バリ伝のラルフ

 バリ伝はバイク漫画の金字塔の一つですが、便利になったもので当時の作品の背景をある程度調べられます。連載時は余程のバイク好きで、バイク雑誌を読み漁るレベルじゃないと知りえなかったと思っています。私もそこまでのバイク・フリークじゃなかったですし。

 WGP編でグンがフレディ・スペンサーになぞられ、ラルフがケニー・ロバーツになぞられてるのは有名ですが、登場するライダーやマシンは、1987年をモチーフにしています。グンの方は完全にオリジナルで良いと思いますがラルフはどうなんだです。

 WGP編の渋い脇役の一人がケニー・ロバーツです。ラルフの所属するラッキーストライク・ヤマハの総監督です。実際にそうだっかですが、やはりそうでした。ランディ・マモラもラッキーストライク・ヤマハに所属していますし1986年に3位、1987年に2位の成績を収めています。ですからラルフのミスのために大怪我を負うのは創作です。

 ではランディがラルフのモデルかと言えば違和感が残ります。ラルフはWGPに途中参戦の新人です。これに対しランディは1979年からWGPに参戦している一流ライダーです。

 ではラルフもまったくの創作かと言えば、違う感じがします。ケニーは1985年にマールボロ・ヤマハでウェイン・レーニーとアラン・カーターで250ccで参戦しています。ウェイン・レーニーも1990年からWGP500で三連覇した名ライダーですが、1985年からはAMAスーパーバイクに参戦、WGP500に戻って来るは1988年です。

 微妙なタイミングですが、連載時の設定ではウェインはモデルにされていなかったと考えます。ウェインのレース・スタイルはレイニー・パターンと呼ばれる先行ぶっちぎりスタイルですが、反面としてドッグ・ファイトではライバルのケビン・シュワンツに譲るところがあります。

 バリ伝の連載は1991年まで続きますから、作者もウェインやケビンのレースを参考にした部分もあるはずですが、ラルフがウェインをモチーフにしているかと言えば違う気がします。

 注目したいのはマイク・ボールドウィンです。マイクはAMAスーパーバイクで4回優勝、鈴鹿八耐でも3回優勝していますが、WGPへの参加は1986年からで、所属はケニー率いるラッキーストライク・ヤマハです。これってラルフがアメリカで大活躍していて、ケニーに呼ばれてWGPに参加したエピソードに似ている気がします。

 ここももう少し調べるとマイクは1971年と1975年にスズキから、1985年にHRCホンダからWGP500に出場し、とくに1985年には11位に入っています。しかしwikipediaには、

世界グランプリにはケニー・ロバーツ率いるヤマハのチームから参戦し、1986年には500ccクラスでランキング4位の成績を挙げた

 こうなっています。1985年以前はどうもスポット参戦だったようです。もう一つ興味深いのは1986年の鈴鹿八耐にケニーと組んで、チームラッキーストライクで参戦していることです。それと1986年にマイクを選んだ理由についてケニーはwikipediaより、

マイクを選んだことに関して、周囲の人々は不思議がった。ケニーによる人選の基準は、ライダーがレースに臨む姿勢である。ケニーが必要としているライダーとは、常に今よりも速く走れるライダーになりたいという向上心のあるライダーである。マイクはそのようなライダーであった

 なんとなく、この辺りからラルフをケニー門下の俊英として描いた気がしています。登場人物の設定は1987年ですが、作者は1986年ぐらいからグンのライバルの設定を構想していたはずで、マイクにケニーを重ね合わせてラルフ像を作り上げて行った気がします。

 このマイクですが1986年の活躍の評価は高かったようで、wikipediaより、

そのまま最も成功するアメリカ人レーサーの一人になるかと思われた

 作者もその評価を耳にしていた可能性はあります。しかし1987年のWGP開幕戦の鈴鹿で転倒リタイヤ。続くスペインでもリタイヤ。この時の怪我は大きかったようで、その後は目立った活躍もなくレースを去っています。

 これは穿ち過ぎかもしれませんが、マイクの転倒をバリ伝のランディの転倒に重ね合わせたのかもしれません。おそらく連載当時のバイク好きならラルフが誰をモチーフにしていたかは、すぐにわかったのかもしれませんが、あれから30年、ググってもわかりませんでした。

 バリ伝のラストはグンがWGP王者になって終わりましたが、フレディの影を背負ったグンに、それから王者の活躍が約束されているかと言われれば影を感じた人もいたのではないでしょうか。

 ラルフもこれから好敵手として翌年以降も立ち塞がる見方も出来ますが、フレディ vs ケニーは1983年でケニーは引退していますし、ラルフのモチーフがマイクなら、これもすぐに消えて行った事になります。作中でHRC監督の梅田は「天才の輝きは短い」と言っていましたが、これはグンだけでなくラルフにも言っていた気がしています。