純情ラプソディ:第27話 松菱会カルタ

 ふと気が付くとみんな来ていて、この試合を見てた。梅園先輩が、

「これは玲香クイーン。ようこそ港都大カルタ会に」

 ク、クイーンだって。道理でどこかで見たことがあったものね。

「ヒロコ、名前と大学で気づかなかったの」

 それは我ながら情けないけど、クイーンがこんなところに来て試合を挑んでくると思わないじゃない。でもあれだけ強い理由はよくわかった。城ケ崎クイーンは大学一年にしてクイーン位に就き、ここまで三連覇。

 つまりはA級八段で名人より強いとまで言われてる人。実際にも小倉山杯で去年も一昨年も名人に勝ってるぐらいだもの。つまりは日本最強だ。

「ムイムイの後輩は強いわね」
「誰が指導してると思ってるのよ」

 えっ、二人は知り合い。そりゃ、どこかの大会で知り合ってもおかしくないけど、この親しすぎるタメ口はなに。

「玲香は小学校からのライバルよ」

 さすが静岡で市内にいくつものカルタ会があって、そこで小学校から別々のカルタ会で鎬を削っていた関係だって。

「玲香、来るなら連絡してよね」
「悪い、悪い。神戸に用事が出来たものだから、ちょっと気まぐれでね」

 用事と言ってもシンポジウムのパネリストだそう。さすがはクイーンだ。最強のクイーンと言うだけでなく女から見ても美人だからアイドル的な人気があるらしいものね。ヒロコの次に雛野先輩も挑んだけどサウスポーをものともしないのに感心した。

「勝ったからムイムイの奢りよ」
「ムイムイは負けてないよ」
「じゃあ、今からやる?」
「本番に取っとくわ。玲香クイーン様にご馳走できるなんて光栄の至りでございます」

 早瀬君が大慌てで手配して夕食に、

「玲香は新星学園の突き手をどう思う」
「野蛮ね。品が無いったらありゃしない」
「玲香なら勝てる?」
「小倉山杯の時に、千葉ってのを蹴散らしてやった」

 ここで片岡君が、

「あのダンプのような札押しはどうされました」
「無駄が多すぎる。上段から押してくるものだから、それだけで無駄な時間を費やすガサツな技に過ぎないよ。カルタの基本は出札を抑える事。あんなノロノロ押してる間に払えば楽勝よ」

 でもそれが言えるのは、あの驚くべき反応、瞬発力、スピードがあってのもの。

「だから下品で野蛮なのよ。いかにも東夷が考えそうな代物。でも・・・」

 互角程度の技量なら脅威だろうって。あの突き手は札を取るためだけが目的でなくて、相手の腕とか手の破壊も狙ってるはずとしてた。片岡君の見方と同じだ。

「あれは邪道。でもかるた協会の幹部連中も見て見ぬふりなのよね。東大の赤星名人と連名で抗議したけどウヤムヤにされたぐらい。でもいつまでも好き勝手にはさせないつもり」

 少なくとも今年は相手をする羽目になるかも。それは嫌だな。怪我する可能性もあるのがカルタだけど、わざと怪我させるような相手と戦いたくないもの。

「玲香、やはり松菱会の流れ?」
「話には聞いたことがあるけど可能性はあるよね」

 松菱会ってなんだと聞いたら、かつて勝利至上主義で暴れまわったカルタ会らしい。とくに腕の使い方に特徴があったらしくて、それこそ相手の腕を弾き飛ばすような技を多用したんだって。

「たとえば払い手で札押しをするでしょ。その時に自分が出札より遠い時は、相手の内側に手が入るじゃない」

 当然そうなる。そのまま払って終わるけど。

「その時に相手の手首に空手チョップを仕掛けたりしたのよ」

 それって格闘技じゃ。

「決まれば相手の腕を痛める事が出来たのよ。そう言うこともカルタにはあるのはあるでしょ。札を狙う一連の動きとしての偶発みたいなもの。これを故意に狙って使ったのが松菱会カルタ」

 でも取る方だって凄いスピードだから、空手チョップを叩きつけるなんて無理なのじゃ、

「ヒロコの言う通り。取りが遅れて追いかけたって空手チョップなんか決まるものじゃない。だから空手チョップを使うためにわざとタイミングを計ったのよ」

 なんだって!

「相手の反応が遅れたと見たら、札じゃなくて手首を最初から狙って空手チョップを放ったのよ」
「なんのために?」
「勝つためよ。相手の手を仕留めたら負傷で後は試合にならなくなるでしょ。それだけじゃない、そういう技を仕掛けられる思っただけでも相手への脅威になるじゃない」

 もうカルタじゃないよ。

「じゃあダンプ突き手も?」
「当時はもっとモロだったって話。それこそ一直線に腕を狙って来たんだよ」

 負傷者が続出したって言うけど、そりゃ、そうなるよね。誰もが松菱会との試合を忌避したそう。これが全国かるた協会でも大問題になり、

「松菱会は除名追放になったよ。カルタ会だけでなく選手も多数除名された」

 そうなるよね。そこで滅びたはずだけど、

「新星学園は何故かカルタに手を出したけど、焦ったんじゃないかな。カルタ経験者なんか殆ど新星学園に入らないよ。推薦で特待生でもまず入らない。だからカルタを強化するにも初心者じゃない」

 そこからの強化となると、

「ムイムイの推測で当たってると思うよ。あそこの監督だけど松菱会の残党の気配があると赤星名人も言ってたもの」

 悪魔の復活があったの。それだったら規制しないと、

「改良されてるのよね。かつての松菱会カルタはあまりにもあからさまだったじゃない。今度のは上段からの札を巻き込んでの突き手でしょ。接触するのはあくまでも札越しじゃない。通常の突き手と払い手の延長線上と解釈されるぐらいかな」

 競技規則でも、

『異なる方向への札押しの取りの場合は、最終的に出札を競技線外に押し出した者の取りとする』

 こうした上で補足として、

『異なる方向への札押しの取りとは、例えば、横からの押し払いと、下からの突き上げのような場合であり、払い始め、突き始めの手が出札に近いか遠いかは必ずしも最終的な取りの判定にはつながらない』

 突き手も札押しが認められてるから、そこで札越しの交錯があるのもOKか。

「そう言う事だけど、かつての松菱会カルタと違って、あくまでも突き手の札押しを前面に立ててるのよね。あれを禁止にすれば突き手自体が禁止になるってこと」

 そりゃそうだけどカルタじゃ無い気がする。払い手も札押しする時に競技線の外まで手が伸びるから、突き手でも競技線の奥まで手が伸びたって規則上はOKかもしれないけど、片岡君はその突き手でひっくり返されてるのよ。どう考えても異質。というか威力がカルタのレベルを超えてるよ。

「突き手の威力が強いことはカルタではルール違反にならないよ」
「そういうこと。カルタのルールは野球みたいに細かくないからね」

 言われてみれば、

「でもねカルタのルールは厳しいよ。まさに天網恢々租にして漏らさずなんだ」
「でも時間がかかる」

 なんか判じ物みたいだけど。