純情ラプソディ:第30話 全国職域学生カルタ大会

 三月は全国職域学生かるた大会。東京で開催されてとにかく交通費がかかるやつ。リニアで行くのが一番早くて便利だけど、交通費だけで三万円超えちゃうのが問題。いくらカルタのためとはいえ学生に日帰り三万円は痛いよ。

 青春十八キップも考えたけど、そうすれば交通費は安くなるけど時間がかかり過ぎる。日帰りなんて不可能になり、今度は宿泊費が必要になる。それも二泊も必要になる。だって一日目は東京に到着するだけになるし、二日目に大会が終わっても、その日に帰るのは不可能だもの。

 交通費問題は毎度のことだけど先輩たちも頭が痛いよう。カルタ会にもカネはないし、丸抱えしてくれるようなリッチな会員もいそうにないし。職域学生かるた大会なんて東京だし、関西から必ずしも参加しなくても良いようなものだけど、

「港都大カルタ会は伝統的に参加してるの!」

 だそう。伝統って言われたらそれまでだけど無い袖が振れるわけもない。こういう時の梅園先輩の必殺技は、

「早瀬君、なにかアイデアはない」

 そう丸投げ。最近は投げまくりだよ。早瀬君も考えてたけど、

「高速夜行バスはどうでしょう」

 聞くとかなり安い。高速バスもグレードが色々あるらしいけど、グレードが高いほどユッタリして豪華仕様で高い。一番豪華仕様ならバスなのに個室みたいになってるのもあるそうだけど、

「予算節約が主眼ですから、四列仕様です」

 夜行バスも三列と四列があるそうだけど、三列の方が広くてゆったりしているそう。それでもって問題の料金だけど、なんとなんと往復で四千円って言うのよね。これも季節変動があるらしくて、高い時は片道五千円ぐらいするけど、一番安い時は千五百円を切る時もあるっていうから驚きの低価格。問題は、

「行きも帰りも車中泊になります」

 片道は十時間を超えるんだって。東京は遠いよ。神戸を夜の九時に出て、新宿に朝の七時に着くぐらいのスケジュール。帰りも似たようなもの。バスは早瀬君が調べた限りオンボロじゃなさそうだけど、

「シートは飛行機ならエコノミー・クラス、観光バス程度と思って頂ければ」

 飛行機は知らないけど、修学旅行の時に乗ったバスと同程度と思えば良さそう。狭くはないけど広いとは言えないのよね。そこで寝るのは辛そうな気がする。それにお年頃のレディだから痴漢とか変質者が同乗してたら嫌じゃない。どうするのか思ってたら、

「決めた。それで行こう!」

 乗りましたよ高速夜行バス。東京に行くのは五人だから一人が離れるけどヒロコだった。そうなると見知らぬオッサンとかが隣に来ないかヒヤヒヤしたけど、早瀬君が言うにはバス会社も配慮してるって。結果としてラッキーだったのは隣に誰も来なかった。

 バスは立派だし、シートも綺麗だったけど、乗り慣れないものだからやっぱり辛かった。毛布はあったけど、寝返りするには狭いし、周囲だって気になる。寝顔を見られるのも嬉しくないものね。うつらうつらはするけど、眠ったと思ったらすぐ目が覚める感じ。

 豪華夜行バスにはトイレも付いているのもあるそうだけど当然無し。だから途中で三回ぐらいトイレ休憩があるのだけど、バスが止まったら目が覚めちゃうもの。これは零時になったら消灯になるのだけど、トイレ休憩になると薄暗いけど照明がつくし、トイレ休憩に降りる人の物音もするものね。

 とにかく寝返り出来ないから、じっと座っているようなものでお尻が痛い。体も強張る感じがするから、トイレ休憩があると体を伸ばしたくなっちゃうのよ。これはヒロコだけじゃなく、なんだかんだとみんな降りてたもの。顔を合わせれば口々に、

「お尻痛~い」

 夜が白み始めるころに横浜駅に着いたらもう寝る気さえしなかった。つうか消灯してからも熟睡した気がしなかった。終点の新宿に着いたらホッとしたもの。でも新宿に大会会場がある訳じゃなく、

