純情ラプソディ:第31話 春爛漫

 ヒロコも二年に進級。そうなると初々しい新入生も入ってくる。新入生と言えば、

「新入会員の募集を頑張るぞ」

 新入会員はあった、それも三人も。カルタ会にしたら上出来なんだけど、ちょっとどころでない問題が、

「わたしたちカルテは初めてです。宜しくお願いします」

 そう言いながら謙遜で、実は出来るかと思っていたら、ホントの初心者だった。どうもだけどカルタ経験者も入学してるみたいだけど、

「ムイムイも声かけたんだけど、農学部と海洋学部と医学部で、学年が上がるとキャンパスが変わるから入らないって断られた」

 あの三学部のキャンパスは離れてるものね。そうなると今年の陣容は、

 A級五段・・・梅園先輩(四年)、片岡君(二年)
 A級四段・・・雛野先輩(三年)、ヒロコ(二年)
 B級三段・・・早瀬君(二年)
 臨時補欠・・・如月かすみ(二年)
 ポチ・・・柳瀬君(二年)、藤原君(二年)
 初心者・・・一年三人(田中、佐藤、鈴木)

 頭数こそ十一人だけど実質的な戦力は去年と同じ。層の薄さも去年と同じ。これだったら去年からポチを戦力に育てていたら、

「ポチは重要な役割よ」
「そうよ、掛け替えが出来ない重要なポジションだよ」

 そんなにお姫様ゴッコをしたいんか。でも梅園先輩も雛野先輩も嬉しそう。そりゃ、梅園先輩は実質一人に追い込まれたし、雛野先輩だって実質二人時代で苦労してるものね。新歓コンパは去年以上に大暴走してた。カスミンも顔出してくれたけど、

「カスミンもたまには顔出してね」
「考えとく、でも今年は頑張らないと」

 はて、なにを。カルタじゃないよな、

「五月から始まるよ」

 聞いて腰抜かした。カスミンは司法試験予備試験を受けるって言うのよ。

「それが一番早いじゃない」

 司法試験はまともに受けようと思うと、法学部を卒業した後に法科大学院を卒業しないと受けられない事になってる。ただし脇道と言うか、短縮コースとして司法試験予備試験をクリアするというのもあるんだ。

 だけどだよ、相手は予備とはいえ司法試験。文系の最高峰資格試験なんだ。そんじゃそこらの学習量でなんとかなるものじゃない。そりゃ年齢制限も学歴も関係ないから受験は出来るけど、片手間の勉強でどうにかなるものじゃないよ。

「だから去年から準備してた」

 たった一年でどうにかなるはずないじゃない。目の前のカスミンが正気かどうか疑わしくなってきた。まさかその調子で医師国家試験も取るつもりとか、

「あれは医学部卒業が受験資格だから取らないよ。別に資格マニアじゃないし」

 でもどう見たって自信満々なんだよね。というか、落ちる事なんてまるで考えてないみたいじゃない。なんだろあの自信の根拠は。このカスミンの司法試験予備試験へのチャレンジの噂はすぐに広まった。

 教室の反応は微妙だったかな。誰もが無謀だと思う一方で、一年の後期から見せつけられている桁外れのカスミンの優秀さもあるんだよね。それはあの理解不能な語学力だけじゃないのよね。

 法学ってヒロコがおぼろげに理解しているところでは、理念が書いてある憲法があって、その理念に基づいて実際の法の運用を定める民法や刑法がある感じかな。この民法や刑法もあれこれ細かく決まっているように見えるけど、あそこにすべての規定が書かれている訳じゃないのよね。

 法の実際の運用の判断をしているのが司法。つまりは裁判所の判決になる。この法の設定や解釈の判断の根っこになるのが、法の精神、法の成立メカニズムとか、なんたらかたらって感じ。

 法への考え方もいくつもの流儀あるみたいだけど、とにかく覚え込まなければならないものが多いのが法学。とくに司法試験クラスになると、六法全書を丸暗記する程度じゃ話にならなくて、主要な法の司法判断、その現在の考え方や運用まで知らないと始まらないぐらい。

 さらにいえば、司法試験に合格すれば、裁判官なり、検察官なり、弁護士になるのだけど、なった時点で一人前が前提。そりゃ、新人はそれなりに配慮はあるだろうけど、一人前の実務能力も当然のように求められる。

 だから法学部から法科大学院の七年間も勉強しても合格率は三割程度しかないぐらいだもの。ちなみに平均合格年齢は二十九歳。ざっと十年ぐらい勉強が必要なのが司法試験の常識なんだよね。


 だからいくらカスミンが優秀であっても一年では無謀の極みと思われても仕方がないところはヒロコにもわかる。それでも受験するのはカスミンの自由だと思うけど、受験するだけで妙に嫉妬するのがいる。

 それは学生だけでなく一部の教授や講師連中にもいる。講義中にとにかく底意地の悪い質問をカスミンにするのよね。だってだよ法学部と言っても二年になったばかりで、やっと基礎からちょっと進んだ段階ぐらいなのに、

『如月ならわかって当然だよな』

 質問内容はヒロコには、どう答えてよいかもわからない代物。だってだよ、

『貸借契約の終了等に基づく不動産明渡請求事案における実体法ないし攻撃防御方法』

 これの民事保全,弁護士倫理って言われたって答えられるわけないじゃない。そしたらカスミンは、

『少し長くなりますが、宜しいでしょうか』

 こう断った上で滔々と論じ立てちゃったのよ。カスミンが何を言っているのか三分の一もわからなかったけど、質問した講師は黙り込んだのだけは間違いない。後でカスミンに聞いたのだけど、

『あんなの簡単よ。だって過去問だもの』

 なんと司法試験予備試験の口頭試問の過去問だって。受験するなら知っていて当然かもしれないけど、カスミンの本気度と言うか、学習量の分厚さを思い知らされた気がする。そうそう意地悪な先生ばかりじゃなくて、カスミンの応援をしてる先生もいるから聞いたのだけど、

『如月の法知識は机上のものだけとは思えない。あり得ない事だけど、かなりの実務経験に裏打ちされている感じがしてならない』

 どういうこと、

『そうだな、まるで法の表と裏を知り尽くした上で弁論を展開する凄腕弁護士とすれば良いかもしれない。ボクたちさえ上から見下ろしてる感じがしてならないんだ。たとえばだが・・・』

 細かい話はヒロコには理解不能だったけど、教授でも太刀打ち出来ないかもしれないって。そこまでの実力なら本当に司法試験予備試験を合格するかもしれないって思いだしたぐらい。

 もちろんヒロコはカスミンの味方だよ。だから気持ちだけだけど応援してるけど、心配なのはカルタ会の助っ人。全国職域学生かるた大会はC級だったし会場が東京だったから来てもらわなかったけど、夏の全日本かるた大学選手権は来て欲しいんだ。

 でも司法試験予備試験があるとカスミンの邪魔になる気がするのが心配。予備試験は五月、七月、十月ってあるけど、カスミンも追い込みに必死のはず。

「カルタ会の助っ人は無理しないでね」
「だいじょうぶ、約束は守るよ。それぐらいは負担でもなんでもないから」

 微笑むカスミンだけど、なんかカスミンが別世界の人間の気がしてきてる。人が人生を懸けて取り組んでも足りない程の難関も、カスミンにとっては片手間に思えてならないもの。カスミンって本当に人なんだろうか。