純情ラプソディ:第25話 関東の新星

 正月の高松宮杯はヒロコは欠場。A級四段の免許がまだ届かなかったから。でも会員たちは頑張ってた。梅園先輩も雛野先輩もベスト・エイトに進んだもの。

「雛野先輩、これでA級得点が六点ですよね」
「ありがと。でも怨念の運命戦が・・・」

 準々決勝でまたもや運命戦にもつれこんでしまい、これで八連敗。

「今度は厄神さんに行ってくる」
「六甲八幡ですか?」
「御利益なかったから、今年は門戸厄神にする」

 片岡君はなんと一回戦負け。もっとも相手は準々決勝まで進んでるけど、

「あれが噂の新星学園か・・・」

 関東で急速に台頭している大学。ここは新星教っていう神道系の新興宗教の大学で新設校に近いかな。だからと言ったら悪いけどFランになる。もちろんそれに甘んじる気はないみたいで、あれこれ大学スポーツにも手を出している感じ。


 でも新設のFラン大学がスポーツ推薦やっても簡単には強豪校になれないんだよ。スポーツ推薦を受けるような高校生は運動エリートだけど、彼らが目指す大学は強豪校かつブランド校。たとえば早稲田とか慶応みたいなところ。

 ぶっちゃけブランド大学重視かな。なぜそうなるかは、卒業後を考えての事で良いはずなんだ。これはスポーツで食べていける人が非常に少ないからなんだ。そう、殆どの人が大学卒業後はスポーツをやめてサラリーマンになるんだよね。

 就活の時に重視されるのは学歴。さらに体育会系は根性と体力がある見られて有利ともされている。さらにさらにOB・OG会の結束は固くて、就職情報とかコネもつかみやすいとかの現金な理由があるんだって。

 だから新設のFラン大学にはブランド大学が選ばなかった連中しかやって来ないってこと。だから種目によるけど外国人留学生の導入が良く行われるものね。新星学園のスポーツの成績もイマイチどころか、イマニ、イマサンぐらいに甘んじてる感じ。


 そんな事情で新星学園も名を売るのに苦労したそうだけど、手を出したのが何故か競技カルタ。だけど体育会系以上に有力選手が集まらない競技なんだよね。そしたら初心者を鍛え上げる路線を取ったらしい。

「どうだったの」
「面食らった」

 札を取る基本は払い手なのだけど、突き手を多用してきたんだって、

「まさか自陣にも突き手だとか」
「いや相手陣の時だけだ」

 石村先生も習熟すれば払い手より突き手の方がスピードで勝るとしてたけど、

「物凄いスピードとパワーで突き飛ばされた」
「突き飛ばされるって、どういうことですか?」

 新星学園の選手はみるからに筋肉隆々で丸太ん棒のような腕だったらしい。そのゴッツイ腕が信じられない速度で突き上げて来るって言うのよね。突き手で札押しする時には、相手陣の下段の奥まで札を送り込まないといけないから、手もそこまで伸びてくるかもしれないけど、

「それが当たって突き飛ばされたのですか」
「まあ札越しだけどドカンと来た」

 札の位置と座る位置の関係にもよるけど、そんなことが本当に起こったのが信じられないよ。それでも原因の一つはわかった気がする。片岡君も一八〇センチに近い長身だけど、相手の桃井君はさらに高くて一九〇センチ近くあるんだって。背が高ければ腕も長いから可能なのかもしれない。

 さらに自陣の札を取りに行くときは払い手が殆ど。相手は突き手だから交錯する事もあるのよね。

「ほぼ同時ぐらいならパワーで押し切られる感じだ」

 それと手は中指と親指で輪を作るように握るのが基本。骨折予防のためらしいけど、新星学園の突き手は手のひらを広げてまるでダンプのように突いてくるって言うのよ。なんか想像もつかないけど、

「印象で言うなら、片翼の自陣の札が一挙に押し寄せてくるぐらいだ。あれは下段の札を争ったのだが、腕が当たって後ろに飛ばされた」

 片岡君の払い手だってA級五段の払い手だよ。その払い手より早くて強力なんて。でもそんな強力な突き手と払い手が激突したら、

「ああ、捻挫した。後は試合にならなかった」

 腕を見ると腫れ上がってた。これじゃ、骨折しかねないよ。でもなんちゅうの指の強さ。腕と開いた指が交差しても指が勝つって信じられないよ。だって片岡君は捻挫してるのに、新星学園の選手は平気だったていうんだもの。でもさぁ、これって反則じゃないの。