「地下鉄に乗り換えるわよ」

 東京メトロ東西線の新宿駅を見つけ出して、

「会場の西葛西駅までは?」
「四十五分ぐらいってなってる」

 さすがに東京は広いよ。今度は電車のウンザリ気分で駅を降り、モーニングをやっている喫茶店を探し朝食。どうにも体の節々が痛む感じだよ。首もなんだか痛いし。そこからノロノロと会場に。

 受付を済ませてユニフォームに着替えた。ユニフォームと言ってもそろいの空色のTシャツにジャージ。あんまりオシャレじゃないけど、動きやすさ重視。これもパンツの膝はとにかく傷むからプロテクターみたいなものまで縫い込んだ代物。


 この大会のシステムはあれこれ変遷があったそうだけど、現在はC級三十二チームをまず四チームずつの八つのブロックに分ける。ブロック予選は総当たりの勝ち点制で上位二チームと下位二チームに分かれる。この時に順位付けが行われ勝ち点以外に、

 ・チーム総勝利数
 ・選手の全勝者数

 実はチーム内でも一将~五将に格付けされて、それによって個人勝利の重みづけが変わるのだけど長くなるので省略。とにかくブロック予選が終わった段階で上位十六チームと下位十六チームに分かれる事になり、それぞれが順位戦に臨むことになる。

 下位順位戦は省略するけど、上位順位戦は再び四チームずつの四ブロックに分かれ、それぞれがトーナメントを行うのだけど、各ブロック予選からのの成績をすべて加味され、すべての順位付けが行われる。

 わかりにくいと思うけど順位戦の優勝チームはブロック毎の四つあるけど、予選ブロックからの総勝ち点や総勝利数、その他モロモロを加味して、B級優勝から三十二位まで決定する仕組み。

「職域学生大会のシステムは複雑ですね」
「まあね。ココロは一日五試合で終わらせるためだと思うよ」

 午前二試合の午後三試合で夕方五時には表彰式も終わる予定になってるのよね。ブロック予選も順位戦トーナメントも全勝しても、もし勝ち点で並んだりしたら、勝ち点の次の要素である総勝利数以下が絡んで昇級できない事もある要注意の大会ってことかな。

 とは言うものの眠い。これはヒロコだけでなくみんなも同じで顔がドヨ~ンとしてるもの。タダでも大会前日で気が高ぶるのに、あんな環境で十分な睡眠を取れと言うのが無理があったもの。朝食を取っている時も今にも眠ってしまいそうなぐらい。そういう様子を見て取ったのか、梅園先輩は突然テーブルをドンと叩き、

「なに寝ぼけた顔をしてるのよ。もう試合は始まっているんだよ。目をパッチリ開けなさい。返事は!」

 まあそうだけど、

「たった五試合じゃない。この大会のためにいくら払ってると思ってるのよ。みんな集中よ」

 そう言いながら、真っ先にやらかしたのが梅園先輩。まさか、まさかで初戦は負けちゃったんだよ。ヒロコたちが勝ったから勝ち点は確保したけど、

「途中で我慢できなくなっちゃって」

 寝るな! 集中しろ。

「良く寝れたから次はだいじょうぶ」

 次も寝たら殺すぞ。旅費をなんだと思ってる。やがて第二戦が始まったのだけど、隣の雰囲気がおかしい。試合だと言うのに妙に静かなんだよ。嫌な予感がして目を向けると、早瀬君と片岡君が船漕いでた。試合後に雛野先輩は怒っちゃって、

「ムイムイも、片岡君も、早瀬君も何しに来たの。遊び来てるんじゃい。気合入れんか!」

 それでもなんとか二勝を挙げて、次に勝てばブロック予選突破が決まる大事な試合。寝不足の上に、二試合分の緊張と疲労が重なり、さらに昼食にコンビニ弁当食べてお腹が満たされて・・・ふと気が付けば、

「ヒロコ、起きなさい」

 隣で雛野先輩も起こされてた。

「結果は」
「勝ったわよ」

 先に眠りこけてた三人組が勝利してくれて、なんとか勝ってくれたみたい。これでブロック予選を勝ち点三でトップ通過。とはいえここまでの勝敗は十勝五敗。五敗はすべて居眠り負け。さらに居眠りのために全勝者なし。

