純情ラプソディ:第17話 しのぶれど

 ボクは片岡岳、タケルと読む。今日は早瀬に是非相談があると呼び出された。早瀬とは学校こそ同じではないが、中学は塾、高校は予備校で同じだった。親友という言葉を安易に使いたくないが、それぐらい信用できる奴だと思っている。

 そうそうカルタも高校で卒業と考えていたのは白状しておく。中高とカルタには打ち込んだが、そろそろ別のことをやってみたかったぐらいだ。とりあえず全国にも出場できたからな。もっともカルタをやり過ぎて具体的に何をやりたいかは困っていた。

 そんな時に早瀬がカルタ会に誘ってきた。これは意外だった。早瀬もカルタをやるが、あれは高二の時に部員不足の助っ人を頼まれてやっただけのこと。はっきり言うとカルタ部の女性部員に惚れて入部したのだ。

 カルタも真面目にやってはいた。そりゃ、高三の時にはB級になっていたぐらいだ。そこまでやるかと思ったぐらいだが、好きだったんだろうな。その恋だが県予選が終わった後に早瀬は突撃して告白した。ボクもだいぶ背中を押してやったのだが、なんと轟沈しやがった。あの時は慰めてやったな。

 それにしても早瀬が振られるとは意外だった。まあ、これはあくまでも男の目からの評価であるし、女だって好みは色々あるだろうから仕方がないか。それでも、こっぴどく振られたものだから、早瀬は二度とカルタをやらないと言っていたはずだ。

 それなのにだ、早瀬がボクをカルタ会に誘い込んだ時の強引さは驚かされた。港都大カルタ会と言っても女二人しかいない消滅寸前のサークルではないか。団体戦の人数さえそろえられない弱小さだ。ただの友達作りのサークルと考えても、もう少し人数の多いところの方が良いと言ったのだが、

「団体戦のメンバーなら当てがある」

 誰かと聞いたら倉科さんだった。これには驚いた。倉科さんとの県予選の第二代表決定戦はよく覚えてる。C級だから油断があったのは確かだ。それが序盤でポンポンと取られて行って焦ったなんてものじゃなかった。

 中盤からなんとか立て直して逆転したが、そこからがまさに一進一退の攻防で、どうしても突き放せなかった。僅差のリードこそあったが、髪の毛ほどの油断も許されない緊迫した戦いが終盤まで続いて行った。この時にボクにボーナスカードがあった。

 大山札が残っていたのだ。それも持ち札に出ているのは一枚で、出るなら出札になるか、空札だ。自陣の下段の右端にあったので上の句が始まると同時に囲い手にした。右端にあったので親指側を畳に付けて覆う戦術を取った。

 これは倉科さんも右が有効手だったからだ。囲い手を破るためには、囲い手のなかに指を差し込むしかないが、右手で狙うなら内側はブロックされているから、外側に手を回しこまないとならなくなる。ましてやその大山札はボクの下段の一番右側。囲い手にしただけでなく、体を前にせり出して札の右側により手を伸ばしにくくガードもした。

 さらにボクは男であり、手のひらも大きいほうだ。それこそ札全体を余裕で覆えるのだ。先手を打てて囲い手に持ち込んだ時に出札であれば取ったと確信したよ。第一句を詠みあげている間にフェイントをかけてきたが、これもしっかり対応できていた。

 後は第二句の決まり字が確認できた瞬間に押え手にすれば取れると思った瞬間だった。まさにあれは電光石火の早業だ。あの姿勢から指をこじ入れられてしまい、札は手のひらから魔法のように抜きとられ飛ばされてしまった。あれほど見事な囲い手破りは初めて見た気がする。

 やられたと思ったよ。だが幸いなことに空札。送り札を与え、一字決まりになった大山札を取りボクはそこから押し切って勝った。あれが出札だったら勝負はどう転んでいたかわからなかった。囲い手を破られた動揺から負けていたと思う。

「それで相談ってなんだ」
「実は・・・」

 なんだ、そういう事だったのか。だからボクがカルタ会に必要だったってことか、

「早瀬、むしろボクがカルタ会に居ない方が良かったのじゃないか」
「それはアカン。団体戦に出られなくなるじゃないか」

 早瀬らしいな。そういうところは嫌いではない。

「片岡、お前はどう思う」

 どう思うと言われても困るが、倉科さんは真面目だし頑張り屋さんかな。性格は初心と言うより純情な気がしてる。健気として良いと思うし、愛情抜きでも自然に手助けしたくなる人ぐらいがボクの受ける印象だ。

 家は母子家庭で苦労したようだ。だから苦労人でもあると思っている。実際にも苦労は多かったみたいだが、それを跳ね返す芯の強さもあると感じている。それと家の手伝いをずっとしていたそうで、家事全般達者なものだ。

