純情ラプソディ:第28話 女のための護身術

 ここで雛野先輩が、

「ムイムイも知ってると思うけど、松菱会は波涛館空手の流れだよ」

 雛野先輩が空手に詳しいのが意外だ。でも女にも隠れ格闘技ファンが多いものね。まあ強い男に魅かれる女は多いし、エヘヘ、ヒロコだって粗暴な男は嫌いだけど、優しくて強い男は好きだもの。

 雛野先輩によると波涛館空手も実戦空手だけど、有名な極真会空手とはまた別の流れだそう。極真会空手よりもさらに実戦的とかで空手界では異端とされてるしいけど、

「ここは誤解しないでね。波涛館空手がカルタやってるのじゃないの。波涛館空手を覚えた人が、空手技をカルタに持ち込んだ関係よ。だから波涛館空手自体はカルタとは無関係だよ」

 だよね。いくらカルタが畳の上の格闘技と呼ばれても、空手が修行の一環でカルタに取り組んだなんて話は聞いたことないもんね。それぐらい別種の競技だと思うもの。だったら、どうしてカルタに空手の要素なんかを取り入れたんだろう。

「それは関係が逆で、カルタをやってた人が空手を学んだよ」

 なるほど! そっちならありか。その人が松菱会カルタを作るのだけど、その人はカルタの才能はイマイチだったそうで、あるカルタ試合の時に咄嗟の反応だと言われてるけど、相手の腕を傷めちゃったみたいなんだ。

「まさか、それで味を占めて」
「そうだと言われてる」

 元が空手技だから松菱会カルタの払い手も突き手も凶器みたいになったのか。そしたら雛野先輩は、

「ヒロコ、波涛館空手が乱暴だって誤解しないでね。松菱会カルタを作った親玉は破門されてるんだから。あれは空手の悪用だって」

 ここから雛野先輩の蘊蓄を聞かされる事になった。波涛館空手の創始者である浅尾文太は小柄な人だったらしい。身長とか体重を聞いているとヒロコと変わらないぐらいだもの。そりゃ、現代と当時では体格差はあるけど、当時的にも小男なのは間違いない。

 小男が大男に勝つには半端な鍛錬じゃ勝てないものね。だからどの格闘技でも体重で細かくクラス分けしてるし、一番強いのはもっとも体重が重いクラスなのも常識だよね。それぐらいのハンディが小男と大男の間に確実にあるもの。

 純粋のパワー勝負では敵わないと考えた浅尾文太は力だけに頼らない技の研究に没頭したそう。空手って殴ったり蹴ったりの立ち技が中心だけど、波涛館空手では柔術とかも取り込んで投げ技や寝技も強いのが特徴だって。

「突き手の時に手のひらを開くのも波涛館空手の流れを汲んでる証拠の一つよ」

 波涛館空手では貫き手も重視しているそう。聞くと身の毛もよだちそうな貫き手で、肋骨の間に指を根元まで突き刺した上で握って折ると言うんだよ。それだけじゃなく人体のどこに、どの程度突き刺せば相手に有効なダメージを与えるかの研究もしてるって言うのよね。

「中国医術を取り入れたのだろうね。中には試合中のダメージだけでなく、何週間とか、何か月後にジワジワ効いてくるものだってあるのよ」

 昔の格闘技マンガであった話だ。ツボじゃなかった秘孔を突いたら、相手の体が粉々に吹っ飛ぶとか。

「あれはさすがにマンガだけど、単なる貫き手じゃなく、それが少しでも有効になるような研究も重ねているのが波涛館空手」

 この貫き手の鍛錬も凄まじいもので、釘を詰め込んだ箱の中に貫き手を繰り返すって言うのよ。そうやって鍛え上げた指で、相手がどんな筋肉の鎧を覆っていようが貫いたって言うから怖すぎる。

 創始者の浅尾文太はその実力を確認するために幾多の他流試合を行ったそうだけど、一度も負けなかったそう。

「負けてないだけじゃない、負けた相手は凄惨な事になっていた」

 波涛館空手のもう一つの特徴は急所攻撃を禁じ手していないどころか、積極的に使っていたのもあるそう。それって卑怯じゃないの、

「違うよ。波涛館空手はゴチゴチの実戦空手なの。これは他の実戦を謳う空手の目標が試合なのに対して、波涛館空手は本当の実戦しか目標にしてないからだよ」

 実戦空手を謳っても試合となると禁じられる技が出てくる。なんでもOKなら殺し合いになるからで良いと思う。そうなると試合が目標だから禁じ手は練習しなくなるし、禁じ手へのディフェンスも甘くなるって言うけど殺伐としてるね。

「だから今の波涛館空手は他流試合はしない。波涛館空手に取って他流試合とは生死を懸けた果し合いだから。でもね女性の護身術として人気はあるのよ」

 この辺はパワーに必ずしも頼らないところあるからだそう。

「ヒナは波涛館空手こそ真の護身術と思ってるよ」

 ここも補足されたけど、そこまで強烈な技を駆使する波涛館空手でもあくまでも武道であり、身を守る術として教えられるそう。だから松菱会カルタに技を流用した人は破門になっているぐらい。

 強烈な技を鍛えるのも、あくまでもそれを使わざるを得ない時のためで、他人より強いからと言って、それを悪用したり、ましてや誰かを傷つけるのは厳重に禁じられているで良いみたい。

