純情ラプソディ:第24話 札幌杯

 カスミンをカルタ会に連れて行くのは渋られた。でもなんとか引き釣り込むように連れ込んだんだ。こりゃ、梅園先輩が説得しても無理としか思えなかったけど、それはヒロコの責任じゃないよ。

 カスミンが部屋に入ったら、片岡君は目をシロクロさせてた。気持ちは女のヒロコでもわかる。最近のカスミンの美しさは人を超えて女神とか天使状態だよ。ヒロコにも何がどうなってるのかさっぱりわからない。

 しばらく先輩たちと相談してたけど、カスミンはなんと入会となったんだ。梅園先輩はどんなマジックを使ったかと思ったんだけど、何のことはない条件を丸のみしただけだった。要するに団体戦の時だけ参加するってこと。

「飲み会要員ですか」
「まだ成人していないから飲む気はないって」

 ちょっと耳が痛い。ヒロコもコンパに行くけど飲んでないよ。だってまだ十九歳じゃない。お酒は二十歳からって決まってるもの。社会のルールはちゃんと守らなきゃ。シャンパンも上品で悪くないけど、やっぱりビールが一番だなんて考えたことも無いぐらい。
 だって飲んだこと無いから、較べようがないじゃない。カスミンが飲まないのはやはり愛育園の寮住まいだからと思うな。あの寮は立派だけど、さすがに規則は厳しそうだもの。酔って帰ったりすると大変なことになるに違いない。もちろんヒロコも生まれてから一滴も飲んだこと無い。はあ、はあ、はあ、お酒の話はこれぐらいにしておく。

「ヒロコ、王冠戦の副賞は今年から準優勝にも出るって知ってた」
「ホントですか。ひょっとして準優勝でも一年分」
「半年分らしいよ」

 勝つ、石に囓りついても勝ってやる。半年分ということは、三五〇ミリの缶ビールでドドンと百八十本かな。

「あれはケースでくれるはずだから、一位で十五ケース、二位で七ケースだと思うよ」
「どうやって持って帰るのですか?」
「宅配だよ」

 王冠戦の気前の良いところはチームへの副賞ではなく、チームの出場選手一人ずつにもらえる事。それだけあればビール三昧できるじゃない。

「でもヒロコは未成年だから無用の長物だよね。もらってあげようか」
「来年の誕生日がくればお祝いに飲みます」
「そこまで残ってればね」

 う~ん、自信がない。ヒロコが飲むのじゃないよ。お母ちゃんが飲んじゃうかもしれないだけだよ。ここは絶対に誤解しないでね。

「そうそう。新しい団体戦の応募もあったね」
「札幌杯でしょ。あれはかなりどころでないリッチな企画みたいだね」

 というのも、大昔にヒットしたカルタ映画のリメイク版が作られてるのよね。これも完全なリメイク版と言うより広い意味の続編みたいな感じ。旧作は高校が舞台だったけど、進学して大学カルタになり、さらにクイーンを目指すぐらいの話で良さそう。

 製作中から話題になってる。今が旬のアイドルがずらっと競演だものね。ヒロコも公開されたら見に行きたいぐらい。これに連動して、かつてのカルタブームが再燃するのじゃないかと言われてるのよ。

 全日本かるた協会もそれを期待して全面協力の姿勢になっていて、所属するカルタ会にも協力要請のお知らせが舞い込んだぐらい。やっぱり裾野を広げたいよね。その映画の有力スポンサーが、

「男は黙ってサッポロビール」
「なんですかそれ」
「あら、知らないの」

 知らないよ。それはともかく、そのビール会社が主催の大学対抗団体戦が開かれるで良さそう。

「映画撮影のためで良さそうよ。本物のカルタ選手による本気の大会の雰囲気が欲しいぐらいだと思うよ。なんてったって鳥山監督作品だからね」

 これはかなりの大物監督として良いのじゃない。だからかもしれないけど、今年限りの可能性も十分にあるそう。そうだそうだ、ビール会社が主催なら。

「当然よ。副賞はビール以外に考えられないじゃない」

 リボンシトロンもあるけど、やっぱりビールよね。

「なにが魅力的かって、舞台は札幌なんだ」

 札幌行きたい。でも遠いよね。電車で行けるような距離じゃないから飛行機が必要だし、いくらLCCでも片道二万円ぐらいは必要だもの。それに日帰りは無理だから宿泊もいるとなると・・・ヒロコには無理だな。

「だからリッチな企画だって言ったじゃない。旅費も宿泊費も出るんだよ」
「やったぁ、アゴアシ付きだ」

 会場も札幌グランドホテルってなってるけど、

「札幌一の老舗ホテルで、リッチでゴージャス。さらにそこに泊まるのよ」

 ふえぇぇ。ちょっと話がわき道にそれるけど、カルタの大会って武道場で開かれることが多いんだ。これはカルタが畳の上の格闘技だからって武道に含まれている訳じゃなく、もっと現実的な理由。

 カルタって百人一首の札があれば出来そうなものだけど、それ以外にどうしても必要なものがある。とくに公式の大会なら畳が絶対必要。これも家でやるのならともかく、何百人も集まる大会になると、広い会場だけではなく必要な畳の枚数も半端ないのよね。

 その点、武道場なら柔道や空手の大会も開かれるから畳の備えがあるのよね。でもあれだって、カルタ競技者にとってはちょっと不満がある。

 武道場では耐久性や管理も考えてスタイロ畳のところが多いのよね。スタイロ畳とは畳床に藁の代わりに発砲フォームを使ったものだけど、それはまだイイの。問題は畳表。スタイロ畳でもイ草なら良いけど、合成樹脂に型押ししたものもあるんだよ。そこまでになるとまるでビニールの上でやってる感じになるのよね。

 実用上は困らないけど、やはり公式戦なら畳表ぐらいはイ草が良いし、できれば畳床も藁の方が嬉しいもの。でもそこまで完備しているのは近江神宮の勧学館ぐらいかな。ここは高校カルタ選手権でなく、名人戦やクイーン戦の舞台にもなるカルタの聖地みたいなところ。

 カルタ専用の施設じゃないけど、カルタの大会に便利なように作られてる。大広間も床の間に向かって横一列に敷いてあるぐらいだもの。これをどうやって使うかだけど、畳縁を両陣の境界線として対戦することもあるんだよ。

 これも両陣の間は三センチが規定だけど、畳目に合わせる場合は三目を原則とするってのがある。畳目は一・五センチぐらいだから四・五センチでもOKなんだ。畳縁は三センチだから両陣の間隔は六センチになるけど、これでもOKの慣例になってる。カルタの規定は細かそうだけど、実情に合わせて柔軟性が高いんだよね。

「もちろん参加しますよね」
「あったりまえよ。でもね・・・」

 さすがに応募すればどこでも出場できるわけではなかった。そりゃ、そうよね。参加できるのは予算と撮影の都合らしいけど八校だって。

「どうやって決めるのですか」
「全日本かるた大学選手権のベスト・エイトだよ」

 去年はベスト十六で敗退してるやつ。去年だったらあの時点で札幌旅行の夢が断たれていたことになる。今年はなんとしてもベスト・エイトに入ってやるぞ。ヒロコにはジャガイモとトウモロコシが待っている。

「どうでも良いけど、毛ガニとジンギスカンと言えないの」