 前の県大会の時に梅園先輩が会員たちの弁当を作ると言い出したのだ。とにかく梅園先輩は口に出すと馬力でやり遂げてしまうタイプだから、ボクは作ってくれるなら有難いぐらいと思ってた。ところが雛野先輩が、

『反対』

 どうも梅園先輩は去年も弁当を作ったようだが、

『ムイムイにはセンスがなさすぎる』
『そう言うけど、ヒナにもあるとは思えない』

 雛野先輩の料理も大概なようで、二人でお互いの料理がどれだけトンデモかの話で盛り上がりまくったぐらいだった。これで弁当の話は終わりかと思ったら倉科さんが、

『費用を頂ければ、ヒロコで良ければ作りますが』

 あれは美味かった。どこにでもある素材だったが、一品一品が丁寧に調理されていて、なにより味付けが絶妙、盛り付けも見事だった。蓋を開けた瞬間に歓声が上がったし、みんなパクパク食べていた。

『ムイムイ、これをお弁当と言うのよ』
『ホントに美味しい。ヒナも少しは見習いなさい』

 あれこそ胃袋を鷲づかみされた気がしたぐらいだった。料理で女を評価してしまうのは良くないかもしれないが、料理が上手な女はそれだけでポイントは高くなる。誰だって下手より上手の方を歓迎するからな。

 彼女の美点は料理だけじゃない。とにかく働き者。サークル室の掃除や片付けも率先してやるし、手際が実に見事だ。見る見るうちに雑然として小汚かった部屋が、小綺麗なさっぱりした部屋になったからな。古風な評価と笑われるかもしれないが、良いお嫁さんになるタイプであるのは間違いないだろう。

「あの弁当に惚れたか」
「バカにするな。県予選の時からだ」

 早瀬も倉科さんと対戦していて一蹴されている。そりゃ、そうなるだろう。早瀬じゃ勝てんだろ。でもそれって二股になるじゃないか、

「そうじゃない。県予選の時は倉科さんを知っただけだ。あの時は遠すぎて単なる憧れで恋でない」

 苦しい詭弁だぞ。でもまあいい。結果として早瀬は高校時代のマドンナに振られ、新たに倉科さんに恋をしたのだからな。

「口説きたいのなら使えば良いじゃないか。高校の時も使っていたらイチコロだったぞ」

 そしたら早瀬は憤然として、

「そんなものは恋じゃない。ボクを好きになってくれなければ価値などあるものか。だから高校の時はあれで良かったんだ」

 早瀬の意見には賛成だな。口説いて恋人にするのは目的だが、そこに不純な要素をできるだけ絡ませたくない。どうしたって絡んでしまうが、それは自分で勝ち得たものにするべきだろう。

 考えようによっては贅沢な話だが、早瀬の場合は逆にそれで苦しんでいた部分もあるからな。一人の男の魅力として恋人をゲットしたいのだろう。

「協力してくれるか」
「好きなら行けよ。グズグズしていたらはボクがアタックするぞ」

 高校の時もこうやって背中を押してやったものだ。早瀬はニヤリと笑い、

「悪いがお前にはノーチャンスだ」

 それも前に言って轟沈したじゃないか。もっとも高校時代の早瀬のマドンナは好みじゃなかった。県予選の時に立ち話程度はしたが、どうにも性格に難がありそうだった。ボクなら選ばないな。

 美人であったのは否定しないが早瀬も女を見る目がないと思ったものだ。この辺は惚れた弱みかな。あばたもエクボと昔から言うし。それに比べると倉科さんは遥かに良い。いや較べるのは失礼かもしれない。だが、

「早瀬、念のために聞いておくが、どこまで真剣なのだ。遊ぶだけ遊んでポイはないだろうな。倉科さんはそういう対象にするべきではないと思うぞ」
「怒るぞ片岡。いくらお前でも言って良い事と悪い事がある。ボクは倉科さんに真剣だ。かならず幸せにする。あれほど素敵な女性は世界中探したっているはずがない」

 早瀬はそういう奴なのは良く知っている。あいつもあれで純情だからな。純情同士で悪い組み合わせでないと思うよ。だがな今からならゴールインする可能性だってあるじゃないか。その時は容易じゃないぞ。

「そんなもの・・・」

 まだ先の話か。そこまで心配してお節介を焼くのは良くないよな。あいつも大変だと同情するよ。

「片岡に好きな女はいないのか」
「ボクだっているさ」

 早瀬、心配するな。被ってないからな。

「誰だ?」
「まだ、しのぶれどだ。そのうち色に出るかもな」