「そうだよ、波涛館空手でも最高の技は戦わずに逃げ去ること。どうしても逃げ場がなく、やむなく身を守るために戦わざるを得ない時のみのためとされてるよ」

 波涛館空手が護身術に向いてそうなのはなんとなくわかるけど、他の護身術との差がわかりにくいよね。

「じゃあね。たとえば暴漢、それもただの暴漢じゃなくレイプ魔に襲われたとするじゃない。女なら絶対にあり得ないと言えないでしょ」

 嫌だけど世の中にはそんなのがいるのは間違いない。

「よくある素人向けの護身術で、後ろから抱き付かれた時に身を沈めて振り解いたりするのがあるけど、あれじゃレイプ魔に全然効果はないのよ」

 つうか、ヒロコも見たことあるけど、そもそも出来るかどうか自信がない。

「そこは練習次第。見ただけで出来れば誰も苦労しないってこと。本当の問題は振り解いた後なのよ。ヒロコならどうする」

 えっと、えっと、走って逃げる。

「女の足よ。追いつかれるに決まってるんじゃない。大声を挙げたってレイプ魔が人通りのあるような場所で襲うものか」

 言われてみればそうだ。そうなると追いつかれて二回戦になっちゃうのか。

「そうなれば終わりだよ。レイプ魔だって暴れまわる女を抑え込んで犯せる腕力に自信があるから襲ってるからね。まともに向き合えば勝てるわけがない」

 だったら、だったら、

「チャンスがあるとしたら最初に襲われた時のみ。女だと思って見くびり、油断している時よ」

 肘鉄を喰らわすのは護身術講座で見たけど。

「たとえばだけど後ろから抱き付かれたとするじゃない。これを振り解く方法はあるのはあるのよ。初心者向けの講座に出てる奴とか。レイプ魔相手の護身術なら、その後が肝心なの。先手を取った時点での次の攻撃がすべてが懸かっている」

 殴るとか、蹴るとか、やっぱり肘鉄。

「そうなんだけど、そんなもので相手を倒せるようになるには半端ない修業がいるじゃない。修業したって相手が格闘技を学んだことのある大男だったりしたら通用しない可能性だってあるよ」

 男と女の体格差は絶対にあるものね。男同士だって軽量級のパンチじゃ重量級に通用しない事もあるぐらいだって言うもの。襲われた時の油断を衝いて先手を取れたとしても、そのままでは反撃を喰らってしまいそう。

「レイプ魔をあきらめさせるダメージを与えないといけない。それには殺してしまうのが最善、それが無理なら昏倒させるぐらい。追いかけられないように足をへし折っても有効かな」

 そんなものが出来るぐらいなら、

「その通り。女の細腕では難しい。だから女の力でも可能な攻撃。目の玉を叩き潰すか、キンタマを粉砕すれば逃げれると思う。それなら女でも可能だから急所と言うのよ」

 それは過剰防衛。

「なに言ってるのよ。負けたら女はどうなるか考えてごらん。好き放題に犯されまくるのよ。そこまで女のすべてを懸けた戦いにキンタマぐらいの代償はタダみたいなものよ」

 そうだった。負けたら礼をして終わる試合じゃなくて、負けたら女は犯されるんだ。それも力づくで無理やりでだよ。

「目玉やキンタマを潰す時に重要なのは、咄嗟の時にそれが出来る修業が必要なのよ。躊躇ったら犯されちゃう女の瀬戸際だからね。それを教えてくれるのが波涛館空手だよ」

 言いたいことはわかるけど、だからと言ってキンタマを三回も叫ぶな。ここには女だけじゃなく男性会員もいるのだぞ。それにしても猥談じゃなく、これだけガチでレイプ魔対策を雛野先輩が力説したのにビックリした。


 波涛館空手の急所攻撃の話はこれぐらいにしとく。さてだけどあの突き手は新星学園大が先鞭をつけたのだけど、戦法としての有効性を認め取り入れているところも出ているんだって。

「増えるのやだね。他ってどこなの」
「積極的なのは東興大」

 そこの坂田兄弟もダンプ式の突き手を駆使するとか。新星学園や東興大の他の選手もダンプ突き手を使うそうだけど、城ケ崎クイーンの話では、新星学園の三羽烏と東興大の坂田兄弟が要注意で良さそう。

「この先はわからないけど、今のところは強力な突き手だけにしてるから、かるた協会も静観かな。他に動かない理由は知ってるでしょ」

 それから四方山の話があったけど、

「倉科さん、あなたの腕の動きには無駄が多いよ。あれが無ければ、もう少し取れたはず。ムイムイの指導じゃ、しょうがないけどね」
「何を言うか。ムイムイに負け越してるクセに」
「あんな動きだからサウスポーを苦手にして全国に行けなかったじゃない」
「来年のクイーン戦、首を洗って待ってなさい」
「来るなら来てみろ」

 仲は本当に良いみたい。今日だってわざわざ寄り道して会いに来てくれてるし、ヒロコや雛野先輩と試合をしてくれてるものね。食事だって梅園先輩は大急ぎで達也に手配させただけではなく、ATMに行っておカネを下ろして来てるもの。

「当たり前でしょ、クイーンに指導してもらったのだから」

 昔話にも花が咲いてたものね。ライバルであり親友でありって感じかな。そしたら口々に、

「誰がムイムイと」
「選りもよって玲香と」

 最後は口をそろえて、

「仲が良いわけないでしょ」

 惚れ惚れするような見事なハーモニーだ。