 ようやく全員の目の覚めたトーナメントは全勝で優勝したけど二十勝五敗。結果を見たらやばかった。だってだよ決勝トーナメント優勝チームはすべて勝ち点五だったんだよ。

「助かった十九勝六敗がいてくれた」

 なんとかC級三位で昇格決定。いやぁ、ひどい大会になったものだ。表彰式が終わり東京メトロで新宿駅に戻ったけどもう夕方の六時回ってた。バスは十時だからどうしようの相談もあったけどまずは腹ごしらえ、

「夕食は駅弁にしよう」

 美味しそうなお店もあったけど予算がちょっと。やっぱり東京は高いね。ベンチを見つけて食べて、

「せめてルミネ・エストぐらい行こうよ」

 新宿駅から直結のショッピング・センターを見て回っていたけど、再び眠気が。試合中の居眠りじゃ足りるはずもなく、フラフラになってバス・ターミナルの待合室に。やっとこさバスが来てくれて、

「慣れないと無理あるね」
「夜行バスもお勧めって書いてあったんだけどね」

 そんな話もすぐに途切れてさすがに爆睡。強行軍になってしまったけど目標を果たせてホッとした。神戸に戻ってから反省会。

「B級はもっと厳しくなるから前日泊にしないと無理あるよ」
「それにお風呂に入れないのは大問題」

 新宿で銭湯探して入ろうの案もあったけど、それより眠気だったものね。夜行バスはたしかに安かったけど、野郎どもならともかく、お年頃の娘がやることじゃない気がした。だって早瀬君に汗臭いのが気づかれないかってヒヤヒヤしたもの。

 前泊も必要だけど、出来たらもう一泊したいのもあるのよね。それは贅沢としても、帰りまで夜行バスはキツすぎる。せめて帰りぐらいリニアにして欲しいよ。六時ぐらいに新宿なら八時には神戸に帰れそうじゃない。

「どうして東京でやるんだろ。近江神宮なら余裕なのに」

 その辺はお互いさまで関東勢も関西に来るのに苦労してるはずだものね。でも関東勢の心配をしている場合じゃないよ。今年はC級だからなんとかなったけど、来年は雛野先輩が言う通り、ぐっとレベルが上がるB級。今年みたいな調子じゃ、昇級どころか降級になっちゃうよ。

 これはまじめに考えないといけないよ。そうなるとバイトを重ねて旅費を地道に稼ぐぐらいしか手が無いけど、梅園先輩はパッと閃いたように、

「良い考えがある」

 さすがはカルタ会代表。ダテに真っ先に居眠りしてたわけじゃない。

「早瀬君、今年並みの予算でリニア往復で前泊のプラン作っといて」
「出来るわけないじゃないですか」
「考える時間はあるから」

 いくらなんでもこれは無理。今年の往復の交通費は地下鉄代も含めて四千五百円ぐらいだもの。そうだよ早瀬君だって出来る事と出来ない事があるよ。なんでもかんでも投げるな。早瀬君だってアラジンの魔法のランプの魔神じゃないんだから、

「ヒロコからも言っといてね」
「ヒロコのお願いなら早瀬君は死に物狂いでやってくれるから」

 勝手な事を言うな。どれだけ無理聞いてもらってると思ってるんだ。ヒロコの大事な早瀬君なんだぞ。まだ彼氏じゃないけど半分以上は、いやそれ以上は彼氏のつもり。もう彼氏同然の大事な人になってるんだぞ。

 その早瀬君にこれはイジメじゃないの。ヒロコはイジメが嫌いだ。イジメをやる人も嫌いだ。許せないよ。いくら先輩だって、やって良い事と悪いことがあるよ。ここは、ハッキリ言っておかないと、

「早瀬君、ヒロコのお願いだからなんとかして」

 港都大カルタ会がA級に上がるためには必要だもの。早瀬君ならなんとかしてくれるはず。いやそんな事が出来るのはカルタ会の中でも早瀬君だけ。ヒロコを愛しているのならなんとか考えて。そしたら片岡君が、

「倉科さんのキャラが変わった気がする」

 やばい先輩たちの悪影響が・・・