純情ラプソディ:第29話 ものや思ふと人の問ふまで

 今夜は片岡の下宿に遊びに来た。片岡と初めて会ったのは中学の塾の時。とにかく優秀な奴だった。そうそうカルタの手解きをしてもらったのも片岡からだ。自慢じゃないが一度も片岡に勝ったことが無い。そりゃ、A級五段だからな。

 片岡とボクのキャラはかなり違う。ボクが陽性のお調子者なら、片岡は物静かな優等生ぐらいだ。それでも不思議と気が合った。カルタ会に入る時にも、嫌がりながらも付き合ってくれたぐらいだ。

 基本はクールと言うか、ポーカーフェースのところがあるが、良い奴であるのは間違いない。高校の時に告白の後押しをしてくれたのも片岡だし、倉科さんの時にも世話になった。でもそれを世話したとして押しつけがましいところが無いのも片岡の良いところだ。ボクが一番信用している友だちだ。

「よく来たな。なんにもないが、ゆっくりしていってくれ」

 部屋は2Kぐらいの広さだが良く片付いている。この辺も性格だろうな。どこか几帳面なところがあると思っている。夕食は割り勘で宅配ピザにした。ちょっと贅沢だが、片岡の手料理をご馳走してもらうのも気が引ける。

 そうそう片岡は料理も得意だ。下宿してるから自炊は当然と思うが、とにかく凝り性のところがあって、台所にずらりと並んだ調理器具とか、調味料はレストランでもやるつもりかと思ったぐらいだ。

「倉科さんとは順調か?」
「もちろんだ」

 今は告白の返事待ちだ。だが確実に倉科さんとの距離は縮まって来ている実感がある。

「だと思うぞ。あの時から驚くほど綺麗になったからな。あれは恋する女だからとしか考えられないじゃないか」
「ああ、あれには驚いた。女ってあんなに変われるんだな」

 その前だって可愛かったんだ。それは誤解ないようにしておく。見るからに健気で、思いやりがあるところにボクは惚れたんだ。それが見違えるように綺麗になって戸惑うぐらいだ。

「惜しかったんじゃないか」
「早瀬の大事な彼女に手を出さないよ」
「渡す気もないがな」

 片岡はモテる。悔しいぐらいにモテる。まあわからないでもない。片岡はカルタもやっていたが、中学高校とバレー部でも活躍していた。つまりは二足のワラジを履いていたってことだ。

 片岡に言わせるとバレー部は弱小だったからと言うが、運動部と文化部を両立させるだけで驚きだよ。カルタなんてA級五段だぞ。その上で成績優秀で渋めのイケメンと来たら女が放っておかないよ。

 ついでに言えば実家は・・・これは置いとこう。お互いさまで苦労した部分があるからな。高校時代も彼女がいたことを知っている。それも一人や二人じゃない。だからプレイボーイの側面があるかと思っていた時期もあったが、

「早瀬から見ればそうなるか」
「もてない男の僻みだよ」

 たしかに付き合った女の数は片手ぐらいはいそうだが内実は違う。片岡は迫られればすべてOKにしていただけだったのだ。まあ、そういう経験のないボクには羨ましすぎる話だが、

「あれか。そりゃ、断ったら可哀想じゃないか」

 片岡の彼女をすべて知っているわけではないが、言ったら悪いがコイツが彼女かと思うのはいた。だが広い意味での遊びじゃなかった。付き合ったからにはちゃんとしてたで良さそうだ。ちゃんとは変な言い方だが、相手を喜ばしていたぐらいの意味だ。

「でも長続きしてないよな」
「どうしてもな」

 ここも誤解を招かないようにしておくが、二股、三股をかけたりはしていないはず。それに片岡も白状しないが深い関係まで進んでいた女もいたはずだ。それでも長くて半年どころか、三か月ぐらいのはずだ。