「突き手も、突き手と払い手が交差する時の札押しについても、カルタ協会のルールに明記されてるから合法としか言いようがないよ」

 加えて新星学園の選手は格闘家の選手みたいだったとしてるんだよね。そう見えるだけでなく、相当科学的な筋力トレーニングをしてるはずだともしてた、

「スピードにはパワーが必要だけど、無暗に筋肉付けてもスピードは上がらない。あれはスピードを上げる筋肉の付けた方をしてるとしか思えない。さらにだけど指も相当どころでないぐらい鍛え上げられてるよ。」

 片岡君は推測だとしてたけど、あの突き手って空手のトレーニングを取り入れているんじゃないかとしてた。

「でも空手チョップは指をそろえて小指の方から刀の様に打ち込むのじゃ」
「そう、手刀打ちって言って、空手だけでなく様々な格闘技に使われている。倉科さんの言う通り、あれは空手チョップの手刀打ちではなく、貫き手に近いものだ」

 手刀打ちが指を伸ばして手を刀に見立てて叩く技なのに対して、貫き手は指を相手に突き刺す技だって。

「指で突くから、指を鍛え上げないと貫き手は使えないけど、相手の指はゴツゴツと太かったよ」

 そんな鍛え上げられた指で突き手を繰り出され、こっちの指とか腕にあたったらタダでは済まないのは片岡くんを見て良く分かったもの。だって片岡君は払ってる最中に当たっただけで、グニャっと手首を捻らされてるもの。

 だけどだよ、いくら畳の上の格闘技だからと言って、カルタはカード・ゲームだよ。怪我することもあるから格闘技って言われることもあるけど、空手とか柔道とは根本的に違うもの。だから男女混合で戦えて楽しめる競技じゃない。これが力だけのぶつかり合いになってしまったら、もうカルタじゃないよ。

「佐々木がいたから聞いたのだけど・・・」

 佐々木君とは片岡君の高校のカルタ部の仲間で、今は慶応のカルタ会に居る人だって。関東でも問題になっているそう。そりゃ、そんなのとやれば怪我人が続出しそうじゃない。

「だったら、だったら」
「そこからは大人の事情になるけど・・・」

 今の全日本かるた協会に影響力が強いのは新星教だそう。昔にあったカルタ・ブームが萎みかけ、膨らんでた時の感覚で運営をして大きな損失を出した時期があったそう。そこに大きな財政援助をしたのが新星教で、協会も物が言いにくいし、頭が上がりにくいのだそう。そっかだから新星学園はカルタを学校の宣伝に使おうと思ったのか。

 突き手は邪道みたいな意見も出たそうだけど、邪道は言い過ぎだし、これまでも長年使われているものね。その突き手を極めてムチャクチャ強化したのが新星学園のカルタ会と言えなくもないか。今さら禁じ手にするのも無理があるのは確か。

「なにか弱点はあった?」
「突き手に比べると払い手は弱いかな。それに連動するけどディフェンスに難点があったとは思う。これは佐々木もそう言ってたよ」

 カルタの攻防をあえて分ければ、自陣の札は出来るだけ取るのは鉄則。とりあえず自分に近いから有利なところがある。これを梅園先輩はディフェンスって良く表現する。でも自陣の札を取っただけでは勝てないから、相手陣の札も狙うけど、こっちがオフェンスかな。そういう意味では新星学園のカルタはオフェンス重視と言えなくもないけど、

「オフェンス重視は戦術として普通にあるけど、新星学園のは異質な感じがする。あれは間違いなく腕を狙ってたよ。札より腕を狙っている気がしてならない。あの突き手はカルタじゃなく空手の突きみたいだもの」

 良く言えばパワー・カルタだけど危険な臭いがプンプンする。カルタと言うゲームの本質を変えると言うより、破壊しているとしか思えないもの。

「対抗策は無いの」
「思いつくのはスピードぐらいだ」

 言うけどさぁ、片岡君はA級五段の速さだよ。それを上回るスピードなんてそうそうは、

「準々決勝を見てたけど、上岡六段のスピードには付いて行ってなかったかな」

 上岡六段は一昨年の準名人で、今年度も挑戦者決定戦まで進んでいる実力者。ちなみに高松宮杯の優勝者でもある。そりゃ早いだろうけど、そこまでじゃないと対応できないのは厳しいな。

「そうそう、佐々木の話では、あの強烈な突き手を使えるのは限られているらしい。今日の桃井と斎藤、それと千葉が三羽烏と呼ばれてるようだ。残りの二人も突き手を使うがかなり落ちるで良さそうだ」

 それでも団体戦ではかなり手強そう。できたらやりたくないな。怪我するのは嫌だし、乙女の柔肌に傷が付いたら早瀬君が悲しむじゃない。