ツーリング日和10(第17話)四耐参戦プロジェクト

 杉田さんの四耐参戦プロジェクトが始まったのは、四耐も含めた八耐の特集番組を杉田さんが放映したからか。コメント欄で盛り上がって、

「最初は軽い企画やったんです」

 八耐は無謀だから四耐にしたのだけど、費用の問題もあるから参加する事に意義がある程度の企画だったそう。つまりは個人が四耐参戦を目指し、仲間を集め、鈴鹿の晴れ舞台に立つドキュメント企画で良さそう。

 そうだね、限られた予算で鈴鹿四耐を目指す企画としても良いかな。この辺は、もし本気で上位入賞を目指すなら費用は必要条件で、何度も出場を重ねる経験が十分条件になるのを杉田さんも良く知っているからだと思う。

「仰る通りで、完走出来たら御の字ぐらいです」

 現実的には完走さえハードルが高いから、少しでも走行時間を長くしたいぐらいが目標だったとか。それ以前に鈴鹿にたどり着くのも大変だものね。

「それが六花ちゃんが現れて杉田は変わったんです」

 それこそ湯水のように四耐企画に予算を投じたで良さそう。

「ST600でもマシンの差は確実に出ます。杉田は・・・」

 人脈をたどって腕扱きのメカニックを雇い入れ、メカニック以外のサポート体制も充実させ、総勢で二十人にも及ぶ体制を作ったのか。そうやって作り上げたのがあのCBRだよね。

「ちゃいま。杉田の乗っとるCBRはノーマルでっせ」

 えっ、そっかそっか、レース仕様に仕上げているのをツーリングに使うわけないか。

「杉田が作り上げたマシンはYZF。あいつはケニー・ロバーツのファンでっから」

 杉田さんはケニーのファンか。ちょっと待って、六花はマシンが変更になったって、

「六花ちゃんが乗っているYZFが杉田が仕上げたマシンでんねん」

 えっ、えっ、どうなってるの。

「杉田はアオイが六花ちゃんだとわかった瞬間にチームから叩き出し、マシンを廃棄処分にすると言いだしたんですわ」

 杉田さんはチームのリーダーだから決定には逆らえなかったけど、作り上げたマシンを惜しんだスタッフは密かに六花に渡したのか。でもそんな事をしたら、

「わてが全責任を被る事でそうしてま」

 六花とマシンがなくなれば、新たなレーサーを探し、新たなマシンを作らないといけないはずだけど、

「六花ちゃんが抜けてから四耐プロジェクトは止まってまんねん。そやなかったら、こんなところでツーリングなんかやって油売ってまへんがな」

 えっと、えっと、それって、

「簡単なことでっしゃろが」

 加藤さんがやろうとしているんは四耐プロジェクトの実行。そのために六花をチームに戻し、YZFを使えるようにすること。この二つが実現すればまた鈴鹿を目指せるけど、

「杉田は六花ちゃん以外の女を受けつけんぐらいベタ惚れでんがな。そやけど高校時代のもつれが邪魔しとる。それさえなんとかしたらすべてはハッピーエンドでっしゃろが」

 北海道での長期ツーリングで杉田さんの心を解きほぐそうとしたのか。そのために六花を呼び寄せ、

「旅先で巡り逢えば変わるはずやったんやが・・・」

 発想としては悪くないけど、結果はこれだものね。ところで杉田さんのレーサーとしての技量はどうなの。

「レーサー運が無いぐらいでっしゃろかな」

 技量だけで言えばかつてファクトリーから声がかかった事もあるとは驚いた。ファクトリーってワークスのことだけど、製造業者のチームをファクトリーとかファクトリー・ワークスって呼ぶぐらい。

「ぶっちゃけ日本でファクトリーいうたら四大メーカーや。そうは簡単に声なんか、かかるかい」

 それはそうだけど、ファクトリーが故にワークスの規模も大きくて、様々なレベルに選手を送り込んでいる面はある。杉田さんの時は二人競わせて一人採用みたいなものだったらしいけど、

「相手が悪かった。殿崎でしてん」

 殿崎ってモト1でも走っていた殿崎駿馬なのか。そりゃ、相手が悪いよ。

「殿崎はシュワンツ型でっから評価がどうしても・・・」

 加藤さんもたとえが古いね。ケビン・シュワンツは二十世紀の末ぐらいに活躍したレーサーで、

『優勝か転倒か』

 こうされるぐらい派手なライディング・スタイルで名を馳せた名レーサーなんだ。ドッグファイトが無類に強くてコトリに言わせると、

「バリ伝のグンのイメージにも確実に投影されてると思てるわ」

 じゃあ杉田さんはレイニー型だったの。

「レイニーいうよりエディでっしゃろな」

 エディことエディ・ローソンも偉大なレーサーの一人だけど、あだ名は『ステディ』なんだよね。

「杉田はあれだけレースに出て、練習も含めて転倒したことはなかったはずぐらいですねん」

 こりゃ、エディ以上にステディかも。その代わりに見た目の派手さに劣る部分は確実にあるか。でもレーサー運が悪いのはそれだけでは、

「杉田はスプリントよりエンデュランスが合うてると思いまっけど・・・」

 へぇ、八耐にも出てたんだ。それは知らなかった。もっともそれぐらいじゃなかったら、ファクトリーに声をかけられたりしないよね。でもステディ杉田でも完走すら無しなのか。

「マシントラブル、コンビ相手の転倒はどうしようもありまへん」

 八耐クラスのレースになると、レースは極限の綱渡りをやってるようなものだよ。それを八時間渡り切るには勝利の女神が微笑まないと無理なのかもしれない。もちろんと言ったら失礼だけど今の杉田さんにその頃の技量はないとは思うけど、

「そやから四耐でんがな。そりゃ、八耐とはレベルが違いまっけど、八耐で叶えられなかった夢を六花ちゃんと目指していたはずでんねん」

 杉田さんもアラサーだものね。レーサーに限らずスポーツ選手の天敵は年齢。これに勝てる者はこの世にいないのよ。残されたチャンスに燃えたから、そこまで四耐参戦プロジェクトに力を入れてたはず。

「それはわてもスタッフもみんなよう知ってまんねん。とくにパートナーに六花ちゃんが現れてからそうでしてん。それが、あないな事になってもて・・・」

 その綻びをなんとかしようと走り回ってるのか。加藤さんも漢だよ。

「悔しいですやんか。杉田があのYZFを仕上げるのにどんだけ精魂を傾けていたことか」

 ホントに予算は苦しいの。

「ウソやおまへん。今からCBRを仕上げるのは予算があっても時間的にも無理でっしゃろ。そや言うて来年まで今の体制を維持しようとしたら破産ですわ」

 今年がラストチャンスなのか。そしたら加藤さんは姿勢を正して頭を下げて、

「わてでは力足らずです。こんなことをお願いするのは筋違いなのは百も承知でっけど、力になってくれまへんか」