協会からの追放になる。梅園先輩は、

「突き手は問題ないのだよ。ダンプ突き手もそう。問題なのは明らかに相手の負傷を狙ったものであること。玲香もここまでになるまでに制止したかったのだろうけど、追放まで行っちゃったね。それにしても誰が動いたのか」

 かるた協会が新星教の影響があったのは城ケ崎クイーンも言ってたけど、今回の処分と同時に、カルタ協会の幹部連中が会長も含めて一斉に辞職しちゃったのだよ。そいつらは梅園先輩に言わせると新星教の息のかかった連中らしいけど。

「玲香も赤星名人経由で耳に挟んだ程度だそうだけど、信じられないような大物が、かるた協会に関与したって」
「政治家とかですか」
「そんなものじゃないらしい」

 マンガの中の日本のドンとか。

「玲香は近いかもって。その人物は自らの正義を貫き、どんな相手であっても正しいと信じる道を突き進むんだって」
「どんな相手って、国家権力相手でもですか?」
「らしいよ。とにかく逆らった者の末路は悲惨だって」

 こりゃ、日本どころじゃなく世界のドンだ。

「でも滅多なことでは他所の事には口出しすることはないらしいのよ。だから玲香も、たかがカルタにそこまで介入したのか意味がわからないってさ。だから、この話も眉唾じゃないかってしてた」

 ヒロコはそれ以前に世界のドンみたいなものがいる方が眉唾だと思うもの。真相は不明にしても、カルタの世界が良くなったから結果オーライよ。