「しょせんは高校生の恋だよ。それだけのお話」

 そんな片岡だが、不思議なのは大学に入ってから女の噂を聞かない点だ。この部屋だってそうだ、ボクの目から見ても女の気配をまったく感じない。もう女には飽きたとか、

「おいおい、まだ十九だぞ。女に飽きてホモに走るには早すぎるぞ」
「片岡ならホモでも、もてそうだが」
「堪忍してくれよ。そっちの趣味はないよ」

 あったら襲われるか。それはともかく、

「成り行きでカルタ会のマネージャー役になってるが、最近の片岡はおかしいぞ」
「梅園先輩に頼まれたな」

 察しが良いな。片岡のカルタは不調だ。それはボクの目から見ても明らかだ、

「誰だって好不調の波はある」
「それにしてもだぞ」

 梅園先輩だけでなく雛野先輩も心配していて、原因があれば聞き出して欲しいと頼まれている。次の団体戦は三月の職域学生大会だから気になるのはわかる。

「病気じゃないよな」
「勝手に病気にするな。見ての通りピンピンしてるぞ」

 ボクにもそうしか見えないが、

「悩みごとか」
「それは無いとは言えないかもな」

 ほぅ、片岡でも悩むのか。

「当たり前だ。ボクはロボットじゃないからな」
「じゃあ、女か」
「お前と違って不自由してない」

 それを言うか。そこからしばらく四方山の話があったのだが、片岡には悩みがあり、それが女であるらしい感触は強かった。正面から切り込んでも白状しそうになかったので、

「ところで片岡の好みの女ってどんな感じだ」
「ああ、それか・・・」

 片岡が言うには、何人かと付き合ってみて自分の好みが見えてきたとしてる。ボクに言わせれば贅沢だし、羨ましい限りだ。

「片岡が選び抜くからには超がつく美人だな」
「美人は嫌いじゃないが、なんと言うか、外から見た評価は二の次じゃないかと考えてる。格好良く言えば内面の評価かな」
「じゃあ、ブスを選ぶのか」
「二分法で単純化するな」

 片岡の見方は面白い。美人が性悪で、ブスが性格美人とするのは一面的に見過ぎているとした。まず人は自分の容姿がどうしたって気になる。ブスであっても容姿への思いが屈折しすぎると性悪になるとした。

 容姿へのこだわりは誰にだってあるにしろ、何事もそうだがこだわりすぎると良くないとした。美人であっても、その美しさが自分に自信を与えるレベルに留まれば性格美人になりうるぐらいだ。

「美人であることは、自信につながり、自信が心に余裕を持たせる。過剰な自信を持った女が性悪になるぐらいだ」

 それは実感としてわかるところがある。倉科さんの性格は良いし、いわゆるブスだって性格の悪いのがいるのは知っている。ブスで性格の良いのは、容姿で劣る部分を自覚し、容姿以外の魅力を磨くのに努力したものぐらいかな。これは男もそうだろう。

 片岡も説明しにくそうだったが、自分に自信が持てないと心に余裕がなくなるぐらいを言いたいようだ。容姿にしても、それにあまりにこだわると、美人にしろブスにしろ心がいじけるぐらいかな。わかる部分もあるが、

「早瀬も自覚したから良くなったと思うぞ」
「うるさいわ」

 容姿は二の次とまで言わないが、性格をかなり重視して選んだのがわかるが、これでは雲をつかむような話だな。そういう点では倉科さんはレンジのはずだが、片岡が略奪愛をするタイプとは思えない。

「そんな女が見つかったらどうする」

 すると片岡はニヤリと笑って、

「もちろん突撃する。早瀬みたいにウジウジ悩むだけ時間の無駄だ」
「大きなお世話だ。ウジウジ悩む時間だって、恋愛の楽しさの一つだぞ」
「否定はしないよ」

 誰なんだろう。切り込んでみるか、

「見つけたな」

 片岡が少し間を置いて、

「隠してもしょうがないか。見つけたよ。ボクが命を懸けても守り抜く相手をね」
「なぜ突撃しない」

 片岡は難しそうな表情になり、

「今はやりたくても出来ない・・・」

 その夜はそれ以上は聞けなかった。あれほど厳しい顔をした片岡を初めて見た気がする。それぐらい本気の恋であり、それを悩んでいるのはわかったが、それが誰かを聞き出すのは無理としか言いようがない。この報告を兼ねて梅園先輩と雛野先輩に相談したら、

「やっぱりね。病気じゃなければ他にないでしょ」
「成績で悩むはずないものね」

 消去法ではそうなるが、

「それにしても辛そうな恋ね」
「それも人生だし、経験だろうけど」

 辛そうな恋であるのはボクも同意だが、片岡がそこまで抱え込んで悩むかな?

「初めてだからじゃない」
「いえ片岡は高校時代も彼女はたくさんいます」
「でも忍ぶ恋は初めてだからじゃない」

 どういう事かと聞けば、片岡がモテて複数の彼女がいたのはそうだとして、

「今までの彼女は自分が惚れたのじゃないってこと。すべて受け身の恋だったのよ。待ってれば勝手に女が寄って来たから付き合っただけ」

 そうなると、

「片岡君は自分が好きになって、自分から告白してゲットした彼女はいない気がする。今回は自分から行かないとならないから悩んでるのよ」

 なるほど、そう見るのか。

「相手は誰でしょうか。それがわかれば手助けだって・・・」

 すると先輩たちは急にコンパクトを取り出して化粧直しをパタパタと、

「そこまでの想いを受け止めてあげなきゃ」
「片岡君のためなら仕方ないよね」

 あ、そっか、先輩たちも女だった。でも悪いけどこの二人だけではないのはボクにもわかる。片岡が女性経験を重ね上げた末に選び抜いた女だぞ。

「だからムイムイしかいないじゃない」
「ヒナよ、ヒナしかいない」

 勝手に盛り上がるのは置いといて、誰だろうな。